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ミネの慟哭


「そ、そ、それでは基礎魔法の授業を始める前に、と、突然ですが新しいクラスメイトを紹介しましゅ。ツバサ君、自己紹介をお願いしましゅ!」


 F組の担任の先生は随分と小さな女性であった。

 うまく喋れないのか幾分聞き取りづらい。でも、優しそうな先生だ。

 生徒たちが温かい視線で先生を見ている雰囲気がわかる。


 俺は教壇からFクラスのみんなに挨拶を始めた。


「元Aクラスのツバサです。Aクラスと言っても魔力が5Pしか無くてお荷物だったのでパーティーから……つい――、いや、離脱しました」


 追放なんて余計な事を言わなくていい。

 俺は自分の意思で出ていったんだ。もう幼馴染の思い出は消えた。あの地獄の日々を思い返す必要はない。


「は、はい、ツバサ君に拍手!! じゃあ、ツバサ君は……んっと、あそこの席に座ってね! 魔法実習を始めるよー!!」


 意外にも盛大な拍手で迎えられた俺は、先生が指を指した席へと向かう。

 生徒はザワザワと騒いでいる。


「……結構イケメンじゃない?」

「うん、Aクラスのツバサ君って有名だもんね」

「あの3魔女が囲っているメンズでしょ? ツバサ君に話しかけただけで燃やされるって聞いたわ」

「嫉妬乙」

「ったく、同級生をペットと勘違いしてるのかよ」

「あいつ――筋肉ヤバいな、制服の上からでもわかる。コンゴウジと同じくらい強そうだ」

「うほっ? うほほ?」


 ……随分とフレンドリーなクラスだな。Fクラスだから魔力が低いはずなのに劣等感を感じられない。


 窓際の自分の席に着くと、隣に座っている地味めな女子生徒がこっちを見ていた。

 視線の圧が強い。ひたすら俺を見ている。いや、見すぎだろ?


「……ツバサ……君。あっ、あの時私を助けてくれた……」


「うん? ……ああ、君は高等部の入学式の時の――」


 高等部の入学式、遅刻しそうだった俺は裏道を走って学園へと向かった。

 その時に、街のチンピラ冒険者に絡まれている少女と出会った。

 冒険者は多分Dランク相当で、朝っぱらから酒に酔っていた。うちの学園に通っている生徒は比較的裕福な家庭が多い。チンピラは少女にお金をせびっていた。


 俺は高等部のときには魔力がほとんどなくなったけど、死ぬ気で鍛錬をした。

 スラムに住む格闘家や、森に住むハンターから戦う術を教わった。俺にとって、人生の師匠だ。

 師匠たちの教えは『自分の信念を貫け』だ。だから、俺は少女を助けに向かった。


 俺は魔法を喰らってボロボロになりながらも冒険者達を撃退することに成功した。入学式には遅刻しちゃったけどな。





「あの時はお礼も言えなくて……、本当にありがとうございました。私はスフレって言います。えっと、同じクラスになって嬉しいです! あっ、ツバサ君にとっては……」


 俺はAクラスから落ちたからな。正直あまり気にしてない。騎士になることも少し疑問に思えてきた。……一度父さんの話を聞いてみるか。


「いや、自分からFクラスを希望したんだ。気にするな。これからよろしくな、スフレさん」


「はい! よろしくです!」


 スフレは良い笑顔で返事をしてくれた。

 なんだか心が温まる。

 笑顔だったスフレが突然驚いた顔をした。


「あれ? ツバサ君って、何か不思議な力を感じます。……なんだろう?」


「……どんな力だ?」


「あ、う、うん、魔法とは違う系統の力が……。えへへ、私、魔力は10Pしかないけど、勘が鋭くて……、もしかしてスキルもってますか?」


 なんとも恐ろしい勘だな。ここはスキルを持っていると正直に言わない方がいいのか――

 スフレは続けて俺に言った。


「あははっ、わ、私もスキル持ちで【重複魔法】っていう力があります。……魔力無いから意味無いですけどね。姉さんからも家からも厄介もので……。――あ、ツバサ君のスキルは言わなくていいですよ! 秘密にした方が格好いいです!」


 なんとも明るい子である。

 それにしては、クラスメイトのこの子を見る視線が気になる。

 あえて見ないような視線であった。


「授業始まりますよ? がんばりましょう!」


 その後、俺達は雑談をやめて授業に専念した。






 Fクラスで過ごした半日はとても温かいものであった。

 俺を人間扱いしてくれる。それだけで涙が出るくらい嬉しかった。

 やはり、スフレと話すクラスメイトは誰もいなかった。

 クラスメイトも嫌っているわけではない。腫れ物に触りたくないような感じであった。


 ――そう言えばパーティーを組まなきゃいけないんだよな。


 放課後になって、俺は荷物をまとめて帰ろうとした。今日はなんだが疲れた。水晶通信で父さんと話そう。辺境は魔力波が弱いからな……。

 隣の席のスフレがまた俺をずっと見つめていた。


「ツ、ツバサ君、あ、あのさ、ツバサ君って今パーティー組んでないですよね? も、もし良かったら……わ、私とパーティーを……、あ、つ、使えないからいらないですよね。ははっ……」


 スフレの表情を見たことがある。誰かに心を傷つけられた顔だ。

 ……まるで俺の顔を見ているようであった。


 パーティーか……、まだ誰ともパーティーの申請をしていない。

 俺はまた誰かに裏切られるのかもしれない。

 本当に組んでいいのか? 俺は一人で乗り切ればいいんじゃないのか?

 なら、この誘いは――




 俺が返事をする前に、教室の扉がバーンと開いた。


「ツバサーー、あんた何勝手にパーティー抜けてんのよ。マジうざいじゃん!」


 俺の元幼馴染のミネが現れた。

 スフレが小声でつぶやく。


「ね、姉さん……」


「ん、そういえばあんたも劣等クラスだったじゃん。はっ、なによ、あんたツバサと話してんの? 死にたいの? マジビッチじゃん、けっ――」


 吐き捨てるような言葉とともにミネが俺達に近づく。

 教室は緊張感が増す。Aクラスの生徒がFクラスに来ることはない。それだけ実力が離れた存在であった。


 ミネの威圧に驚くFクラスの生徒達。

 ……やはり、ミネの魔力は減っている。今までの半分にも満たない。



 俺はミネを無視してスフレに話しかけた。


「俺も魔力が少ないんだ。別にスフレさんの魔力が弱くてパーティーを組むのを悩んでいたわけじゃない。……怖いんだ。パーティーを組んで裏切られるのが」


「ツバサ君……、うん、返事は無理にしなくて大丈夫です。少しずつ仲良くなれば――」


 ミネがスフレの言葉を遮った。


「はっ? スフレ、何言ってんの? ツバサは私たちのパーティーメンバーじゃん。邪魔者は引っ込んでて? ほら、ツバサ、私、髪型をあの頃に戻したんだ……。可愛いでしょ? 今日は一緒にいよ……朝まででも私はいいよ」


 ミネは派手な見た目に反して、昔はおとなしくて優しい子であった。

 今では俺をパシリとしか思っていない。ほとんどイジメに近いものがあった。


 無人販売所では俺の水晶パス(魔力マネー)を使い放題して、俺は父さんから何度も怒られた。俺のものはミネのもの。それに、罰ゲームと称して、クラスのみんなの前でユーコの魔法の実験台にされた。

 ミネ曰く、俺を見ているとイジメたくなってしまうらしい。


 ……パーティーの申請は簡単にできる。離脱届とは違う。一度パーティーを組んだら離れる事は中々出来ない。他のパーティーに勝手に入る事なんて不可能になる。


 俺はニッコリと笑った。


「ああ、やっぱりパーティーに入るか」


「――ツバサ……、やっぱりあなた、私に惚れてるじゃん……。へへ、一緒にコカトリスのプリン食べに行こ? 今日は特別に手を繋いであげ――」


 ミネは何か勘違いしている。

 俺は曇った顔をしているスフレの手を取った。まあ、なんだ、恥ずかしいけどパーティー結成の握手だ。


「ほえ? ツバサ君?」


「全く、ちゃんと話を聞きなよ、スフレさん。やっぱり学園生活はパーティーが必要だ。今後ともよろしく」


「あ、私と……、パーティー……、ボッチだったから……、姉さんのせいでこのクラスでさえ、みんな気を遣われて……仲良くできなくて……。あれ? ……嬉しいのになんで涙が――」


 俺は泣いているスフレをあやすように、繋いだ手を強く握りしめる。


 ミネがわなわなと震えだした。黒魔法で魔力の衣を纏い、力が急激に膨れ上がる。


「はっ? こ、こんなビッチの手を……、わ、私と繋いでくれた手なのに……、こんなの私が許さないじゃん! ていうか、も、戻って来てよ!! 約束でしょ! 馬鹿っ!!」


 ミネはスフレに向かって拳を振り上げた。

 魔力で覆われたその拳は人を簡単に破壊してしまう。


 俺は――魔力を使わずに、自分の身体でミネの拳を受けた。

 衝撃が俺の腹を貫く。――だが、こんな事日常茶飯事だった。魔法攻撃も物理攻撃も、なれてしまった俺には痛くない。あの日々は心の方が痛かったんだ。


「あ、ご、ごめん、ツバサ。わ、私、暴力振るうつもりは……」


 俺はスフレを守るように言った。





「何を今さら……、俺にとってお前の暴力は日常だった。お前との約束は破棄したんだ。もう関係ない。だから俺の心はもう痛くならない」





「――ッ!? わ、わたしは、照れ隠しでからかってただけじゃん――、な、なんで? ツバサッ!!」


 照れ隠しで、俺を魔物の群れに笑いながら放り込む女子生徒はどこにもいないぞ?

 俺は目をつぶって怖がっているスフレに声をかける。


「大丈夫だ。俺と一緒にイチから友達になろう。まあ、俺もボッチだったから不器用だ」


「は、はい――」


 スフレは身体を震わせながら返事をする。

 俺は手を繋いだまま、ミネをすり抜けて教室の出口へと向かった。


 ミネの声が後ろから響く。


「ま、まって! ツバサと手をつなぐのは私だけじゃん! パーティーにもどって、私との約束を――」


 約束は思い出と一緒に消えたんだ。

 俺は足をとめて声を発した。



「――お前らが出ていけって言ったんだろ? ……イジメられている側の気持ちを考えろ」



「え……、わ、わかんないじゃん……、わ、私……、は、反対したんだよ? なんで? なんで? なんで? あ、ああ、ああぁぁぁ、うわぁぁぁん――――」




 ミネの慟哭が教室に響き渡った――




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