理由
「あぁ、その事なんだが……本当に大した事ではないんだよ」
何事も割とハッキリと発言される殿下にしては珍しく何だか歯切れが悪い。そんなに言い難い事なのだろうか。
「……分かった、言うよ。実は湯あみをしていなかったからなんだ」
「…………?」
――ん? 湯あみ? 殿下の意図が分からず首を傾げるあたし。
「ほら、何日も牢に監禁されていただろう? だから湯あみも出来てなくて」
「……はい?」
「歯磨きすら用意して貰えていなくてだな」
「はぁ……」
「私だってすぐにでも抱きしめたかったけど、その、色々とだな匂いが気になって……そんな状態で触れては私の大切なティアナが穢れてしまう、と」
「…………殿下」
いたって真面目に説明を続ける殿下へあたしは溜息をついた。
「わたくしはそんな事、気にしませんのに……むしろそんな事で触れて貰えないだなんて悲しいですわ」
「ご、ごめんティアナ。君を悲しませるつもりはなかったんだ、ただ嫌われたくなかっただけで。今回は完全に私の失敗だった。許してくれるかい?」
そう言って殿下はあたしの手をギュッと包み込む様に握ってきた。殿下の手の温もりを感じて胸がドキンと跳ねた。
「ティアナの前で格好つけてしまったんだ、情けないよな」
「殿下……」
あぁ、この人はどうしていつもこんなにあたしの事を愛して下さるのだろうか。初めて城でお逢いした時から……いや、何故かそれ以前から……変わらない愛情を向けて下さってる。そんな殿下をあたしもいつの間にか愛おしく思う様になった。
「もう、二度と避けたりしないで下さいね?」
「うん」
「例え臭かったとしてもですよ?」
「えっ……う、うん」
「じゃあ、許して差し上げます」
あたしの答えにパッと顔を輝かせて「ありがとう!」ととびきりの笑顔を見せる殿下。思わず小さく呻き声をあげそうになるのを堪えた。なんて素敵な笑顔を向けてくるのでしょう。お顔が良すぎて倒れそうになる。
「ティアナ、おいで」
誘われるまま、もはや指定席となった殿下の膝の上にあたしはそっと座る。殿下はすぐにあたしを自分の膝の上に乗せたがるのだ。見上げると物理的に縮まった距離を更に埋めるかのように、殿下の唇が降りて来た。
「ぁ……」
自然に重ねられた唇を感じて思わず身体がビクンと震える。もう何度目かになる口付けだが、やはりなかなか慣れないものだ。どうしても緊張で身体が固まってしまう。おまけに心臓までバクバクしてしまうので大変だ。
「ふふ、ティアナは可愛いなぁ」
嬉しそうにあたしの顔中にキスの雨を降らせつつ、殿下が微笑む。きっとあたしの顔は真っ赤に染まっているだろう。そのままあたしをソファーの上に押し倒した殿下は「久々だし、どこから攻めちゃおうかなぁ……」なんて言いながら楽しそうにあたしの髪を一房持ち上げて匂いを嗅いでいる。
なんだか身の危険を感じて口をパクパクとさせているあたしを眺めながら、ゆっくりと殿下の顔が降りて来――――。
「はい、殿下そこまでです」
「ふぐがっ!?」
唐突にデペッシュの声がしたと思ったら、あたしに半ば覆いかぶさっていた殿下は簡単に引き剝がされた。
「お時間です」
「ええっ、今からがいい所なのに!」
「お嬢様、ご無事ですか?」
「へ!? え、ええ、だ、大丈夫よマイリ―」
テキパキと侍女のマイリ―に抱き起されながらホッと胸を撫で下ろす。あ、危なかった……なんかよく分からないけど、危なかった様な気がする。
「そのデレデレに崩れたお顔もみっともないのでお早くお戻し下さい」
「相変わらず失礼な奴だなお前は」
「ほらほら、陛下達がお待ちなんですから行きますよ」
「ああ、もう分かったよ!! ごめんティアナ、また来るからね!」
バタバタと身なりを整えて嵐の様に去って行く殿下の姿を呆気にとられつつ見送った。なんだかいつも忙しそうで王太子って大変なのだなぁ……としみじみ思った。




