第20話 家族4
「せまいところですけど、入って下さい」
「…………」
母親が冬白川の家族をリビングまで招き入れ、そして俺は驚いた。
「かあちゃん、敬語使えたの!?」
「あんた……私をどんだけアホだと思ってんの?」
母親は拳を握り締めて怒りを示していた。
さすがに敬語ぐらいは使えるか。
いい大人だし。
母親に続いて入ってきた3人に俺は目をやる。
冬白川琴菜は私服を着ていて、白いワイシャツに黒いスカートという、シンプルながらも上品なオーラを放つ仕上がりとなっていた。
普通の女子が着たら地味だとか言われそうだが、こいつの場合は輝いて見える。
父親は、オールバックでダンディズム溢れるカッコいいおじさんであった。
冬白川の親であるのは間違いなく、二人に似てメチャクチャいい男だ。
母親も綺麗な人で、上流階級の方なのであろうという素敵な服を着飾っていた。
「琴乃っ!」
母親は家出した自分の娘が視界に入った瞬間、彼女に近づいて行きビンタをしようと手を振り上げる。
レースだったら、間違いなくフライングになる速攻。
まだ家に着いたところでしょ。
が、うちの母親が相手の手を取り寸前で阻止する。
さすがかあちゃんだ。
相手の攻撃を止めるぐらい朝飯前。
俺でも反応できなかった速度というのに。
「いきなり手を出すのはダメでしょ。ちゃんと話しましょうよ」
「っ……!」
バッと母親から手を放す、冬白川母。
「どういうつもりなの琴乃! 学校を中退して、引きこもって、ただでさえ恥ずかしいのに、その上男の家に上がり込んで住みつくなんて!」
「優子。少し落ち着きなさい」
「あなたは黙っててちょうだい! この子をあなたが甘やかすから、こんなことになったんでしょ!? もっとしっかり躾けていられたら、引きこもることもなく琴菜みたいにどんな大学も狙えたというのに!」
なんとヒステリックな。
開口一番、こんなに罵倒を浴びせるなんて……
こりゃ家が嫌になるのもよくわかるわ。
自分のことじゃないのに聞いててイライラする。
それは母親も同じで……
いや、俺以上にイライラしているらしく、頭に血管が浮かび上がっていた。
冬白川父もため息をついて、口を挟まなくなってしまった。
どうやらこの家族の主導権は、母親が握っているらしいな。
「あのですね、お母さん。琴乃ちゃんにも考えがあるんですから話を聞いてあげてください」
「琴乃に考えなんてあるものですか! 昔から何を考えるでもなくぼーっとして。だから勉強も置いていかれるし、何をやっても身につかない。私が指示してあげないと何もできないのよこの子は!」
「私は!」
冬白川琴乃は大きな声を出し、早くも涙を目にため込んで母親を睨んでいる。
「そんな風に言うお母さんが昔っから大嫌いだった! 私がしたいこと全部否定して、私がすることに全部口を出して! 私はお母さんの人形じゃないの!」
「だったらあなたも琴菜みたいにやってごらんなさい! それなら私は何も言わないわ。どう? 琴菜のように勉強も習い事も、人よりできるとでも言うの?」
「それは……」
「ほらごらんなさい! 私がいないとあなたは何もできやしないのよ! それなのに口答えなんかして!」
俯き、唇を噛みしめる冬白川。
しかし本当に酷いお母さんだなぁ。
さっきお父さんが『優子』って言ってたけど、どこに『優』しい要素だあるんだよ。
優しいどころか鬼じゃないか。
もう鬼子とかに改名したらどうですか?
早くも怒りゲージがマックス付近に差し掛かるうちの母親。
これはキレてもしかたがない。
こんなの、冬白川が病気になるのも当然じゃないか。
毎日毎日、小さい子供の頃からこんなことを言われ続けられてたなんて、辛かったろうなぁ。
俺の精神力だったら一日で廃人になるわ。
他人の家のことだから、俺たちが口を挟むのは筋違いなのかも知れないけど、それでもこれはダメだ。
こんなの間違ってる。
「あの、お母さん――」
「あなたは黙ってなさい!」
「は、はい……すいません」
ダメだ。
何も言えない。
怖えよ、この人。
冬白川の母親は、さらに彼女を追い詰めるために机を力強く叩く。
ビクッと震え小さくなる冬白川。
「バカな真似は止めて、今すぐお家に帰って来なさい! いい? あなたはこれから勉強をして、高卒認定試験を受けて大学に行くの。こんな時代に中卒で生きていくなんて無理なの! こんなガラの悪い家族の一員になるなんて許さないわよ!」
「…………」
「お母さん、ちょっと落ち着いて」
冬白川琴菜が自分の母親をなだめるようにそう言うが、それでもこの人は止まらい。
冬白川は、肩を震わせ鼻をすすっている。
何も言い返せない。
ただ黙って言うことを聞くしかない。
子供の頃からの習性で、母親に対して縮こまってしまう。
なんでこんなに小さくなっているのに大きな態度を取るんだ?
なんでこんなに悲しんでいるのに優しくしてあげられないんだ?
なんでこんなに震えているのに分かってあげられないんだ?
俺はこの人の事を理解することができない。
この人の気持ちが分からない。
俺はあまりの暴挙っぷりと、冬白川の姿を見て、自分の中の何かが切れる音を聞いた。
「琴菜は黙ってなさい! 琴乃! 分かったの!? 分かったのなら返事しなさい!」
「……は……ぃ――」
「ゴチャゴチャうるせえんだよ、このクソババアぁあああああ!!」
俺はブチギレ、怒りの感情をそのままぶつけてやろうと考えた。
だがそれ以上に母親が大いに怒り狂い、叫んでいた。
怒髪天。
眉を吊り上げ、目は血走り、怒りに大気が震えているようだった。
現役時代の母親ご降臨。
「さっきから聞いてりゃなんだてめえ!? 琴ちゃんの意思は全部無視か? ああっ!?」
「な、何よ。関係ないあなたが家族のことに口を出さないでくれる?」
「琴ちゃんはもううちの家族だ! うちの嫁だ! 関係ないわけねえだろっ!」
母親の言葉に戸惑う冬白川一家の3人。
「よ、嫁って、何勝手なことを言っているの! この子はお見合いでしっかりした男性と結婚させるつもりなんだから――」
「だから! この子の意思は全部無視か! 何琴ちゃんの人生のことをあんたが決めてんだよっ」
口が悪すぎるぞ、かあちゃん。
でも、いいぞ。
もっと言ってやれ。
「この子のためを思って私が決めてあげているのよ。琴乃は昔から何もできない子で――」
「何もできなくなったのは、あんたのせいじゃねえのか? 見ろ。琴ちゃんメチャクチャ小さくなってんじゃねえか。子供の頃からあんたに押さえつけられて来て、委縮して、自己主張もできなくなってんだよ」
「それはこの子の意思が弱いからよ! 琴菜みたいにやれれば私は何も言わないの」
「琴ちゃんはお姉ちゃんとは違う。琴ちゃんは琴ちゃんだ。得意なこともあれば不得意なこともあんだろ。あんたの物差しだけで物事決めつけてんじゃねえよ!」
俺の母親はキレたら半端なく恐ろしいのだが、冬白川の母親もそれに負けじと食らいついている。
気の強い女性の戦いって……
怖いっ。
見てるだけで背筋がぞくっとする。
男の俺には口が出せそうもない。
俺が女だとしても口を出せそうにないけど。
そして母親は、ここで畳みかけに入る。
「あんたは琴ちゃんに好きなことさせてやったことあんのかよ?」
「そ、それは……」
「ねえんだろ。子供ってのは、もっと自由にのびのびと伸ばしてやらなきゃいけねえもんだろ? なのに力任せに上から押しつぶすような真似して、そんなんじゃ伸びるもんも伸びねえよ! あんたはただ琴ちゃんの可能性を潰して、下に下に押さえつけてるだけだ! 上に上に伸ばしていってやるんだよ!」
俺の母親を泣きながら見ている冬白川。
自分の代わりに怒り、自分の心を守ってくれる母親の姿に、涙が止まらないようだ。
「琴ちゃんの可能性をことごとく潰して、学校行けなくなったのもあんたのせいで、いつまで自分の愚行に気づかないんだ? 母親なら無条件で愛してやれよ! 抱きしめてやれよ! 幸せを願ってやれよ! それが親ってもんだろうが!」
母親の言葉に心が震える。
この人は適当だけど、いつも俺たちを優しく見守ってくれている。
何かを否定されたことはない。
とにかくやってみろと、いつでも背中を押してくれる。
何もできなくても、笑ってくれている。
いつでも無条件の愛をくれている。
だから、俺はかあちゃんが好きだ。
だから、冬白川もかあちゃんが好きなんだ。
桜もあんな態度を取っているけどかあちゃんが好きなはずだ。
無条件に想ってくれるからこそ、無条件に想ってもらえる。
人生って、与えたものが返って来るものなんだな。
なんか今、本気でそう思う。
「…………」
押し黙ってしまった冬白川の母。
静かになったリビングには、冬白川のすすり泣く音だけが響いている。
うちの母親は冬白川母を睨みながら、そんな冬白川の体をギュッと抱きしめてあげていた。
冬白川の父親が、ポンと自分の奥さんの肩に手を置く。
「お前の負けだ、優子。琴乃には琴乃の人生がある。お前の意見を押し付けないで、話を聞いてあげよう」
冬白川の母親は、悔しそうに母親を睨む。
まだ何か言うつもりなのか。
だったらかあちゃんも全力で立ち向かうだけだ。
冬白川を守るために。
だから、言ってやってくれ。
力の限り。
「琴乃はこんなガラの悪い女の息子に垂らし込まれているのよ? あなたはそれを何とも思わないの? この子がこの男に手を出されたなんて考えると……」
「心配しなくても琴ちゃんは綺麗なままだ! うちの息子にそんな根性ねえよ! 隣でいい女が寝てても手を出せない! 息子のへたれ具合をなめんじゃねえ!!」
「そんなこと力の限り叫ばないで!」
なんで息子のへたれ具合を大声で暴露するんだよ。
違うだろ。
俺の恥ずかしい事実のことはいいんだよ。
冬白川の代わりに怒ってあげて。
「……琴乃は、どうしたいんだ?」
冬白川の父親は優しい声でそう訊く。
「私……いまだに自分が何をしたいのかは分からない」
「ほら見なさい。あなたはいつも――」
「でも! でも……勇児くんと結婚したい……彼のお嫁さんになりたい。この家族と、ずっと一緒に暮らしていきたい」
大粒の涙を零しながら、冬白川は父親に訴えかける。
真っ直ぐな瞳で。
真っ直ぐな言葉で。
「…………」
それが冬白川の家族にどう伝わったのかは分からないが、その後両親は何も言わないままで、ただ静かに時間が過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「琴乃はまだ君の家にお世話になったほうがいいかも知れないね」
「そう……なんでしょうかね」
マンションの下に降り、姉の方の冬白川とお父さんと3人で話をしていた。
彼女らの母親は、停めてある車の助手席に乗っている。
「家内と琴乃のことをしっかり話をするよ。あの子が幸せになれるようにね」
「はい」
「じゃあ、琴乃のことをよろしく頼むよ。紳士な君が相手なら、あの子の心配をする必要はないみたいだしね」
俺のへたれ具合が信頼されているようだった。
カッコ悪いにも程がある。
かあちゃんめ、覚えてろよ……
冬白川の父は、車に乗りパタンと扉を閉める。
俺は冬白川琴菜と二人きりになり、何を言うでもなくただ向かい合っていた。
すると彼女は静かに口を開き始める。
「琴乃、本気なんだ」
「みたいだな」
そう。
冬白川は本気なのだ。
だから俺もしっかりしないと。
本気で彼女と向き合っていかないと。
もう中途半端な気持ちのまま、あいまいにしておくわけにはいかない。
「琴乃の気持ちはよくわかったけど……私だって本気だから」
「ん? どういうこと?」
冬白川は急に真剣な表情になる。
「秋山くん、琴乃が私だと思ってお嫁さんにするって決めたんでしょ? 私だと思ったから、結婚してもいいって考えたんだよね?」
「あ、ああ。そうだけど……」
そうなんだけど、面と向かって聞かれると恥ずかしい。
そして彼女は意を決したように、頷いてこう言った。
「だったら……私と付き合って下さい」
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