ユーコのファイアーボール
「――ここで臨時のニュースをお知らせします。昨日、中央騎士団詰め所で起こった襲撃騒動で新たに判明した事実が――」
俺とスフレは水晶タブレットで臨時放送されているニュースを流し見しながらのんびりと朝食を取っている。
騎士団中央は父さんの襲撃によって、詰め所の隠し部屋に隠していた裏帳簿や違法取引の品物が発見された。父さんの証拠と合わせて、瀕死のミシマと統括騎士団長のイシグロが謝罪会見を行う事になった。
ミシマは今までの功績もあったが、上はミシマをかばいきれないと判断してトカゲのしっぽ切りを行った。ミシマは引退に追い込まれて、騎士団は変革を行う必要に迫られた。
スフレは俺がお土産で買ってきたドーナツを頬張りながら、俺に言った。
「えっと、この前のダンジョン演習は大成功でしたね。先生からA判定もらえました! 来週の校外実習も頑張りましょう! 確か私たちは冒険者ギルドで研修ですね」
「ああ、適当に頑張ろう」
俺はスフレの話を聞きながらタブレットを見る。
ニュースは最近の女神教の動きと、帝国と王国で行われていた闘技大会の結果に切り替わっていた。
「……はむはむ、はむはむ、ツバサ、ハムカーの活劇見たい。ハムハムハムカー!」
あの時実験台にされていた魔族の少女はうちで保護した。
ドーナツを食べながら猫魔物の頭を撫でている。
魔族は迫害されているから、マリさんと相談して今後の事を決めないと……。
「ツバサ、わが主はハムカーがご所望ニャン。チャンネル変えるニャ」
魔族の少女の横でゴロゴロ喉を鳴らしている猫魔物。……なぜか喋れるけど便利だから気にしない事にした。
そんなこんなで俺達は平和な日常を送っている。
……俺はまだ騎士団を目指していいのか悩んでいた。
「はい、注目! 今日も新しい仲間を紹介しましゅ。えっと、元Aクラスの元最強パーティーです。仲良くしてくだしゃい!」
先生が朝のHRで紹介したのは、元幼馴染たちであった。
幼馴染たちは所在なさげに教壇で困った顔をしていた。
「よ、よろしく……」
「マジ、Fクラスじゃん」
「も、元Aクラスのメグミと申します。ま、魔力が突然低くなってしまったため、Fクラス入りとなりました」
Fクラスの面々も驚いていた。
学園最強と名高いユーコパーティーがまさかのFクラス入り。
まあ、流石に先生たちも遊びで教育しているわけじゃない。あのままAクラスにいたらとんでもない大事故につながっていただろう。
3人は俺と視線を合わせようとしなかった。
そうだな、あいつらはプライドが高い。それこそFクラスの生徒なんてゴミとしか見ていなかったからな。
HRが終わり、次の授業までの隙間の時間。編入生が来ると、Fクラスの生徒はこぞって質問攻めをしたり、このクラスについて教えてくれたりしたものだ。
だが、誰も3人の元へ行こうとしない。
「っていうか、本当にFクラスになっちゃったよ。……最底辺だよ。ど、どうしたらいいかな?」
「マジ無理。早く魔力を戻してAクラスに戻るじゃん」
「え、ええ、それが可能なら幸いです。……焦ってはいけません。周りの目を気にせず頑張りましょう」
人の噂は早いものであった。
特にカースト最上位にいた生徒たちの転落。底意地が悪い上級クラスの生徒たちは面白がって話をしているのを聞く。
これは本人たちの性格の悪さが災いした。
それにしても、メグミが随分と落ち着いた顔をしている。
金持ち爺さんのところへ嫁ぐ話が出ているのに余裕があるな。
……俺には関係ないか。
「ツバサ、一時間目は魔法基礎演習の時間です! 早く準備しよ!」
考えても仕方ない。
俺はスフレに返事をして授業の準備に取り掛かった。
「ツバサ君……、ぶっちゃけSクラス入りできましゅよ? 本当にFクラスでいいの?」
授業は魔力を丁寧に練り上げて、指定の強さのファイアーボールを作る事であった。
中等部の低学年レベルの授業であるが、ここはFクラス。丁寧にイチから教わる事ができる稀有なクラスだ。
「いえ、Sクラスはちょっと面倒なので……、俺達はこのクラスが好きです。しばらく移動したくありません。すみません、先生の査定に影響してしまって……」
「ふえ!? べ、別に先生はお金なんて……。ツ、ツバサ君を守れなかった私が言うのもあれだけど……、本当はのびのびと勉強してる生徒を見るのが好きなんでしゅ。だから、ツバサ君たちが残ってくれて嬉しいでしゅ。あっ、もちろんSクラスに行きたかったら言ってください! ちゃんと推薦します」
先生はこの前のミシマの件の事を気にしているのだろう。もうミシマがいないから大丈夫――とは言えないほど、嫌な人材ばかり揃っている学園上層部だ。面倒な事が起こらなければいいが。もし面倒が起きたらタケシに押し付けよう。
当面のんびり生活して、将来の事を考える必要があるな。まずは魔族の女の子をどうするか――
「むきーーっ! ちょっと前までは簡単に出来たのに……」
「ギリギリできるじゃん……。マジきつい」
「……あ、あの、僧侶系ならなんとか……攻撃魔法はもう無理です……」
ふと、3人の姿が目に入った。
ミネがなんとかファイアーボールの生成に成功していたが炎が安定してない、ユーコとメグミは全く出来ていなかった。
ミネもこの前見た時より魔力量が大幅に減っている。……このFクラスの中でも中の下といったところだ。
「ツバサ、教えに行かないの? 色々あったみたいですけど、元友達ですよ?」
「……もう関係ない。あいつらが俺にした仕打ちは……」
メグミと一瞬だけ視線が合った。昔なら、メグミは高圧的な態度を取って、俺に教えろって言ってきただろう。だが、メグミは悲しそうに微笑んでもくもくと魔法の練習を始めた。
ミネが二人に教えようとしていたけど、ミネ自身そんなにうまく出来ないからうまく教えられない。
ユーコは「出来ないよ!」と言って駄々をこねていたけど、真面目に練習をしているメグミを見て、少し顔付きが変わった。
俺は見てていたたまれない感情に陥った。
もう関係ないから見なければいい。そう思っても心に嫌な気持ちが湧いてきた。
「スフレ、あれだ、もしあれだったら、手本……いや、何でもない。俺には関係ない」
「ツバサ……、あっ――」
思わずスフレに何かをお願いしようとした時、Fクラスの生徒が3人に近づいていた。
必死にファイアーボールを出そうとしているメグミに声をかける。
「魔力が分散されて魔法の形を成していないんだ。ほら、先生が初めに言っていた基礎を思い出して」
「え? あ、あなたたち――」
一人だけじゃない。ファイアーボールが出せるものも、出せない生徒も3人の元へ集まった。
「魔法ってマジ難しいよな〜、俺馬鹿だから出来ねえよ!」
「あんたは素早さがヤバいからいいのよ! えっと、ユーコさんは私と一緒で魔力量が少ないから、まずは身体の中の魔力を手のひらに集めるイメージを――」
「ふーん、あんたミネって言うんだっけ? まあまあ可愛いじゃん。ファイアーボール出来ているけどやり方むちゃくちゃね。ちゃんと詠唱をしっかり唱えて、精神を集中させたらもっと楽にできるっしょ! あーしのマネしてみな」
「メグミさんは僕のマネをしてみて、深呼吸をして――、そう、吐いて――、魔力を身体に流す――」
「うほ、うっほ……」
「コンゴウジくんは身体強化しかできないからね……。うん、魔法の種類によって向き不向きがあるし。でも、コンゴウジくんは何でもありならSクラスの人より強いから」
「同じクラスなんだからね! 一緒に頑張ってもいいのよ!」
メグミたちは口をポカンと開けていた。
プライドが高いメグミたちだ。Fクラスの生徒から小等部で習うような基礎的な事を教わるのは許せないだろう。
そう思っていた。
だが――
「う、うん、魔力を手のひらに……、こう? それともこう? あー難しいよ!」
「はっ? 詠唱……そんな事も忘れてたじゃん、あ、ありがと」
「す――、は――、魔力を身体に――、なんだか子供の頃を思い出して懐かしいですね……。基礎なんてすっかり忘れてしまっていました。思い出させてくれてありがとうございます」
Fクラスの生徒たちは笑いながら3人に教えあっていた。
侮蔑の笑いではない、同級生と話していて自然と出る笑い声である。
――そうだ、力だけが全てじゃないんだ。
俺は歩みだそうとしていた足を止めてその風景を見ていた。
不器用だけど、温かさを感じるやり取り。
「あっ、で、出来た……、ひぐ、で、出来たよ、みんな!!」
小さなファイアーボールがユーコの手のひらで生成された。
Fクラスの生徒たちは自分の事のように喜ぶ。
涙ぐみながら困惑するユーコ。
「……な、んで、みんな……そんなに優しいの……」
その仕草がなんだか妙に昔を思い出してしまうじゃないか――
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