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「そういえば」
帰り道、私は楽しみにしていた下鴨神社近くの黒みつ団子を買いながら、疑問に思っていたことを柘植さんに尋ねた。ちなみに平日だというのに黒みつ団子のお店には行列ができていた。さすが!
渋々行列に並んでいた柘植さんはなんだと言わんばかりにこちらを向いた。私は財布から取り出したお金を店員さんに渡しながら口を開く。
「あのサイトに書いてあったバスチャンさんの話、どうして私に読ませたんですか? あのまま柘植さんが言ったってよかったのに」
「バカか」
「なっ」
柘植さんのあまりに失礼な返答に、受け取ろうとしたおつりを落としそうになる。慌てて財布にしまうと、黒みつ団子を受け取って店員さんに頭を下げると列を抜け出た。
バス停に向かって歩きながらさっそくパックを明けると串を手に取る。柔らかい団子の上に黒みつがかけられ、さらにふんだんにきなこがかかったそれは思わず口の中に唾液が溜まるほどだ。
柘植さんの話の続きも気になるけれど、それよりもこの団子を口に入れたい。はやる気持ちを抑えきれず、パクリと食いついた。
「んーー! 何これ! 何これ!! すっごく美味しい!! きなこのお団子ってクドくなることも多いのに、上品な味でいくらでも食べられちゃいそう! 最初はこんなに入って亡くてもいいのにって思ったけど、でも10本入りっていうのも納得の美味しさ!」
「お前、聞いといて人の話を聞く気ないだろ」
「そんなことないですけど、今はこっちの方が大事です! ほら、柘植さんも一つ食べてみてくださいよ」
「いらん」
「そう言わず! はい、どうぞ」
押しつけるように一本手渡すと、諦めたように柘植さんはそれを手に取り口に入れた。
「……へえ」
美味しいとも美味いとも言わなかったけれど、真っ白だった感情にオレンジ色が混じっているのが見えてにんまりと笑う。言葉や表情を隠すことはできても、感情を隠すことはできないんだから。
「何を笑ってんだ」
「なんでもないですー。で、さっきの続きですけど、私に読ませた理由ってなんだったんですか? あとバカってどういうことですか」
「お前って……」
最後の一本をペロリと食べ終え、先程の話に戻る。でもそんな私に柘植さんは呆れたような視線を向けた。
「別にたいした理由があるわけじゃない。あれはお前が探したから見つかったことだ。俺だけなら調べてやろうとまで思わなかった。だからあの人形のことを想って調べて見つけたお前が伝えるべきだと思ったんだ。バカって言ったのはお前がバカっぽい顔をしてたから。以上」
「そういうことだったんですね」
色々と考えてくれていたんだと嬉しくなる。バカっぽい顔は余計だけれども。
「あっちでロアンはバスチャンさんと会えてますかね」
「知らねえ」
「えええ、そんな!」
あまりに冷めた返事にショックを受ける。だって送魂なんてのを生業としているわけだし、そこはあの世で会えたよとか言ってほしいわけで。そんな私の不満を感じ取ったのか、柘植さんはため息を吐いた。
「あのな、俺たちの仕事は物に宿った魂をそこから剥がしてあの世に送るところまでだ。そこから先がどうなってるのかなんてしらん。第一、俺はまだ死んでないんだ。どうやってあの世の様子を知れっていうんだ。だいたいお前は俺になんて言ってもらえば満足する? きっとあの世で幸せに過ごしてるよ、なんて言葉は結局お前自身を満足させるだけの言葉に過ぎないんだ」
「それは、そうですけど」
言わんとしていることはわかる。わかるんだけれどそれでもなんとなく腑に落ちない。だって、消えていく魂の幸せを祈ることの何がいけないのだろう。この世で再会できなかった二人があの世で再会して喜ぶ姿を想像して何がいけないのか。
……ああ、でもたしかに柘植さんの言うとおり、それは全て私の自己満足に過ぎないのかもしれない。私がそうなってほしい、そうであってほしいという想いを押しつけているだけなのかも。それはただのエゴだ。
自分自身の考えが恥ずかしくて思わず俯いてしまう。
そんな私の頭上から柘植さんの声が聞こえて顔を上げた。
「まあ、でも」
ポツリと呟くと、柘植さんはタイミングよく来たバスに乗り込む。私は慌ててそのあとを追いかけてつり革を持って立つ柘植さんの隣に並んだ。
「もうこの世に何の未練もない、そんな顔をして逝けたからいいんじゃねえか」
「……そう、ですね」
あの世があるなんて私にもわからないけれど、わからないこそ幸せでいてくれるように願いたい。それは残された者のエゴかもしれない。でも、それでも幸せを願わずにいられない。
「んじゃ、帰ったら詩が終わらせた送魂分のお焚き上げするぞ。お前にも色々覚えてもらうから覚悟しとけよ」
「はい!」
柘植さんの言葉に勢いよく頷く。前の仕事が向いてなかったとかこの仕事が向いているとかそんなことはまだわからないけれど、とにかく今はひたむきに頑張ってみよう。
バスの窓の向こうに見えた青空は、まるでロアンの笑顔のように澄み渡っていた。