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実は心配性なレオンさん


『……俺を無視するとは、全く』


 俺たちが泣き止むまでみんな待っていてくれた。

 俺とクリスはお互い顔を見合わせて顔が赤くなってしまった。


「……は、恥ずかしいって!?」

「ああ、これは中々……」


『おい、師匠を差し置いていちゃいちゃするな』


 レオンさんが悲しそうな声を上げている。

 大分落ち着いてきた俺は、自分の魔力が全てなくなった事を実感した。

 前は魔力が5p残った。今回は魔力がゼロだ。


「……な、奈落の底にいくのに魔力がゼロだ。……こ、これはまずいのではないか?」


 俺はクリス約束をしてしまったから、スキルが発動した。

 俺の残っていた魔力は全てクリスへと移動した。


 レオンさんは何故か楽しそうであった。


『はっ、カケルに似てきたな。トラブルメイカーのあいつは絶対後に引けない状況になったら強いんだ。……魔力なくなったんだな?』


「は、はい、すっきりなくなりました」


『じゃあお前は誰にも負けない強さに戻ったわけだ』


 俺は意味がわからなくて思わず聞き返してしまった。


「戻る?」


『ああ、お前は魔力がない時の方が強い。あー、本気のバトルの経験が少ないからわからないか。いいか、俺は今のお前と戦いたくない。俺とマリの二人がかりでも勝てるかわからん。……ガキの頃、剣聖倒しただろ? あの時は魔力があったか?』


 剣聖? そんなヤツと戦った覚えがない。人間と本気で戦ったのはメグミの拉致事件だけだ。


『まあいい、そのうちわかる。時間が無いから奈落の底への行き方を教えるぞ。スフレ、メモしておけ』


 スフレは師匠に言われた事をメモをして、水晶通信を切ってから俺達に言った。


「えっと、今日はお赤飯でいいですか? とっておきの料理作ります! ゆっくり休んで準備をしっかりしてから奈落へ行きますか? あ、私、今から買い出し行ってきます。あとは二人で――ふふっ」


「お、おい、スフレ、それは駄目だ! さ、3人でいよう」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ! な、何が起こるかわからないからスフレも一緒にいて……」


 スフレはニコニコしながら俺たちに言った。


「意外と恥ずかしがり屋さんですね。――でも本当に時間がないので、準備はしますよ?」


 俺とクリスは胸を撫で下ろした。

 そんなお互いの様子を見て、おかしくて思わず笑ってしまった。


「な、なに笑ってんのよ! ツ、ツバサだって恥ずかしがってたじゃん!」

「ああ、そうだな。……こんな状況だけど、笑えるんだなって思ってな」


 魔力がなくなった俺が強いっていう師匠の言葉は理解できない。

 だが、今までと違う感覚が身体の奥から生まれた。

 愛する人を守りたい気持ち。

 それが力になる。


「よし、さっそく準備をしよう。出来たら今日中に出発だ。大丈夫か?」


 二人は頷く。そして、出発する準備に取り掛かった。





 *********




「どういう事だ? なぜギルド本部の地下に入れない? ここに紹介状があるだろ」


 準備をした俺たちはギルド本部へと向かった。

 マリさんの魔法で書類を送信して貰った。レオンさんの魔力印があるから正式な書類になっている。これをギルド本部の幹部に見せれば俺たちはギルドの地下に入れるはずであった。


 ギルドの地下には牢獄がある。その最奥に奈落の底と言われているランクSS難易度ダンジョンがある。そこにクリスの父さんがいるはずだ。



 俺たちは学園を早退して家に帰ったから、そこまで遅くない。もう少ししたら完全に夜になるだろう。


 夜間受付嬢は申し訳なさそうな顔で俺に言った。


「え、ええ、すみません。本日、その書類を決済できる上の者が誰もいなくて……。現場の人間では判断できません」


「なるほど、ギルド本部の幹部たちはどこにいる?」


「……い、慰安旅――、け、研修のため外国へと向かいました。本当は数人幹部が残るはずですが、今日は六時を過ぎましたので本部の仕事は終了です……」


「幹部の家にいけばいいんだな?」


「そ、それは……、こ、困ります。多分、街に繰り出していて誰も家にいません。それに魔力印を押すための判子はギルドにおいてあるので……」


「なら――」


 クリスが俺の肩を優しく掴む。


「ツバサ、ちょっと落ち着いて。ギルド本部はお役所だから仕方ないよ。……今日は家で休んで明日また来よう? ねっ!」


「う、うむ、しかし……」


 奈落の底で人を一人見つけるのにどれだけ時間がかかるかわからない。

 それこそ時間がいくらあっても足らない。

 今は一分一秒でも惜しい。


 受付嬢が言葉を重ねた。


「明日と明後日は休業日なのでギルド本部は開いていません……。す、すみません」


「なっ!?」


 受付嬢に罪はない。このギルドの仕組みを忠実に守っているだけだ。

 俺は深呼吸をして心を落ち着かせる。


 ――奈落の底は物理的に壊せない封印がある。それを解除するためにはギルド本部が持っている鍵と、幹部職員の認証が必要だ。

 ……本当に壊せないのか? 試してみてもいいんじゃないか?


 俺が悩んでいると、横から声をかけられた。




「はっ! てめえら困ってんのか? ははっ、ざまぁだな。血相を変えて学園を飛び出したと思ったら、ギルドに泣きついてんのか?」


 そこにはミハエルが笑いながら立っていた。

 俺はミハエルを無視してギルドの奥へと向かおうとした。


「お、おい、てめえそれ以上入ったら不法侵入になるぞ!? ……なんだか知らねえが話は聞こえてた。お前ら奈落の底に行きたいんだな? ふははっ、俺はランクA冒険者であり、ギルド幹部職員の息子だ。俺も当然幹部職員として名を連ねている」


 俺は足を止めてミハエルの言葉を聞く。


「……俺の権限で奈落の底への鍵を渡してもいいんだぜ?」


「――ミハエル?」


「ただ……、お前が俺に土下座したらな――」


 臨戦態勢に入ろうとしたクリスとスフレを手で制した。

 今にも八つ裂きにしそうな勢いであった。


「あれはお前がクリスをいじめたからだろ。……なぜそこまで自分の罪を認めない」


「うっせーよ!! お前のせいで俺は、俺は――。くそっ、そんな事どうでもいい、土下座するのか、しないのか?」




 俺は師匠たちや父さんから信念を教わった。

 信念を貫け。

 自分の正義を守れ。


 俺は間違った事をしたつもりはなかった。

 だが、あの時やりすぎたのか? もっとやりようがあったんじゃないか?

 ミハエルの自尊心を破壊したのは俺だ。クリスの心を破壊したのはミハエルだ。


 ……やっぱり人の心は難しい。俺が今ミハエルに感じている憎しみの気持ちが抑えられない。

 ――ふと、幼馴染を思い出してしまった。あいつらは何で俺の事をいじめていたんだ? 

 確かに俺が使えない男だったが――、あの憎しみに近い感情は一体……、それでいて好意を感じられて……。



 俺は何気なくミハエルに伝えた。


「――ミハエル、お前……クリスの事が好きなのか?」


 ミハエルの顔の仮面が崩れ落ちた。

 明らかに動揺している。


「う、うるせーー! そ、そんな事あるわけねーだろ! こ、こんな汚い犯罪者の女なんて……、お、俺が優しくしようとしたら手を振り払った女なんて……」


 ……俺達は子供なんだろう。心のバランスがうまく出来ない。まだまだ経験が足りない。

 きっと、ミハエルにもミハエルなりに歪んだ原因があるのかも知れない。

 もしかしたら――寂しいだけの普通の男なのかも知れない。


 俺は身体の力を抜いた――

 後ろにいたクリスとスフレが声をあげる。


「ツ、ツバサ!?」

「ツバサ、私が魔法でミハエルを――」


 正義、信念――

 それ以上に――俺はクリスを助けたい。


 ――俺はミハエルの目をまっすぐに見ながら両膝を床に着けた。

 ミハエルは何故か戸惑った顔をしていた。


「お、お前……」


「――ミハエル、お前も壊れているんだな。……クリスを助けてから……お前の話も聞いてやる」


「はっ? な、何言ってんだ? クリスを助ける? な、何があったんだ!?」




 俺は両手を床に着けて――頭を勢いよく振り抜いた――

 凄まじい衝撃が床に伝わった――



「う、うわぁ!? た、助けてくれ!!!」

「キャッ!? お、落ちる――」

「おい、あの兄ちゃんが座ってる地面が陥没したぞ!?」

「な、なんだ!? テロか!?」

「ミ、ミハエル坊っちゃんが倒れているぞ!」


 ミハエルとギルド職員の悲鳴だけが聞こえる。


 俺は頭を上げると、ミハエルは俺と同じ土下座の格好で倒れていた。

 頭を床につけて小さな声で呻く。


 俺はミハエルにもう一度言った。


「大切な人を助けるためなら土下座なんてどうだっていい。――ミハエル、時間がない、立て」


 ミハエルは焦点が合わないまま顔をあげて、俺に言った。


「お、お前が、土下座しても、俺は鍵をやらないっていったら……、どうする、つもりだった?」


「ふむ、シンプルにここを壊そうと思った」


「……そ、そうか……、くそ、とんでもねえヤツだな。……約束は約束だ。鍵をすぐに持ってくる……。だ、誰か肩を貸せ」


 俺はミハエルの襟元を掴んで立たせた。

 背中を軽く突いて活を入れる。


「ごほっ!? けほっ、けほっ……」


「早く行くぞ、男に二言はないだろ。お前の認証も必要だ、急げ」



 こうして俺達は鍵を持ったミハエルを連れて、ギルド本部の地下へと続く廊下へと向かった――



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