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変わり身が早い騎士団長

 昨今の最新モデルである鉄馬車四輪駆動『レクザス』に乗り込む俺とタケシ。


 もちろん運転するのはタケシだ。

 タケシは魔力を鉄馬車に入れ込み、鍵を回す。静かな音とともにレクザスが動き始めた。


「ツ、ツバサ、高位魔法でも壊れないって有名なこれも壊せるとか?」

「ああ、無論だ」

「ぜ、絶対壊さないでくれよな! お、俺が親父から借金して買った大事な鉄馬車だから!」

「可能な限り、な」


 スムーズに発進したレクザスは国の中央の街に向かう。


 窓から見えるこの国の景色。

 ここはとても栄えた国であった。魔法文明が発達しており、賢者の目覚ましい活躍によって大国である帝国にも負けない国になった。


 鉄馬車のための道が中央にあり、その脇の歩道にはところ狭しと店が並んでいる。

 街は今日も賑わいを見せていた。

 そんな明るい賑わいを見せる街にも、暗い部分はある。

 スラム地区だ。カブキと呼ばれるその地区はならず者と外国人と逃げた人間でごった返している。ならず者集団の冒険者ギルドがスラムをまとめている。


 不思議な国だ。他の国はのどかな風景で、未だに内戦が起こったり、政治が不安定なのにこの国は違う。

 強くなりすぎたこの国はどうなってしまうんだろう?


 最近、帝国と王国が手を組んだニュースが通信で流れた。

 その後ろには獣人連合国の影も見せている。

 怪しい新興宗教である女神教会も勢力を拡大している。

 魔王の側近の生き残りであるテロリスト集団の噂も聞く。

 竜を使役する竜騎士の国、竜公国が竜を大量に集めているらしい。

 結社という秘密組織が動いているって師匠たちが言ったいた。


 全ての勢力が、この国の動向をにらみ続けている。


 戦争になったら辺境にいる父さんがまっさきに殺されちゃうな……。

 でも、父さんなら絶対生き延びるか。


 魔力が少ない俺やスフレはこの国で幸せになれることはない。

 ……最近スフレがやっと笑うことが多くなってきた。

 人の顔色を伺う癖は治らない。一度傷ついた心が修復するのは簡単な事じゃない。


 ミシマの件が終わったら、スフレにお土産でも買って帰るか。

 そういえば、ミネはミスタドーナツが好きだったな。……妹も好きだとか言っていた記憶がある。

 ……もう俺には関係ないはずなのに、ふと思い出してしまった。


 レクザスは街の中央奥にある騎士団詰め所へと静かに向かっていった。





 タケシは水晶通信でミシマと連絡を取っており、俺達は自動昇降機で騎士団詰め所へと進む。

 頑丈な鉱石で作られた詰め所は、要塞のようであった。

 俺はミシマの執務室に通されると思っていたが、予想とは違った。


 通された部屋は――騎士たちに訓練所であった。

 ミシマの周りには大勢の騎士がいた。


「ふん、土下座できなかったか。タケシ君、君には失望だ。そんな簡単な仕事も出来ないなんて。全く、君は大事な幹部騎士候補なのだ、自覚を持て」


「も、申し訳ございません、ミシマ様。……ここ最近、学園側も暴力事件に敏感になってまして――」


「言い訳は三流がすることだ。もういい、下がりたまえ」


 タケシは恐怖に震えながら後ろへ下がった。ブツブツと何か呟いている。


「……違う、あんたじゃない。俺は……早くここから出たい……、絶対こいつ、ヤバい、俺のレクザスが……、死にたくない――」


 逃げるようにこの場を去ろうとするタケシの手を取った。


「まあ待て、送ってくれたお礼にドーナツを奢ろう。あとで店に案内してくれ」

「……え、絶対嫌だ。な、なんで俺がお前と一緒にドーナツを――」


 ミシマが大きく咳払いをする。


「全く、これだから学生は嫌になる。すぐ情が移って判断を鈍らせる。タケシ君、その男と友達にでもなったのか?」

「そうだ、馬車で送ってくれた」

 俺は即答した。


「ちげーよ!? 俺は嫌だったんだよ!? お前が無理やり――」



 ミシマはタケシの言葉を無視して副団長に向かって指示を出す。


「――魔物兵士の実験演習の時間だ。準備はいいな? 今回の魔物のランクはいくつだ?」


 副団長の――確かミヤビっていう名前だ。あいつが敬礼をしながら答えた。

 あいつの横には異様な雰囲気をまとう女獣人が立っていた。もじゃもじゃの髪が床に着くほど長い。獣人の首には魔力が込められた首輪がはめてあった。


「はっ、今回は帝国領にある元魔人族の住処にいたSランク魔物を獣人っぽく改造しました! 合図があればいつでもいけます」


 ミシマは満足そうに頷いて俺を見下しながら語りかけてきた。


「ふん、たかが主任騎士の家柄の分際で――、この私を馬鹿にした態度を取りやがって。――土下座をしたら退学と半殺しですませてやる。ああ、悪いがお前の糞親父はどっちにしても首だ」


「俺が何をした? メグミの誘いを断っただけだろ?」


「……そうだ、あの使えない色ボケ聖女の頼みを断ったからだ。……全く、俺の辞令を断るだと? ありえない、親子揃ってありえない人格だ」


「それだけで俺に土下座を強要するのか――」


「ああ、ここでは俺が正義だ。貴様が学園所属という事は、俺の部下である。土下座して俺の靴でも舐めたら退学も考え直してやる、半殺しは確定だ、ふん」


 これが英雄と呼ばれた存在の末路なのか? 

 ミシマの戦場での強さは伝説的であった。子供は誰もがミシマに憧れた。

 俺もミシマが題材の冒険活劇を幼い頃見ていた。


 部下を人とも思わない態度。

 理不尽な命令。権力を使って自分勝手にふるまう。

 自分より強いものには媚へつらう。


「――メグミの命令と違うのではないか? あいつは構うなって言ったはずだ」


 ミシマは鼻で笑い飛ばした。


「メグミ殿? はっ、あれはただの学生に逆戻りだ。あの家はあいつの聖女としての力があったから躍進出来た。全く力がなくなった小娘の話を聞く義理はない。せいぜい政略結婚の道具としての役目しかないだろ」


 俺はなんとも言えない気持ちになった。

 メグミの家の複雑さは理解していた。メグミが力を手に入れた事によって、家がどんどん大きくなるのを横で見ていた。

 俺は変わっていくメグミを見ていた。


 いつしかメグミは――人を人として見なくなっていた。

 言葉が冷たかった。言葉が痛かった。胸の奥に刺さった棘は抜けない。






 俺の後ろが騒がしかった。

 見張りの騎士が誰かと口論をしている。


「な、なんでですか! わ、私はカトー家のメグミですよ! そこを通しなさい!!」

「し、しかし、騎士団長の命令で――、あっ」


 メグミは見張りの騎士の横をすり抜けて、息を切らしながら駆け寄ってきた。


「はぁはぁ……、な、なんで、ツバサを……はぁはぁ、――ツバサを処罰するのですか! わ、私は必要ないって言ったではないですか! ミシマ様答えてください!」


 ミシマは面倒臭そうに答えた。


「いえね、なんで私があばずれ聖女の命令を聞く必要があるんだ? ふん、落ちぶれて金持ちの爺さんの婚約者に決まったんだろ? 家に金がないんだろ? ははっ、糞みたいな人生を送るお前にはここで起こることは関係ない話だ、消えろ、いつまでも優しくしないぞ」


「――ッ!? そ、その話は、ツバサの前で……」


 メグミがひどく悲しそうで、悔しそうで、諦めたような顔をしていた。

 泣きたいけど、泣けない。そんな目をしていた。


 ――自業自得だ。力に溺れた代償だ。


 俺には関係ない――そうだ、関係ない。

 ……俺の胸が痛いのは鉄馬車に揺られたからだ。メグミの事を心配しているわけじゃない。


 世間知らずなメグミはよく笑う子であった。

 何にでも新鮮に驚いて、一緒にいてこっちまで気持ちが明るくなった。

 拉致されても、諦めない心を持っていた素敵な女の子であった。


 ――それは昔の話だ。思い出は――もう……、



「もう時間だ、殺れ」


 ミシマがミヤビに指示を出す。ミヤビが魔力操作をし始める。

 獣人が唸り声を上げて――俺に向かって襲いかかってきた。




「ツバサ、今までごめんなさい、さよなら――」




 メグミが両手に力を込めて、獣人の攻撃を守るように魔法結界を張る。

 だが、その強さは中等部低学年レベルのお粗末なものであった。


 初めから諦めた目をしているメグミ。自分の身体を犠牲にして俺を守ろうとしている――

 俺は――それが――許せなかった。




 メグミの襟首を掴み、俺のところへ引き寄せる。

「へっ!? はぶっ!?」

 俺はメグミを右手で支えながら、獣人の頭を左手で押さえた。


「がうがうっ!! がうがうがう!! うぅ〜〜!!」


 獣人は一歩も動けない状態になって唸り声を上げる。

 メグミは事態を把握出来ず、呆けた顔をしていた。



 ミヤビが驚きの声を上げていた。


「な、なんだと? 魔力を使わずにあのガキが俺の改造魔物を止めただと? ありえねえぞ!」

「あの小僧はS級を超えるのか!? 魔力が戻ったのは本当だったのか」





「ぎゃぎゃっ!? うぅ……、がうがうっ」


 獣人は苦しそうにもがいていた。きっと首輪から流される魔力が全身に激痛を与えているんだろう。……それに、この子は可哀想な子だ。匂いがマリさんと一緒だ。多分……魔族を捕まえて……、魔物とかけ合わせた存在だ。


 俺は目をつぶり、久しぶりに大量の魔力を操作する。

 足りない分は身体に備わっている自然の力である『気』を使う。


「【解除】【解呪】」


 俺の言葉とともに首輪が砂のように崩れ落ちた。

 そして、忌まわしい実験により呪われた力を解呪する。

 光に包まれた獣人は、魔族の少女と、猫の魔獣と分離する。


「がうがうっ!? あ、がう、ああ、私、いままで……、温かい……、あ、ありがと……う」

「にゃ、にゃにゃ……、にゃん……」


 少女が俺の足元で崩れ落ちる。

 その身体の上で猫魔物は眠りに落ちた。





「す、すごい、本物の聖女でも絶対できない複雑な魔法……」


 メグミは俺の魔法を見て驚いていた、が、すぐに自分が俺に寄りかかっていると気がつくと俺から飛びのいた。

 死ねなかった自分を見て、どうしていいかわからない顔をしているメグミ。


 俺はメグミの肩を両手で押さえて、

 怒鳴り声を上げた。




「馬鹿野郎っ! 自殺は一番駄目だ! 自分の罪から逃げるなっ、この現実から逃げるなっ! 俺と出会った頃の自分を思い出すんだ!! 馬鹿なプライドも悲劇のヒロイン気取りも捨ててしまえ!」




 初めてだと思う。俺が怒鳴り声を上げてメグミに怒るのなんて――

 我慢出来なかった。胸のもやもやを取りたかった。

 昔のメグミを思い出してしまった。

 勝手に言葉が出てしまった――


 メグミは俺が怒鳴るとは思わなかったのか、呆けた顔をしていた。

 だが、メグミの目に力が宿り、次第に涙が溢れ出していた。怒ったのになんでそんなに嬉しそうに泣くんだ?




 泣きながら抱きつこうとしてきたメグミを放り投げて、俺はミシマに告げた。



「もう遊びは終わりだ」



 ミシマは怪訝な顔をした。

 俺は水晶通信で合図を送る。その瞬間、騎士団詰め所の警報装置が鳴り響いた――




読んで下さってありがとうございます。

頑張って書きますので、ブクマと★の評価の応援をお願いします!

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