悪役令嬢
『蒼の王子と聖なる少女』。
休日を迎え、ミンスロッティ様から借りた本を読み終えたティアナは、ぽすっとベッドに転がった。
物語の主人公は市井で生まれ育った一人の美しい少女で、病弱な母親と二人でつつましく生きていた。ある日、聖なる力に目覚めて病を悪化させていた母親の命を救う。それがきっかけで国から聖女として認定されるのだ。
聖女となった主人公は国からの学費援助を受けて貴族学院に通う事になり、そこでこの国の王太子殿下と運命的な出逢いをする。二人は互いに惹かれ合い気持ちを確かめ合うのだが、それを良しとしない者がいた。王太子の婚約者である悪役令嬢だ。
悪役令嬢は主人公の事を敵視し、市井出身である事を嘲笑い、取り巻き達に命じて執拗に虐めを繰り返すのだ。健気な主人公はそれでも王太子との愛を育み、そして卒業パーティーの場で王太子は悪役令嬢を断罪して婚約破棄を宣言する。
断罪された悪役令嬢は、主人公を陥れた罪で国外追放となり、晴れて主人公は王太子と結ばれる。そんなシンデレラストーリーだった。
「……これが悪役令嬢、というものなんですのね」
ポツリと呟く。
ミンスロッティ様は、あたしが悪役令嬢の務めを果たしていないから困るとおっしゃっていた。今まで誰も教えて下さらなかったけど、王太子の婚約者であるあたしはミンスロッティ様が言う様に、悪役令嬢とかいうものなのだろう。何故そうなのかはよく分からないが、多分そうなのだろう。
「取り敢えず、詳しいお話をミンスロッティ様からまた教えて頂かないといけませんわ」
コンコン、と扉がノックされ扉の向こうからマイリーの声が聞こえた。返事をするとマイリーが顔を覗かせた。
「お嬢様、お茶のお代わりをお持ち致しました」
「ありがとう、マイリー」
数年前から専属侍女に昇格したマイリーがワゴンを押して部屋に入って来た。
「それから王子様からのプレゼントが届いておりますよ。こちらにお持ちしても大丈夫ですか?」
「まぁ! ええ、お願いするわ」
殿下からのプレゼントは、豪華なドレスとアクセサリーが一式、そしてドレスにピッタリな可愛らしい靴だった。箱の中にはメッセージカードも添えられていた。
「今度のダンスパーティにこれを着て来て欲しい、ですって。凄く素敵なドレスだわ」
「きっとお似合いになりますわ、お嬢様。王子様は本当にお嬢様に似合うドレスを分かっていらっしゃいます」
ドレスをプレゼントされるのはこれが初めての事では無い。少なくとも毎年1着は貰っていた。勿論、ドレスだけでなく普段から色々な物をプレゼントされている。お花に、お菓子に、羽根ペン、刺繍図案集、オルゴール……等など挙げ出したらキリが無い。
「お嬢様は愛されておりますね〜」
「……そうね」
胸の奥がなんだかキュッとなった。殿下の美しいお顔が頭に浮かぶ。優しい光を宿したあの瞳であたしを見つめながらきっとまたドレス姿を褒めて下さるだろう。
「今日は熱心に読書をされていますね、何の本か伺っても良いですか?」
「ええ、クラスメイトの方が貸して下さったの。王都で最近流行ってる本なんですって」
「あら……これは……」
マイリーに本を渡すとパラパラと頁をめくる。
「王子様との恋物語ですね〜確かにこの類の物語は流行っておりますね。きっと今は若い王子様達がいらっしゃるから、夢見るご令嬢が多いのでしょうねぇ」
「マイリーは? マイリーも王子様との恋に憧れたりするの?」
「いいえぇ! とんでもありません、分不相応ですから。お嬢様と王子様とのご様子をお傍で見守れるだけでも、勿体ないお話です」
「……恋は? マイリーは恋した事ある?」
「えっ……こ、恋ですか」
マイリーの顔が少し赤くなる。
「……素敵なお方だな〜と思う方はおります」
「まぁ! それはどなたなの、教えて」
「い、いえ! わたくしなどがお慕いするなんて、ご迷惑をお掛けするだけですので。勝手にお慕いしてるだけなんで!」
「えー」
「それに、わたくしは一生お嬢様に付いて行く覚悟ですから結婚なんてしませんし。お城にもちゃんと連れてって貰いますからね」
そう言って笑うマイリーにあたしも微笑み返す。
「勿論よ、マイリーはずっと一緒よ。殿下も是非一緒に、っておっしゃって下さってるわ」
「ありがたいお言葉に御座います」
やっぱり恋っていいな〜あたしもしてみたい。明日、ミンスロッティ様に恋についても色々とお尋ねしてみよう。どうやったら恋が出来るのかご存知かもしれないわ。




