恥ずかしがり屋なコンゴウジ
午前中の授業も終わり、昼食の時間となった。
魔法基礎授業をきっかけに3人の元幼馴染とクラスメイトの距離は縮まったかのように見えた。
だが、ユーコたちはなんとも難しい顔をしていた。
Fクラスの生徒の問いかけも曖昧な返事であった。
元幼馴染たちから視線を切って、俺はスフレとご飯を食べることにした。
そういえばスフレはミネによって家を追い出されたはずだ。
ミネを見ても普通の態度だ。大丈夫なのか?
「スフレ、ミネがいて気まずくないのか? 家を追い出されたんだろ?」
スフレは少しだけ考えて答えてくれた。
「うーん、難しいですよね。お姉ちゃんはわがままで理不尽ですけど、昔は優しかったです。私が家族から疎まれてもお姉ちゃんだけはかばってくれました。いまじゃ考えられないですけど……」
「そうか、やはりあいつが強くなってからかおかしくなったのか?」
「うん、そうですね。それと、ツバサがFクラスに来た時から随分と情緒不安定な感じでした。私がツバサを寝取った! なんて言ってましたし……。私、恋愛なんて感情わからないのに」
スフレがどんな過去を過ごしたか俺は知らない。だけど、スフレがたまに見せる暗い顔、人を伺う顔、感情の希薄さ。それらが過去の大変さを物語っていた。
恋愛に興味ないという話もよくわかる。
俺もユーコと結婚の約束をした。その時の感情は家族に向けるものに近かった。
恋という感情ではない。メグミもミネも好きだった。だが、それは友達に向ける感情に近かった。
「恋愛か、確かに俺にもわからん。他人のそれはよくわかるのだが」
スラムの師匠のレオンさんはマリさんの事が大好きだ。マリさんも素直じゃないけど、レオンさんと一緒になりたいと思っている。
父さんは消えた母さんが大好きだ。命をかけて連れ戻そうとしている。
俺とスフレは恋愛に疎い。
お互い似ている部分がある。だから、同じパーティーになることが出来て、俺は魔力を与える事ができたんだ。
スフレはポツリとつぶやく。
「ツバサに抱きしめられても、異性を好きになるってわからないです。あっ、ツバサも全く恋愛に興味ないってわかりますし。……でも、あの時は優しくて温かい気持ちになれました。はぁ、私、結婚できるのかな……」
多分、俺達は心を壊してしまったんだ。
スフレは家族によって。
俺は――視線の先にいる――幼馴染たちによって。
幼馴染たちはぎこちない笑みを浮かべながらクラスメイトと話していた。
午後はクラス合同で行われる定期体力測定だ。
魔力は使わずに自分の身体だけで課題をこなす。
俺達FクラスはCクラスとDクラスの3クラス合同で一斉に課題をこなす。
上位クラスであるBからSクラスは午前中に体力測定を終わらせていた。
「う、うう、体力は自信がないです……」
「それでもレオンさんの特訓で強くなったんじゃないか? 特訓の成果を認識する場だと思って頑張ろう」
「は、はいです」
大きなグラウンドに点在する競技の課題を行う必要がある。
走るだけの競技や、力を測定する競技、はたまた戦闘教官との模擬戦まである。
俺はスフレと一緒に競技を開始しようとしたらCクラスの生徒に止められた。
「おい、底辺クラスが先にやるんじゃねえよ。俺達が先だ」
「こいつ元Aクラスのゴミじゃん。顔がいいからって調子のんなよ?」
「おーい、あっち見ろよ。あそこにも元Aクラスの奴らがいるぜ? ははっ、すっげえ転落だよな」
なるほど、弱いものには強く、か。この学園を素晴らしく表現している。
俺たちは何も言わずに下がった。特に揉める必要はない。
Cクラスの生徒たちは我先にと競技を始めた。
俺達は空いている競技の場所に移動しようとしたその時、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「な、なんであんたたちが先にやるのよ! わ、私たちが並んでいたのよ!」
「マジありえないじゃん。あんたら昔は私たちに媚びてたじゃんか!」
「え、あ、あの、皆さん、喧嘩はやめて仲良く……」
幼馴染たちはCクラスの女子と揉めていた。
どうやら順番を巡った争いのようだ。
「あらごめんなさい、魔力が低すぎているかいないかわからなかったわ」
「ぷぷっ、本当の事言っちゃ駄目ですよ。Fクラスは最底辺ですから」
「はぁ、学園は実力主義なの。わかる? あんたらは最底辺で落ちこぼれ、もう終わってんのよ」
そこにFクラスの生徒が口を挟んできた。
「あのな、これは体力測定だから魔力は関係ないだろ? 同じ学生同士仲良くやろうぜ」
「そうだよ、落ち着きなさいよ」
「魔力が最底辺でも体力測定は同じくらいっしょ」
Cクラスの生徒はFクラスの生徒にかばわれている幼馴染を見て嫌な笑い声をあげた。
「ぷぷぷ、底辺同士で傷の舐めあい、超笑える」
「マジで終わってんな。Fクラスに庇ってもらう元Aクラスって……、惨め」
ユーコは顔を真っ赤にして言い返そうとしたが、メグミがそれを止めて前に出た。
「……お先にどうぞ。どうせ順番はすぐ周ってきます」
「メグミッ!? あんた」
「え、マジムカつくじゃん、そんなの嫌じゃん」
メグミは何も言わずに頭を下げていた。
Cクラスは舌打ちをして去っていった。
Fクラスの生徒は幼馴染たちに駆け寄り心配そうな声で話しかける。
「大丈夫? いつもの事だ。嫌がらせが多いからな」
「まあ気にするなよ。そのうち魔力も戻るよ」
「ほら、もうすぐ順番来るから一緒に待とう?」
その言葉に幼馴染たちは困惑気味の顔をしていた。
表情から深い罪悪感が感じられる。
なぜだ? 心配してもらえたのに。
メグミはFクラスの生徒たちを見つめて答えた。
泣きそうな顔をしている。
「……なんでそんなに優しいのですか? 私たちは元Aクラス、正直あなた達の事を蔑んでいました。知らないうちに暴言も吐いていたと思います。……きっと、私は自分達以外を人扱いしていなかったです」
Fクラスの生徒は突然泣き出したメグミを見て困惑した。メグミは言葉を続ける。
「……優しさが……苦しいです。優しくされるような行いをしてきませんでした。自分のパーティーメンバーに取り返しのつかない傷を与えてしまいました。……そんな私たちが優しくされる資格はありません」
ユーコも口を開いた。
「う、ん。どうしていいかわからないよ。だって、私、ひどい事したんだよ? ツ、ツバサの事殴ってたんだよ? そんなヤツ死んじゃえって思うもん。……怖くて死ねなかったけどさ。それなのに、まだプライドを捨てきれない自分がいて嫌になるよ」
「わ、私なんかツバサだけじゃなくて妹にまで嫌がらせしてたじゃん。超ヤバい女っしょ……。妹を家から追い出したじゃん。もう末期でしょ……。力を持っていた自分とはもう違うってわかってるのに……」
メグミが言葉をつなげた。
「だから、私たちは人生を静かに全うします。お声をかけてくださってありがとうございます。これ以上私たちに関わってしまうとあなた達の人生も狂わせてしまうかも――」
スフレが俺の背中を押した。
魔力が乗ったその威力は俺が軽く吹き飛ばされるほどであった。
図らずしも、幼馴染たちの前に押し出された俺は咳払いをする。スフレは笑顔で手を振っていた。
Fクラスの生徒も幼馴染も俺を見ている。
俺はもう一度咳払いをして言葉を発した。
「………俺には関係ないと思っている。過去の思い出も全て消し去った。だから――」
「Fクラスの好きにしろ」
Fクラスの生徒が俺の肩を叩く。
確かこいつは素早さが高いレンジ君だ。
「ははっ、マジお前格好いいぜ。好きにしろ――、かーっ! そんなヤバいセリフ言えないって!」
泣いている幼馴染達にほほえみかけるショーコさん。洒落た女子で胸元が常にファッショナブルだ。
「あんたらはFクラスなんだからさ、初めからやり直せばいいっしょ。色々あったかもだけど、あーしは知らんって感じじゃん」
異様な力を感じるコンゴウジ君が顔を真っ赤にしながら俺の胸を小突く。
殺せないほどの衝撃が身体の奥底に響く。
「……俺は女子とは恥ずかしくて喋れない。うほうほ言ってごまかす、ずるい男だ。……どうせFクラスはどこか傷を抱えたものばかり。お前は復讐したいのか?」
いや、復讐なんてどうでもいい。
俺自身、心が壊れたままである。
これを治すのには――どうすればいい?
スフレと出会って俺の壊れた心が少しだけ修復された。
人との関わりで心が壊れたなら――人との関わりで修復すればいい。
スフレがいる、師匠たちがいる、魔族の子もニャンコもいる。そこに幼馴染たちはいない。
ゆっくり生活出来ればそれで満足だ。
メグミが泣きながら崩れ落ちた。
「な、なんでですか……。わ、私たちは、ツバサに――」
俺はメグミを掴んで無理やり立たせる。
「楽な道に進むな。このまま糞爺と結婚したいのか? 罪悪感と絶望のまま一生を終えたいのか? なら前を向け。――俺にはもう関係ないが、こいつらは違うらしい」
「――――っ」
返事が出来ないメグミを放っておいて、俺は集まってきたFクラスの面々を見渡した。
俺がFクラスのみんなに、元幼馴染達を頼む、と言おうと思った瞬間――
聖なる力を帯びた魔力を学園中から感じた。
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