クーデター後の一休み ①
「まぁ、殿下ったらそんな事まで準備なさったんですか」
――王宮でのクーデター事件の夜から数週間ほど経ったある日、あたしはアルスト殿下の執務室を訪れていた。あの騒動の日からずっと殿下含めお兄様達は毎日多忙な日々を送っており、なかなか落ち着いて話をする時間を取る事が出来ずにいたのだ。勿論学園も休学しており、家でも学園でも会う事が出来なかった。城の方は更に厳重な警備が敷かれており、よほどの用事がない者は入城すら許可が下りないほどだった。
この数週間の間、時折我が邸に殿下が訪れる事もあったがそれは大抵あたしが就寝中な時間だったりで殿下はあたしの寝顔を数分だけ見ては帰らなければいけなかったり、或いは会えてもぎゅーっと数秒だけ抱きしめてくれた途端に城へととんぼ返りしなくてはならなかったりで……まともに会う事が叶わなかった。
なので今日は久々に少し時間が取れるとの事で、こうして城へと会いに来ていた。殿下から"血糊”を使った話を聞いた所だ。
「では、兵士の方々は皆無傷だったのですね」
「あぁ、皆上手い事死んだふりをして倒れていたぞ。それが突然起き上がるものだから公爵たちの悲鳴があちこちで上がっていたな」
殿下がその光景を思い出したのか笑いを嚙み殺してる姿はとても楽しそうだ。そんな殿下にタクトお兄様たちは少し呆れた表情をしている。
「お前は一人で勝手に倒れてたんだからいいよ、おれらは剣技の訓練以外に血糊を使って上手く倒される練習までしなきゃいけなかったんだぞ」
「毎日全身真っ赤になりながら大変そうだったもんねぇ……洗濯場の使用人達が血糊を落とすのが大変だったって嘆いてたよねぇ」
タクトお兄様は眉間にしわを寄せ、スクトお兄様は少し困った顔をしながら殿下へと苦言を言い始めたので、殿下は両耳を手で塞ぎながらそっぽを向く。こんな風なやり取りを見るのも少し久しぶりなので、あたしはそれを微笑ましく眺めていた。
「あーそういえばスクト、ダッペラー侯爵家の方は順調か?」
「……話逸らしたな」
「うん、いつでも受け入れ体制は出来てるみたいだよ。アル殿下」
スクトお兄様がアルスト殿下に書類の束を渡した。殿下はそれにザッと目を通すと満足気に唇の端を持ち上げた。この国で二番目に大きいダッペラー商会を保有しているダッペラー侯爵家は、今回の計画には無くてはならない存在の一つだった。バーベンス公爵家を取り潰す事になった場合、海外貿易に特化している国一番の大商会であるバーベンス商会も一緒に消えてしまう。そうなると国外からの流通が一気に途絶えてしまい、経済状況が悪化する可能性が見込まれる。その穴埋めをダッペラー商会に任せる手筈となっているのだ。
「それにしても、そんな所まで手配すると聞いた時は驚いたな。おれはバーベンス公爵家を潰す事しか頭になかったからな……」
「国の平和を乱さないようにするのは王族としての務めだからな。ただ潰すだけじゃダメなんだよ」
「うんうん、タクトは猪突猛進だからねぇ。もう少し経済とか勉強した方がいいと思うよ」
「……難しいことは苦手なんだよ」
タクトお兄様は頭を掻きながら、二人から視線を逸らした。あたしの二人の兄達は一卵性の双子だというのに性格はかなり違う。外見はそっくりなのにね。




