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クリスのお願い


「まったくデーモンごときで動けなくなるとは情けない」


「ばかもの! お主だってデーモンの子爵級にボコボコにされたことあるじゃろ」


 後ろを振り返るとレオンさんとマリさんが立っていた。

 まったく気配がなかった。本当にこの人たちは――


「すみません、仕留めきれませんでした」


「なら最後まで戦え。周りの雑魚は俺達に任せろ――、おい、お前ら行くぞ」


 ユーコ達はレオンさんの言葉に敬礼をしていた。


「い、いつの間に弟子に……」


「ああ? こいつらがどうしてもってうるさかったんだ。……少し鍛えてみればピーキーな才能を持っていたぞ。俺の課題も着実にこなしたしな」

「うむ、お主の魔力に依存しておったから自分の才能に気が付かなかったんじゃろ」


 レオンさんの課題……、死の山でのピクニック、耐久模擬戦、過去の英雄との戦い……。

 思い出すだけでも背筋が凍りつく経験だ。


 レオンさんはユーコたちに言った。


「いいか、お前らはエンシェントドラゴンを全部狩れ。俺とマリはフォローに回る。それが今日の課題だ」


「はい!」

「頑張ります」

「……マジ? さっきは不意打ち気味だったから行けたけど、結構ヤバい相手じゃん……」


 ユーコたちは返事をしながらも視線は俺の方を見ていた。

 俺は少し照れながらも幼馴染たちに言葉を紡ぐ。


「――お願いする。全部終わった時……、思い出話でもしよう。それに紹介したい人もいる」


 三人の視線がクリスへと移動する。

 嫌な雰囲気ではなかった。なんだか温かい視線であった。


「ツバサにお願いされたら頑張るじゃん!」

「ミネ……、調子いいんだから! もう、私だって負けないもん」

「終わったらカフェでお茶しながらお話しましょう。ツバサの大切な人の事も聞きたいもの」


 俺は短く答える。


「ああ――」


 幼馴染たちは俺に笑顔を向けて飛び立っていった。





「ほえ……、なんだかすごく綺麗な人たちだよ。……あれがツバサの幼馴染……、むう、なんだか嫉妬しちゃうよ」


「安心しろ、俺はクリスがいなきゃ駄目だ」


「う、うん……、へへ、ありがとう……」


 スフレが手を叩く。


「はいはい、いちゃつくのは全部終わってからです。……サーチに引っかかりました。クリスのお父さんは現在ギルド本部の近くにいます。冒険者達が市民を避難させています」


 俺達は頷いた。

 冷たいクリスの手を握っていると……現実から目がそらせない。

 早くお父さんを止めなければ――




 **************




 ギルド本部は半壊していた。

 お父さんが槍を振るいながら高位冒険者を蹴散らしている。


 流石に魔力を消費しすぎたお父さんは、力を回復させながら戦っていた。


「な、なんだよこの化け物は!?」

「怯むな!! 街を守るんだ!」

「緊急依頼が発動したからすぐに援軍が来るぞ!」

「ここで食い止めろ!」

「ハナコーーーー!! し、死ぬな……」

「ヤマダ……、逃げて……」

「壁が破られるぞ! 魔法障壁を追加しろーー!」

「きょ、教会が支援を断りました!?」

「はっ? 協力魔法が使えねえじゃねえか!」



 弱体化したとは言えデーモンの公爵級である。その力は並の冒険者では歯が立たない。

 ギルドを率いている、タケシの親戚の子供であるツヨシを中心になんとか食い止めている状況であった。


「スフレ、あいつが逃げ出せない結界を作ってくれ」

「はい、了解です。――重複魔法【結界】【結界】【結界】…………」


 スフレの結界が冒険者たちを外へ吹き飛ばす。

 中にはお父さん一人しかいない。

 結界を壊そうとしても、壊した瞬間新しい結界が生まれる。


 ツヨシが俺に気がついた。


「き、君はタケシの――、そうか、タケシが言ったとおりだ。――道を開けろ!! 彼らが自由都市最大戦力だ!! 巻き込まれたくなければ下がれ!!」


 俺はタケシに向かって頷く。そして、クリスと二人で結界の中へ入り込んだ。






 お父さんが俺を捕捉した。

 嫌そうな顔がここからでもはっきりとわかる。

 外から冒険者たちの激励の言葉が伝わってくる。


「ギルド本部長の仇を取ってくれー!」

「あと三十分抑えてくれたら援軍がくるぞ!」

「ガキに任せるのは性にあわねえが、頼んだぞ!」

「SSS冒険者の意地をみせてやれ!」


 上空ではドラゴンと幼馴染たちが激戦を繰り広げていた。

 安心して任せられる戦い方だ。


 なら、俺は――


 目の前に赤い槍が迫る。

 俺の心臓に向けて放たれたそれは――




「――【反転】」



 槍は倍の速度でお父さんの肩に突き刺さった――


「――全く、君は。諦めろよ!!!」


 もう逃さない、勝負は一瞬で決めてやる。

 これが俺の最高の一撃だ。


 お父さんとの間合いを一瞬で詰める。

 俺はお父さんの顔を掴んで固定して――俺は拳を叩きつけた。



「――【振動】」



 力の逃げ場がないお父さんの全身から赤黒い血が吹き出す。

 衝撃でスフレの魔性障壁が数十枚割れてしまう。


 お父さんはボロボロの身体で小さくうめいていた。

 身体から何も力を感じない。


「……お父さん、俺にクリスをください――」


 お父さんの首がうなだれたような気がした。







 お父さんが倒れた結界の中は静かであった。

 外にいる冒険者たちは歓声を上げながら俺達を見守っていた。


 クリスがお父さんに駆け寄る。


「お、お父さん、だ、大丈夫!?」


 意識を取り戻したお父さんはため息を吐いて座り込んでしまった。


「……はは、クリス、一応公爵級のデーモンだからね。ほぼ不死身に近いんだよ。……でも三回は死んだかな? もう後がないよ。……彼は頭がおかしいのかな? 僕を叩きのめすなんて……」


 俺はお父さんに近づきながら言った。


「当たり前だ。惚れた女の子のためだ。いま本気を出さなければいつ出す」


「……奈落の底を最短時間で攻略して、仮初でもデーモンの公爵級を相手取り、かつ転移魔法も使える。……やばいね、君。女神に目を付けられちゃうよ? ああ、でもあいつはいま結社の頭にかかりっきりだ」


「戯言はいい」


 俺は魔剣をかまえた。

 だが、お父さんの雰囲気が違った。


「ふぅ……、やっぱり外の空気は美味しいね。綺麗な世界だよね」


「何を言っている?」


「ははっ、どうでもいいか。――君はクリスを幸せにしたいんだよね? クリスはこの世界の人間じゃない。それ以前に人じゃない、召喚獣みたいなものだよ? いつか消えてなくなるかも知れない。それでもいいのか?」


 俺は即答する。


「当たり前だ。クリスはクリスだ。俺がクリスを消させない――」


 お父さんはついに寝っ転がってしまった。


「はぁぁぁ、若いっていいね。……なんかね、外に出た瞬間さ、奈落の底で出会った仲間の事を思い出しちゃってさ。……この世界を壊すって言うのが馬鹿らしくなっちゃってね。僕を陥れた本部長を殺したけど、あんまり気が晴れなくてさ……。魔神にまでなって力を手にして……女神の手先として生きる。全部クリスのためだと思っていたんだ」


 お父さんはそのまま話を続ける。


「僕に向かってくる君を見てたら馬鹿らしくなったよ。……いいよ、結婚でもなんでもしなよ。僕が女神にお願いして契約を書き換えるよ。どうせ今の僕じゃあ君に勝てない」


 クリスがお父さんに近づいた。


「お、お父さん……、ほ、本当? わ、私この世界にいてもいいの?」


 お父さんは折れた角をさすりながらクリスに言った。


「ははっ、いつも迷惑ばかりかけてごめんね。お父さん、クリスが思う幸せを願う事にしたよ。……まあ僕は魔神陣営の縛りがあるから、こっちの世界にあんまり来れないけどさ」


「……もう会えないの?」


「たまに会えるって! ほら、泣き虫クリスは卒業しなきゃ。素敵な恋人も出来たんだろ? 結婚式には出席できるように調整するから――」


 クリスはお父さんを抱きしめながら泣きじゃくる。

 お父さんは俺を見て頷く。


「さあ、契約を変えよう。僕と女神の力があればクリスはこの世界にいられる――、女神、聞こえているだろ? 契約を変更したいんだ。クリスをこの世界にいさせてくれ――」


 一瞬の間があった。






 次の瞬間、クリスの雰囲気が変わった。

 クリスなのに全く違う人の気配を感じる。


『……ふむ、これが異世界人の身体か。ふふ、この世界の依代としては悪くない、ゲームの続きができるな。――ああ、貴様の契約は変えてやろう。クリスがこの世界にいられるように、な」


「め、女神!? お、お前、まさか――、ぐっ、め、女神……」


 お父さんの身体が妙な鎖に拘束される――


「クリス!? な、何を言っている!」


『ああ、想い人か。まあ、最後くらいお別れをさせてやろう――』


 クリスの頭の上に数字が現れた。

 23:02と表示される数字が恐ろしい早さで減っていく。

 これはクリスの召喚期限が早送りされているのか!?


 クリスの雰囲気がいつもと同じ様子に戻っていた。

 クリスは俺の手を掴む。


「あははっ、なんか失敗しちゃったね……、うん、私……女神さんに身体奪われちゃうんだ」


 ――19:34。


 俺はクリスの身体をきつく抱きしめていた。


「まだだ、まだ俺は諦めない……、おかしいだろ! なんでクリスが女神に利用されなきゃいけないんだ!」


「ツバサ、今までありがとう。私ね、すごく楽しかったんだよ。……スフレと出会えてツバサと出会えて――、もう十分幸せだったよ」


 ――15:11。


「クリス、俺はクリスがいなければ……、どうすれば……」


「もう、ツバサは強い子でしょ? 私がいなくてもスフレがいるし、幼馴染さんたちもいるでしょ?」


 ――9:44。


「まだだ、俺は約束を守るんだ! クリスのそばにずっといるんだ! だから――」


 俺はスフレの身体に状態異常回復の技を使ってみた。

 何も変化が起こらない。


「――駄目だよ。これは女神の力みたい。ねえ、ツバサ、最後にお願いがあるんだ」


 クリスは俺をまっすぐ見つめて――俺の顔に近づく。

 俺はクリスの抱きしめて――

 口づけを交わした――


 3:00


 俺から離れてクリスは微笑んでいた。


「えへへ、ツバサの唇奪っちゃった。……もうこれで思い残す事ないよ。――約束、守れなくてごめんね」


 2:00。


「――クリス、俺はお前を【愛している】だから、【約束】は必ず守る――」


 1:00。


「私も――愛して――いる――よ――、ツバ――」





 世界が止まった。

 クリスはさっきまでと違う口調で俺に言った。


『ふむ、これでゼロだ。別れは終わりだ。……妙な魔力が身体にあるな。まあよい。――さらばだ』


 クリスとお父さんの姿が一瞬で消えた――



「クリスーーーーっ!!!!!」



 震える身体を抑えて、俺は何度も約束の言葉を繰り返していた。

 まだだ、まだ諦めない。俺は絶対にクリスを連れ戻す。

 それが神さまが相手だったとしても――



 俺の慟哭が街を包みこんだ。


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