早く帰りたい風紀委員
ミシマ理事直轄の風紀委員はこの学園で絶大な権力を持っている。
風紀委員に入る事ができれば、狭き門である騎士への就職率が100%だ。
学園のグラウンドの隅っこにある風紀委員詰め所にたどり着く。
来賓を迎え入れても問題がないような豪華な作りの詰め所。まるでどこぞの家柄の屋敷のようであった。
ちなみにこの国では随分前に貴族制度を廃止している。それでも特別な家柄は残っている。
メグミやミネの家柄がそうであるように、強い権力を持っていた。
門番である生徒が俺に気がつくと、吐き捨てるように俺に言った。
「――貴様が底辺Fクラスのツバサか、早く中へ入れ。委員長がお待ちだ」
門番に室内を案内されて俺は風紀委員長室へと入っていった。
部屋には風紀委員長であるタケシが大きな椅子に座っていた。その横には風紀委員四天王であるBクラスの生徒たちが立っている。
重い沈黙が部屋を支配する。風紀委員長であるタケシが口を開いた。
「――あー、ツバサでいいんだよな? 俺はタケシ、Sクラスの一人であり風紀委員長だ。ったく、ミシマの野郎面倒な仕事押し付けやがって……。で、お前、不正してんの?」
随分とフランクな話し方であった。悪名高いミシマの子飼いの生徒だからもっと性格が悪いと思っていた。
「いや、動画を見てもわかると思うが、不正のやりようがない。何を根拠に言っている?」
俺がいつもどおり喋ると、タケシの取り巻き共が喚き散らした。
「おい、タケシ様になんと不遜な態度を――」
「敬語使いなさいよ!」
「最底辺が調子乗ってんじゃないわよ!」
タケシが軽く手を上げると再び沈黙が生まれる。
「俺は気にしないから構わん。っていうか、ツバサも理解してんだろ? これがただの茶番でミシマの嫌がらせだって事をさ。不正はぶっちゃけどうでもいい。ここでは強いものの言葉が真実になる」
「俺にどうしてほしいと? 俺がミシマに何をした?」
「知らねーよ、俺が頼まれたのはお前に屈辱を与える事だ。はぁ……、とりあえず土下座をして騎士団に謝罪しろ、それを水晶通信で撮影してミシマに送る。断ったら――」
扉が開いた。風紀委員に連れられて部屋に入ってきたのは――元幼馴染のユーコであった。
「ちょ、ちょっとなにすんのよ! あんたBクラスでしょ! Aクラスの私に触るな!」
ユーコが拘束魔法で縛られて、俺の横に立たせられた。
「……どういう事だ?」
「ぶっちゃけ、俺ってユーコの事ちょっといいなって思ってたんだ。強さと美しさを兼ね備えた俺にふさわしい女だ。……まあ弱くなったからどうでもいいけどな。で、ユーコはお前に惚れている。お前もユーコの事を大切に思っているんだろ? なら簡単だ。土下座しなかったら、お前の大切なユーコがどうなるかわかるか?」
ユーコは確かに大切な幼馴染であった。
だが、暴虐の限りを尽くしたユーコは――俺にはもう関係ない。
……そうだ、関係ないはずだ。
なのに胸の奥から嫌な気持ちが流れてきた。
俺はそれを無視してタケシに告げる。
「……俺は騎士になりたかった。立派な騎士である父さんの教えを守りたかった。なんで不正をしていない俺が土下座をして謝る必要がある? なんでこんな横暴がまかり通る?」
「はぁ、世間をわかってないガキだな。それに情報通りか、ユーコたちと仲違いしたのは本当だったんだな。……逆に丁度いい、傷つけてもお前の心は傷まんだろう? ミシマには大切な人だって言っておいてやる。そうすりゃミシマもご満足だろう。――おい、適当にユーコをボコって水晶写真を取っておけ、障害は残さないようにしろよ。そいつ理由はわからんが弱体化してっからお前らで行けるだろ」
タケシは四天王委員に命令を下す。どうやらこいつはクズで間違いないようだ。
「えっ? う、嘘でしょ? ま、待って、た、助け――」
ユーコは四天王に引きずられるように、この部屋から追い出された。
タケシは俺を見て肩をすくめる仕草を取る。
「で、土下座しないと俺が困るんだけど……、はぁ、じゃあお前の親父を首に――」
「構わん」
「おい、即答すぎじゃね!? な、なんだお前、フリでいいんだよ、フリで。それで全部うまく回るんだよ? わかるか、この社会はそんなものだ。お前だって退学したくねえだろ!」
確かに力があるものが正義となるこの社会、俺は間違っているかも知れない。
だけど、力だけで物事は解決できない。それは俺が魔力を持っていたからこそわかる事だ。
「力は弱きものを守るためにあるんだ。誰かに強要させるものじゃない。……俺は土下座しない。むしろあいつの方こそ土下座が必要じゃないか?」
「……全く、理想だけ語る弱者が一番面倒だよな。俺が大事になる前に丸く収めようとしたのに……。ここで土下座しなかったら、俺はお前を中央地区の騎士団詰め所に連行して、ミシマが直々に罰を与える。騎士団の拷問はひでえもんだぜ? お前はそれでも――」
「構わん」
力を持つと心がネジ曲がる。
俺もそうだった。きっとこいつもそうなんだろう。幼馴染たちもそうであったように……。
隣の部屋からユーコの微かな声が聞こえてきた。
『ち、近づくなよ!? わ、私は……』
『おい、こいつ本当に弱くなってるぞ。水晶写真の準備オッケーだ』
『ボコるだけの簡単な仕事だ。早く終わらせようぜ。Aクラスだからって威張りやがってよ』
『とりあえず焼くか――』
力は誰かに暴力を加えるものじゃない。力は守るためにあるものだ。
――ユーコの声が、幼い頃を思い出させる。
オークに囲まれた俺はヒノキの棒を振り回し、ユーコをかばいながら戦った。
結婚の約束をしたあの丘が――
力を持ったユーコは変わってしまった。
自分勝手で弱い俺を見下していた。
俺は深いため息を吐いた。
「……自分の信念を貫け、か。全く、師匠たちには頭が上がらない。確かにユーコは俺に凄まじい暴力をふるった。あれは暴力という名の殺人と言ってもいいだろう。何度死ぬかと思った事か。だが、誰かがそれを言い訳にしてあいつを傷つけるのは――」
俺は数歩歩いて、壁際まで近づいた。
壁を優しく撫でるように触る。
――そんなやり方間違っている。
「何言ってんだ? 俺もミシマに口添えするから、とっとと騎士団詰め所へ――」
俺は低い声で厳かに言霊を紡いだ。
「――【崩壊】」
俺の目の前にあった壁は、音もなく砂になって消えてしまった。
戻ってきた魔力と師匠の技能をブレンドした技術。この世界で俺と魔王しか使えない技。
消えた壁の向こうに、床に座り込んで怯えているユーコがいた。
俺は驚愕の表情をしている四天王に視線の圧を加えると、四天王は眠るようにその場で崩れ落ちてしまった。
「は、はっ? い、意味わかんねー? か、壁が消えた? しかも、四天王が一睨みで!? 最高の魔法建築士が建てた、魔法暴走でも崩れないこの家の壁だぞ! ちょ、なんだその力は!? Sクラスの俺の魔力でも不可能だぞ!?」
ユーコは倒れた四天王を見て、床を這うようにこっちに近づいてきた。
「ツ、ツバサ、ツバサ! こ、怖かったよ……、やっぱり、私一人じゃ何もできないよ……。ツバサ……、私――、ツバサが好きすぎて、意地悪しちゃって……、ご、ごめんなさい……」
俺はしゃがんで目線をユーコと同じ高さにする。
「――俺は、今のユーコは嫌いだ、もう関わるつもりはない」
「あっ……、う、う、ん……」
俺は震えるユーコに向かって言葉を続けた。昔のユーコに送る言葉だ。
「昔のユーコは――温かい気持ちになれた――だから守りたかった」
ユーコは言葉を失っていた。
言葉を発しようとしても声が出ていない。後悔と絶望の感情がユーコから感じられた。
ユーコは壊れた水晶通信みたいにブツブツと同じ言葉を繰り返す。
「……昔の私――昔の私――」
俺は立ち上がってタケシに告げた。
「詰め所まで案内しろ、タケシ」
「あ、ああ、わかった……」
俺は怯えるタケシを引き連れて騎士団の詰め所へと向かう事にした。
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