表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都東山 送魂屋『無幻堂』 ~大切な人形の最期をお手伝いします~  作者: 望月くらげ
第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形
8/23

2-5

 柘植さんとロアンはこのあとのお焚き上げの段取りを話していて私の行動に気づくことはなかった。

 検索窓に『フランス 人形 歴史』と入れてみる。かなり昔から作られているようだ。こちらではフランス人形と呼ばれることが多いけれどフランスでは『プペ・アン・ビスキュイ』と呼ばれているそうだ。

 もしかしたらバスチャンさんについても何か出てくるかも、と思い検索してみたけれどバスチャンという名前はわりとフランスではポピュラーなようでたくさんの検索結果が出てくる。この中から見つけるのは難しそうだ。

 名前といえば、ロアンという名前はとても可愛い名前だ。今まで聞いたことのあったフランスの女の子の名前であるエマやルイーズ、クロエとは少し違った雰囲気の名前だけれどどういう意味があるのだろう。

 『ロアン フランス語 名前』と入力してみると――ロアンという名前は特定の地域でつけられることが多いと書かれていた。


「ブルターニュ地方?」


 検索して見ると、そこは大西洋に面したフランス北西部だった。そういえば、ロアンは言っていた。海の見える家でバスチャンさんと過ごしていたと。

 もしかして……。

 私ははやる気持ちを抑えて検索窓に『バスチャン フランス人形 ブルターニュ地方』と入力してみる。すると……。


「違う……」


 検索結果のページを見て私は肩を落とした。そんな私に柘植さんは眉をひそめた。

 

「おい、お前さっきから何をやってんだ」


 仕方なく私はスマートフォンから顔を上げると、その画面を柘植さんに見せた。

 

「ブルターニュ地方でフランス人形を作ってた人の手がかりがないかと思ったんですけど、バスチャンという人は検索結果に出てきたんですがフランス人形じゃなくてプペ・アン・ビスキュイっていうのを作ってたらしいです。フランス人形だったらバッチリだったのに」

「……プペ・アン・ビスキュイっていうのは向こうで言う西洋人形――つまりフランス人形のことだ」

「え? それはつまり……」


 柘植さんの言葉をそのまま取ると、あのページに書かれていたことはロアンの言うバスチャンさんということになる。そういうことなのか、と尋ねたくて柘植さんの方を見るけれど、柘植さんの視線は私のスマートフォンに向けられ、画面に書かれた内容を読み取っているようだった。


「あの……」

「ここに書かれている内容をもう一度ちゃんと読め。そしてあの人形に伝えてやれ」


 スマートフォンを指さす柘植さんに、そのまま自分で読めばいいのでは、と思わなくもなかったけれど、言われるがまま画面に目を落とした。そこに書かれていたのは――。


「曾祖父の人形を探しています。1900年頃、曾祖父であるバスチャン=ベシルが作った思い出の人形です。彼はとうとうそれを見つけることなく亡くなってしまいました。ですが、ずっと彼はその人形――ロアンと再会することを願っていたのです」

「おじい、さま……」


 ページにはまだ文章が続いていた。けれど、もうロアンの耳に私の言葉は届いていないようだった。

 そしてロアンはひとしきり泣いたあと、私たちを見上げた。


「ありがとう。これで思い残すことなく、逝けるわ」


 そう言うとロアンの身体が光り出す。

 光の向こうに見えたのは薄汚れて崩れそうなフランス人形ではなく、嬉しそうな笑みを浮かべ幸せに満ちた本来のロアンの姿だった。


「あっ」

 

 ロアンの魂が抜けた瞬間――フランス人形は崩れ落ちた。そこにあったのはまるで今まで普通にそこにあったのが不思議なぐらいにボロボロになったフランス人形だった。その姿に、思わず私は柘植さんを見上げた。


「あの、これどうするんですか? ロアンのことを探してるって書いてますけど」

「知らん。俺が受けた依頼はこいつの魂を送ることだ」

「そ、それはそうですけど」


 なんとなく納得できずにいる私を余所に、柘植さんは魂の抜けたロアン――フランス人形を持ち上げた。

 そして私に持たせていたリュックサックを取ると部屋を出て行く。おそらく、依頼主に報告に行くのだろう。

 私はスマートフォンの画面と柘植さんの後ろ姿を見比べて、一瞬の迷いのあとその画面を消した。

 ごめんなさい! バスチャンさんの子孫の方! でも、これもお仕事なんです! 許して!

 そう心の中で念じて。


 一階に下りると、柘植さんは依頼主の女性と何かを話したあと庭へと出た。その背中を追いかける。


「何をしてるんですか?」

「お焚き上げだ。普段は店の庭でするんだが、今日はもうここで終わらせてしまう。その方が依頼主も安心だろうからな」


 たしかに、一度帰ってきた姿を見ていると今度は大丈夫と言われてもまた戻ってきたらどうしようと不安になってしまいそうだ。それでさっき依頼主の女性と何かを話していたのか。

 でもお焚き上げっていったい何をするんだろう?


「あの」

「お焚き上げというのは人形や位牌なんかの魂が入っているものから魂抜きをしたあとに燃やして供養するんだ」


 説明しながらリュックサックから取り出した小さな木を漢字の「井」の字を作るように積み上げていく。その真ん中にロアンの魂が入っていたフランス人形を入れた。

 そして立ち上がり、両手を合わせ読経を始める。

 お葬式や法要でよく聞いた読経。眠くて早く終わってほしくて仕方のなかったそれが、こんなにも胸に染みたのは初めてだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ