闇を抱えしメグミ
『――お前、上司から連絡があったが、カトー家に逆らったのか?』
水晶通信で俺は辺境にいる父さんと話している。カトー家とはカトー・メグミの家の事だ。
あいつの親はこの国の大臣をしている。
『悪い父さん、流石にこれ以上の横暴は我慢できなかった。多分、すごく迷惑かける……』
『マジか! まあ子供は親に迷惑かけるものだ。気にするなよ。カトー家も段々とこの国の悪い部分に染まってきているよな。――お前、気をつけろ? カトー・メグミの力は歴代の聖女と変わらん。それにあの家の一番恐ろしいのは権力だ。ふん、父さんは権力に負けたが、心は負けていない』
『そだね。父さん、もしかしたら――』
確かにメグミの聖女としての力は、ユーコやミネに比べて戦闘能力は一段劣る。
だが、ステータスのカリスマと魅了と愛が振り切っているせいで、メグミ信者が多い。
その後、俺は父さんと二言三言交わして通信を切った。フランクな父さんは今でも俺のヒーローであった。
ここ一週間、俺は平和な生活を送っていた。
新しいクラスメイトと慣れてきて、気軽に話せる関係になってきた。
それに、スフレも徐々にクラスメイトとの距離を詰める事ができた。
クラスメイトと話し終えたスフレは自分の席に戻ってきた。
「あ、ツバサ君、おはよ! へへっ、ダンジョン計画書作ったから見てくれますか? 魔力が低くても体力でどうにかなりそうなプランです!」
「……スフレさん、顔色わるいけど大丈夫? うん、プランはとても素晴らしいものだ。これで週明けに低級ダンジョンに挑もう」
「へへ、うん、パーティーで初めてダンジョンですね。楽しみです……」
嬉しそうな声色に反して、スフレは随分と顔色が悪かった。
服がところどころ汚れている。綺麗な髪もくすんでいた。
俺はスフレに近づいて匂いを嗅いでみた。
大事な事だ。
「え、ええ!? は、恥ずかしいですよ!? ――ツ、ツバサさん……」
「スフレさん、家に帰ってないのか? ご飯食べているか? もしかして俺のせいでミネに――」
「あ、え、えっと……」
スフレは俺と目を合わせてくれなかった。
だから、俺はスフレのほっぺたを抑えて、強制的に俺を見るようにした。
「はぶっ!? き、汚いですよ……」
「パーティーメンバーの体調管理の方が重要だ。……スフレさん、いや、スフレ、正直に答えてくれ。俺達のパーティーでは嘘はなしだ」
「……わかりました。……じ、実は――」
俺はスフレのほっぺたから手を話してスフレの話を聞いた。
どうやら、スフレはミネの怒りを買って家から追い出されてしまった。
元々、魔力が低いスフレは家のお荷物。追い出される時に荷物もお金も取る余裕もなかった。
スフレは魔力マネーを使ってご飯を買おうとしたら、水晶通信は解約されてたらしい。
「あははっ、だ、大丈夫です。昔からよくある事です。機嫌が悪いと追い出して、一週間ほど経ったら家に戻れます。……だから、ひぐ、だから……大丈夫、です」
昔からか……、だからスフレの目に光が無いのか……。
俺と一緒だ。
だったら――
「今日は俺の家に泊まってくれ。父さんが辺境にいるから部屋はたくさん余っている。大丈夫、俺は鍛錬で忙しいからそんなに家にいない。夜ご飯は一緒に食べよう」
「……わ、悪いです。そ、そこまでしてくれても何も返せるものがないです」
「ん? 俺とパーティーを組んでくれたじゃないか。それだけで十分だ」
「ツバサさん……、わ、私絶対強くなって、ツバサさんの役に立ちたいです。ひぐ……ひぐ――」
「ツバサさんじゃない、仲間なんだから、ツバサでいい」
スフレはわんわんと泣きながら小さく頷いた。
魔法学園は国の最高の教育機関のはずであった。
だが、所詮生徒たちは子供だ。子供には子供の世界がある。それは大人には見えない。
学園はこの腐った国と一緒だ。強いものが正義となる。
弱いものは食い物にされる。
正義感が強い父さんは左遷になった。騎士団都心南地区主任で南地区最強の騎士なのに、本部長の不正を正しただけで出世コースから外れた。父さんは俺に似て、ボッチでどこの派閥にも属さなくて、上からみたら面倒な騎士であった。
「生きるって難しいな」
「……はい、本当にすいません、お金貸してくれてありがとうございます。冒険者ギルドで日雇いのバイトをして必ず返します」
「あ、違う、それの事じゃない」
放課後、俺達は学園を出た。
週明けの演習に向けて作戦会議と無一文のスフレの日用品を買う必要があった。
スフレは人の顔を伺う事が多い。……怯えている目を見ると心が苦しくなる。
「大体これで揃ったか、スフレ、もっと洋服買っていいんだぞ? せっかく可愛いんだから」
「い、いえ、わ、私なんて芋娘です。制服があれば大丈夫です。それに、あっ――」
スフレの視線の先には、騎士の団体がいた。
中央統括本部長、騎士団長のミシマ・イチモンジが部下を引き連れていた。
ミシマの横には……俺の元幼馴染であるメグミがいた。
メグミの視線は俺を向いている
スフレが驚いた声を上げる。
「え、ええ!? ミシマ様は現場にいないはずなのに? そ、それに副団長のミヤビ様まで……、え、ええ、こっちに――」
でっぷりと太ったミシマは伝説的な経歴を持つ。かつて戦争があった時代、ミシマは騎士団を率いて敵国の兵士を蹴散らした。その強さは隣国まで伝わっている。
メグミは薄く笑ったまま無言であった。目には強い意志を感じられる。
ミシマとメグミが俺達の前で止まる。
本当は逃げたかったが、後で面倒な事になる。
とりあえず敬礼をする必要がある。ミシマは確か学校の戦術顧問であり、理事会の一人だ。
俺が敬礼をするとミシマは鼻で笑った。
「ふんっ、本当にこいつの魔力が戻ったんですか? メグミ殿、何かの間違えではないですか? ……まあ、金がもらえるなら……、おい、貴様」
「――はい」
「貴様は名誉ある我が騎士団に加えてやろう。しかも南地区の名誉主任の座に据えてやろう。光栄に思え。のちほど書類で正式に辞令を発動する」
スフレが隣ですっとんきょな声を出していた。
俺も驚きが困惑を勝った。
「し、しかし、俺は学生の身分であり、Fクラスの――」
「くどい、俺の辞令が気に食わないのか? 正式な所属は学園にある、お前はたまに詰め所に来てメグミ殿と巡回をすればいいだけだ。ふん、貴様はただの名前だけの役職。メグミ殿のご慈悲をありがたく思え。……あの糞野郎の息子だと思うとヘドが出るがな」
俺はメグミを見た。
メグミは仄暗い目で俺を見つめる。
「……あらあら、ツバサの夢がかなったんですよ? ふふ、これで私たちの約束が叶います。あなたは騎士として、私は聖女として――、二人でこの国を守りましょう。もう学園なんてどうでもいいです。パーティーなんてどうでもいいです。あなたが横にいてくれたら――」
これは一体何だ? メグミは家の力を使って、俺を騎士にしてどうするつもりだ?
昔からメグミはこうであった。
自分の思う通りに物事が進むと思っている。
人を傀儡のように操り、信者を増やし、俺を使えない駒としか見ていなかった。人扱いされた事がない。虫けらだと思われていた。
出会った時は違ったのにな。
確かに俺の夢は騎士だったが――
こんなやり方は違う。人を侮辱したやり方だ。
騎士は国家権力そのものである。
騎士は子供の憧れの職業、騎士は正義の味方、騎士は弱いものを救う――
ミシマの後ろで控えていた副団長のミヤビが端正な顔を歪ませて前に出た。
「貴様っ! ミシマ様とメグミ様に逆らうのか!! ……反逆の罪として連行するぞ? 親子揃って辺境送りになるぞ? 貴様の夢は騎士になることじゃなかったのか? 騎士から拷問をうける事じゃないだろ。なら早く頷け――」
ミヤビが俺の頭を無理やり押さえつけようとした。
思考を停止するな。俺の信念を貫くんだ。
俺は――自分の正義を貫きたい。
「俺は、騎士団になるのが夢だった……」
「貴様、敬語はどうした!! 上官だぞ!! このクソガキが抵抗しやがって――」
「俺はてめえらを信じていいのか?」
「なっ!? じょ、上官に向かって――」
俺はミヤビを払いのけて、震えるスフレの手を握る。魔力を操作してスフレの頭の中へ声を送る。
『出会ってすぐだが――本当に俺を信じてくれるか? まだ俺とパーティーを組みたいと思ってくれるか?』
『へ、あれ? こ、声が……、すごい、通信魔法です。わ、私は、ツバサを裏切らない。だって、私に笑顔をくれた人です。私の初めてのパーティーです。何が起きても私はツバサの隣にいます。だから、ここは私が囮になって、ツバサは逃げてください――』
頭の中で優しい声が響いた。スフレの思いやりが心に響く。
最底辺同士の俺達がお互いを信じる。決して破れない絆。
なら俺もそれに答えよう――
『――俺は【スフレと約束をする】。俺とスフレが笑って過ごせる未来を作るって』
『はい、私も誓います。ツバサを裏切らないで、ずっとそばにいることを――。だ、だから逃げてください! こ、この人たちおかしいです――、あ、あれ? か、身体に力が!?』
俺はスフレに通信でスキルの説明をし終えると、一歩前に出てメグミを睨みつけた。
ミヤビとミシマが剣を抜いていた。
「――誰が騎士になりたいって? そんな男は消えてなくなった。もうお前が知ってるツバサじゃない。惨めに与えられた騎士なんてゴミ箱に捨ててやる。メグミ、お前と二人で騎士になるなんて考えたくもない。――消えてくれ」
俺はスフレを抱きしめた。約束と一緒に愛情を示す行為が必要だ。これで俺のスキルが完全に発動した。
「ふわわわっ!?」
「大丈夫だ。魔力、使えるよな?」
「は、はいっ! で、でもツバサは――」
「安心しろ、ちょっとの魔力と筋肉でどうにかなる」
メグミの金切り声が聞こえてきた。
「ツ、ツバサッ!! こ、こんな女と抱きしめあって――、わ、私が調教し直さなきゃ……、これはツバサがいけないのよ……、ツバサ、もっと大人になって、世間を理解して……、わ、私と政略結婚を……」
ユーコとミネには言えなかった言葉。
メグミになら言える。俺のシンプルな本心。
「――メグミ、俺はお前が嫌いだ」
メグミの動きが一瞬止まった。次の瞬間、メグミは狂気の笑い声を上げた。
メグミは自分の身体をかきむしりながら泣き始めた。
「嘘よ! そ、そんなの、絶対、嘘よ……、信じないわ……」
大事な事だからもう一度ダメ押しで伝えた。
「メグミ、俺を人扱いしないお前が大嫌いだ。だから消えてくれ」
「――――あっ……」
メグミはやっと俺の気持ちを理解したのか、絶望と悲しみと憎しみがこもった声を漏らした――
読んで下さってありがとうございます!
まだまだ頑張ります!ツンデレ幼馴染が好きな人も可哀想な同級生が好きな人も、知らぬ間にピンチになる父さんが好きな人も、励みになりますのでブクマと★の応援をよろしくお願い致します!