知らない感情が生まれそうなツバサ
放課後になると、クラスメイトたちはすぐに教室を出て冒険者ギルドへと向かった。
俺とスフレも立ち上がって教室を出ようとしたが、クリスが座ったままだ。
「……や、やっぱり、あんたは私に関わっちゃ駄目だよ。今からでも遅くないから――」
スフレがクリスにトコトコと近づき、抱きかかえるようにして立ち上がらせた。
「うーんと、もう遅いですよ。ツバサが関わると決めたんですから」
「で、でも……」
俺もクリスに近づく。ボサボサの髪に汚れた制服。食生活がよくなかったのか、身体はとても細かった。
「街を歩きながら話そう。歩けないなら俺が手を引いてやるぞ?」
クリスは初めて会ったときみたいに強気な口調で言い返してきた。
「ば、ばか!? じ、自分で歩けるわよ! し、仕方ないわね……」
俺達はやっと教室を出てクリスの所属するギルドへと向かった。
「へー、ギルドマスターはいい人なんですね」
「う、うん。こんな私でも冒険者ギルドに入れてくれたの。昔のお父様に助けられたらしくて――」
クリスの所属する冒険者ギルドへと向かう。冒険者ギルドの格としては下であるが、クリスの安らげる場所なんだろう。
「……ギルドでも他人からの視線が痛い。それに仕事は薬草取りしか出来なくて、だからお金が無くて――」
俺の胸がズキンと傷んだ。この国でクリスが安らげる場所があるのか?
多分クリスはオブラートに包んで俺達に伝えている。クリスの顔を見るとわかる。ギルドに向かうときの顔が教室にいるときの顔を一緒だ。
「あ、ここよ。小さなギルドだけどよろしくね」
普通の一軒家みたいなところに看板がかかっている。
【トマホークギルド】
クリスが扉を開けると、ガヤガヤしていたギルド員の声が静まり返る。
クリスも想定外なのか、「えっ……?」と小さく呟いていた。
奥から温厚そうな顔つきの大きな男が俺達に近づいてきた。雰囲気から察するに彼がマスターだろう。
俺達の前で止まると、小さなため息を吐いた。
「ふぅ……、お前の親父に恩があったからお前を雇っていたが、くそ、面倒な事しやがって。……お前はトマホークギルドに二度と来るな!! 首だ!! この疫病神が!!」
クリスは驚きながらも懇願をする。
「ま、待ってください。わ、私、く、首になると生活が……」
マスターの怒気が強くなる。
「はっ? いいか、クリス。お前が学園で何をしたか知らないが、そのせいで俺達のギルドは解散の危機なんだよ! お前がやめないと本部が明日来る。……俺があれだけ逆らうなって言ったのに」
周りにいたギルドメンバーも騒ぎ始めた。
「そうだそうだ! 俺にはガキがいるんだぞ!」
「トマホーク親分を困らせるな」
「だから俺は反対したんだ。犯罪者のガキなんて――」
「なんで俺達のギルドがお前のせいでなくなるんだ!」
ギルドメンバーに学園の生徒はいない。見たところ高齢の冒険者ばかりである。
マスターは本来は優しい人なのかも知れない。行く宛のない冒険者を取りまとめて仕事を与える――
俺に聞いてみた。
「俺は留学生のツバサと申します。失礼、一点だけ聞いてもいいですか? マスターはクリスがイジメられている事を知っていましたか?」
マスターは首をかしげた。
「はっ? 何を当たり前の事言ってんだ。こいつは仕方ないだろ? だから、我慢しておとなしく薬草を取っていれば生活は出来ただろ――」
クリスはその言葉を聞いても顔色を変えない。
これが――本当に、この街の常識なのか?
俺は思わずスフレをみてしまった。
スフレはニコニコしながら首を横に振るだけであった。
あれは怒っているときのスフレだ。猫魔物に勝手に水晶タブレットのチャンネルを変えられたときに見たことがある。
「我慢……、か。なるほど、ここが自由都市とはすごい皮肉だ」
「あん、兄ちゃん喧嘩売ってんのか? ガキにはわかんねーんだよ、俺もどうにかしてえけど物理的に不可能なんだよ。こっちは生活するのでやっとなんだ」
これ以上聞きたくない。
これ以上クリスに聞かせたくない。
俺はスフレに目で伝える。スフレは小さく頷く。
俺とスフレはクリスの手を取った。
まるで子供にするように――
「へ? ふ、二人とも、な、何?」
俺達は何も言わずにギルドを後にした。
そして、近くにあったベンチに座る。
クリスは無言だけど顔を真っ青であった。
「あっ、あそこにクレープ売ってますね。故郷との味比べしてみますか」
スフレはトコトコと屋台に向かって行った。
クリスは俯いて下を見るだけである。
手を握っているが、クリスから何も気持ちが伝わってこない。
俺は独り言のように呟いた。
「――心が壊れると全てがどうでも良くなる。本当だったら異性と手を握ったらドキドキするらしいな。……俺にはそんな感情が理解できない」
「……?」
弱いけど、手を握り返してくれた。まるで返事をしているようであった。
「この世界は理不尽な事が一杯だ。――それでも、前に進むと決めたら……ほんの少しだけ楽しく思えてきた。まだまだ理解出来ない事だらけだが、少しは成長したのかもな」
俺はクリスから手を離す。クリスは残念そうに「あっ……」と漏らしたが、すぐに何でもないフリをした。
この子にとって強気で振る舞う事が生きる盾であったんだ。
俺はクリスの頭を撫でる。
やっと下を向いた顔をあげてくれた
「――き、汚いからやめろよ……」
言葉とは裏腹に声に力がなかった。
俺が撫でたところが【オールトリートメント】の魔法によって汚れが落ち、艷やかな髪質へと変化する。
クリスは変化する髪を触って驚いていた。
「え、な、なんで、それって王宮魔法の一種……」
俺はクリスを柔らかく抱きしめた。
垢だらけで、きっとお風呂に何日も入っていないクリス。服はボロボロで肌がくすんでいる。
そんなクリスの身体が【リフレッシュ】の魔法で光り輝いた。
俺がクリスから離れると、クリスは驚きの表情を浮かべていた。
「え、あ、わ、私……、くんくん、臭くない? ふ、服が綺麗になってる。母さんの形見の服が……」
俺は優しく微笑んだ。
「クリス、前を向いていた方がすごく綺麗だ」
クリスは恥ずかしさよりも驚きが勝っていた。
「俺は新しい冒険者ギルドを作る。――なあ、クリス、俺のパーティーの仲間になってくれないか?」
「ぼ、冒険者ギルドを作る? む、無理よ……、またあいつが邪魔を……」
俺は珍しく自信満々にクリスに伝えた。
「俺に任せろ。一緒に壊れた心を治そう――」
クリスが声にならない言葉を発する。
そして、クリスの背後からスフレがクレープを持って現れた。
「はい、クリス、一緒に冒険しましょう。へへ、友達ができて嬉しいです。これからもよろしくお願いします!」
「……スフレさん」
「違います、仲間ならスフレです!」
クリスは震える声で言った。
「スフレ……、そ、それに、ツ、ツバサ――、よ、よろしく」
そこには確かな感情が感じられた――




