止められないユーコ
状況を確認しよう。
俺は子供の頃、天才と言われるくらい魔力が強かった。
出来ない魔法なんて存在しないと思っていた。
五歳の時に、山で幼馴染のユーコと薬草取りをしてたらオークの群れに襲われた。群れは俺が皆殺しにしたほどだ。
ユーコと大切な約束を交わした時、俺は自分の魔力が減ったのを感じた。
気のせいだと思っていた。
その後も、ミネとメグミと約束を交わすたびに俺の魔力は激減していった。
俺の魔力が減るのと反比例して、幼馴染たちは強大な力を付けていった。
俺が死ぬ気で鍛えれば鍛えるほど、幼馴染たちは強くなっていった。
――これは、もしかして【スキル】と言われているものか?
この国でスキルを使えるものはレアとされている。上位騎士や高位冒険者の一部はスキル保持者であった。
魔法とは違う技能体系で、天からの授かりものと呼ばれていた。
多分だが、俺のスキルは、大切な人と約束を交わすとその人に、魔力を与える事ができるのかも知れない。試してみたいが……、生徒と関わりたくない。
「歴史的に見て――。であるからして――、スキル保持者はこの学園に数名しかいない。まあ、スキルを持っていても駄目なやつもいるけどな。先生が思う最強のスキルは【二連続詠唱】だな。あれはいいものだ――」
今は魔法歴史の授業の時間であった。
授業中は考え事が進む。
俺は座学は好きだった。魔法を使う必要がない。だから俺は座学だけは満点の成績である。
先生の話を聞いていなくてもすでに覚えたところであるから問題ない。
「じゃ、今日はここまで。午後は演習だからパーティーで集まっておけよ」
演習と聞いて俺の鼓動が早くなる。
ユーコ達は昨日の今日だけど、静かなものであった。
時折視線を感じるが、なんとも言えない感情が見え隠れしていた。
――俺はずっと、幼馴染たちが俺を奮起させるためにきつい言葉や暴力をふるうと思っていた。
だが、人の心は変わるものだと俺は知った。
……冗談でも追放を言い渡すなんて。
一時期この国では追放がブームになった。水晶タブレットで放送されている連続活劇によって、学園ではイジメが流行ってしまった。
国は事態を重くみて、学校のイジメやパーティーの追放には敏感であった。
それでも追放はなくならない。……それは、人が、弱い人を陥れるのを見られる娯楽だからだ。
だから、追放宣告は冗談でも衝撃的な出来事であった。
俺は先生が職員室に向かう前に、手に持っている――離脱届けを渡さなければならない。
正式な理由があれば離脱できる。
俺と幼馴染たちの力量の差。この理由があれば簡単に申請が通るだろう。
なにせ俺はお荷物だったからな。
「先生――、待ってください」
「何だ? ツバサか? どうした、お前も演習の準備しろよ。……まあお前に準備することはないか。どうせユーコ達に全部任せるんだろ?」
……演習の準備は全部俺がやっていた。武器や備品の申請手配、ダンジョン進行計画書の提出、演習記録や報告書の提出、はたまたおやつの準備まで俺がやってた。
全部あいつらがやっている事になっている。
俺はお荷物だったから仕方ない。
「えっと、先生、急で申し訳ないですが、前々から先生に勧められていたパーティーの離脱の件で――」
「お、なに? 考えてくれたの? いやー、ユーコのパーティーはお前がいなかったらSクラスに上がれるからな! ははっ、よく決心してくれた! これで俺の給料も――」
この国は内部から腐り始めている。官僚が、騎士が、学園までもがだんだんと不正にまみれてきた。それでも、俺が育った大切な国だ。
先生が喜んで書類を受け取った瞬間、大きな声が廊下に響いた。
「あ、あんたなにしてんのよ! そ、それ、離脱届じゃない!」
顔を真っ赤にさせたユーコが慌てて俺達に近寄ってきた。
先生に詰め寄る。
「わ、私たちは同意の魔力サインしてません。だからこれは無効です! ……ツバサ、いつまでも拗ねてないで、演習の準備するわよ。……ちょっと書類の書き方がわからないところがあるのよ」
先生が首をかしげた。
「ん? ちゃんとお前らのサインもあるぞ? どういう事だ?」
「え? そ、そんなはずは……、まさか、な、無いと思ったら、昨日の冗談で書いた紙を――」
昨日俺に見せた離脱届には三人の魔力サインが書かれてあった。
俺は三人に別れを告げた際、魔力を操作して書類を確保しておいた。
俺はユーコと目を合わせず、先生を見つめる。
「それでは処理をお願いします。……午後から俺はどうすればいいですか? もうAクラスにはいられませんよね?」
「おお、そうだな……、俺が最底辺のFクラスの担任に連絡しておいてやるよ。午後からFクラス行けや。どうせFクラスは演習ないだろ? 基礎魔法の練習だ。感謝しろよ?」
「――ありがとうございます」
先生は意気揚々と俺達の前から立ち去った。
俺とユーコだけが取り残された。
ユーコがすごい剣幕で俺に詰め寄る。
「あ、あ、あ、あんたっ! なんで出ていくのよ! そ、そりゃちょっときつい言葉吐いたり、少しだけ叩いたりしたけど……、き、騎士になって、わ、私と結婚する約束はどうしたの!!!」
ユーコの言葉が頭の中で反芻してしまう。
――死ね、辺境がお似合いよ、クズはクズらしく地べたで寝てなさい、別にあんたなんか死んでも構わないから、最底辺なんかと結婚できるわけない、昔だけすごかった馬鹿男。
魔法の実験と称して、俺に炎の玉を投げつける。俺の特訓と称して氷の刃で切り刻む。魔法陣を使って転移実験をして知らない土地に飛ばされる。
……それでも思い出があれば我慢できた。ユーコは大切な幼馴染だった。昨日までは――
俺は冷たい目でユーコを見た。
「すみません、Fクラスの人間なのでAクラスの生徒と話すとイジメられるんでやめてください。……それに、俺の中で――幼馴染は全員消えてなくなりました。約束した人は誰もいません」
ユーコは口を開けたまま赤い顔が青くなっていった。
「な、なんで敬語なんて使うの? わ、私たち……将来を誓いあった……、え、なんで? 何を間違えたの? ツバサが私たちのパーティーから……」
青くなった顔から涙が流れていた。
嗚咽を抑えきれずくぐもった声が廊下に鳴り響く。
他の生徒達が俺達を見物していた。
――もう俺には関係ない。
俺は泣き崩れるユーコの姿をシャットアウトして、新しい自分の教室であるFクラスへと足を向けた――
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