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京都東山 送魂屋『無幻堂』 ~大切な人形の最期をお手伝いします~  作者: 望月くらげ
第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形
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2-4

「当たり前じゃない!」


 棘のようにぶつけられる感情に怯みそうになる。でも、ここで逃げていては今までとなんにも変わらない。


「そっか。ちなみにどこにいたかわかる?」

「フランスに決まってるでしょ!」

「フランス!?」


 や、たしかにどう見てもロアンはフランス人形なんだけど。でも、そっか。だから海が見える家って言ってたんだ。

 でもフランスで作ってくれたバスチャンさんと暮らしていたはずのロアンがどうして日本の、それも京都に?

 不思議に思っていると呆れたような口調でロアンは言う。


「あなた今、どうしてフランスにいたはずの私がこんなところにいるのって思ってるでしょ」

「ど、どうして」

「顔に書いてあるわよ」


 まさか人形に宿った魂にまで考えていることを当てられてしまうなんて。そんなにわかりやすいのだろうか。

 落ち込む私を余所にロアンは話を続けた。


「私はね、ここでおじいさまが迎えに来てくれるのを待ってるの。フランスから私のことを連れ去った男の手からおじいさまが取り戻しにきてくれるのをずっとずっと待ってるの」

「連れ去った?」

「そうよ! おじいさまのお店に押し入って、それで!」


 当時を思い出したのか、ロアンの感情が高ぶっていくのがわかる。

 悲しみが、悔しさが膨れ上がっていく。


「必ず取り戻しに行くから」って、おじいさまはそう言ったんだから! だから私はここでおじいさまを待っているの! どれだけ時間が経ったとしても必ずおじいさまは迎えに来てくれるわ! だって約束したんだから!」

「っ……」


 感情の波が溢れ混んでくる。怒り、憎しみ、そして悲しみ。

 高飛車な物言いとは裏腹に、心の奥底から湧き出る悲しみに胸が痛くなる。


「なん、であなたが泣いてるのよ」

「え?」


 ロアンに言われ、頬に触れて初めて私は自分が涙を流していることに気づいた。

 なんでって、それは。


「ロアンの気持ちが伝わってきて、それで……」

「私の?」

「うん。……ロアンはおじいさんのことが大好きだったんだね。おじいさんとずっとずっと一緒にいたいと思っていたのに引き離されたことが悲しくて辛くて、寂しいんだよね。でもどうやったらおじいさんのところに帰れるかわからないから、唯一のつながりを求めてここに戻ってきた。本当はここじゃなくて、おじいさんの元に帰りたいんだよね」


 私の言葉に、ロアンの感情が乱れるのがわかった。そして、真っ黒だった憎しみの感情が小さくなり、真っ青な悲しみの感情で支配されていく。

 

「っ……そうよ! 私はおじいさまの人形なのよ! おじいさまが大事に大事に作ってくれた人形なの。ずっと、ずっとおじいさまのそばにいたかった。異国になんて来たくなかった!!」


 ロアンは涙を流す。かつて自分を愛してくれたおじいさんを想って。

 私はそんなロアンがあまりにも可哀想で、気づけば一歩また一歩とロアンの元に近づいていた。今度はもう拒絶されることはないことはわかっていた。


「おい、明日菜。何を」

「大丈夫です」


 柘植さんが心配そうに私の名前を呼ぶけど、小さく微笑んで私はロアンの前に立った。丁寧に作られたフランス人形。少し古ぼけてしまっているけれど、おじいさんの元にいたときはどれほど綺麗だったか。

 それをそっと手に取ると、私はギュッと抱きしめた。


「辛かったよね。悲しかったよね。大好きなおじいさんに会いたいよね」

「っ……うっ……うわああああああ!!」


 ロアンは泣き叫ぶ。今までの想いを全て吐き出すように。

 私は彼女の感情が落ち着くまで、ただひたすらに抱きしめ続けた。


「落ち着いた?」

「ええ。……私ったら取り乱しちゃったわ」


 涙を拭うと、ロアンはすまし顔で言う。まだ感情には悲しみが漂っているけれど、随分と落ち着いているようだった。

 隣で柘植さんは呆れているのか、それとも怒っているのか無言のまま腕を組んで立ち尽くしている。

 どうしようか、そう悩んでいるとロアンが話し始める。


「私を作ってくれたおじいさまはね、小さなお店をやっていたのよ。私たちのようなお人形も時代の波にのまれて大量生産が主流になってきていたけれど、それでもおじいさまは一体一体想いを込めて丁寧に作ってくれていたの。でも、その分値段は高価になるし、子ども達が持つには高すぎる。かといって、貴族のようなお金持ちが買うのはもっと名の知れた作り手のものだけ。おのずとおじいさまのお店は衰退していったわ」


 淡々とした口調で話しているけれど、当時を想像すると胸が苦しくなる。手間暇をかけた物が全て評価されるかというとそうではないことを私は知っている。たとえどれだけ丁寧に対応をしたとしても、結果としてお金を生み出さなければそれは仕事にならない。私がやってきたことも、誰かにとっては不必要な物にお金をかけずに済んだかもしれないけれど、会社にとってみたら給料だけもらって成果を出せなかったということに他ならないのかもしれない。


「お金にならない仕事は、やっぱりダメだよね」


 思わずそう呟いてしまった私は、慌てて両手で口を押さえた。そんなのは社会人として当たり前のことなのに。恥ずかしい……。

 でも、そんな私に――後ろから声が聞こえた。


「そうだとは限らないだろ」

「え?」


 柘植さんの言葉に振り返ると、相変わらず無表情で、でもジッと私たちを見つめる柘植さんの姿があった。


「どういう……?」

「たしかに仕事の報酬として給料を貰う以上は会社に対して利益をもたらす必要がある。それを求められている。そうだろ?」

「はい」

「けど、それだけじゃないものもあると俺は思う。あっていいんだと思う。例えば、お前が仕事中に対応した客。そのときは必要なかったから断ったかもしれない。でも、いつか何かの機会に必要になったとき、そういえば誠実に対応してくれた人がいたなってきっと思い出す。そのときにお前を指名してかけてくるかもしれない」


 柘植さんの言葉が、私の胸に突き刺さる。

 そんなのたらればだ、と切り捨てることは簡単だ。でも、もしかしたらと思うだけで今まで感じていた苦しさが少しだけ楽になる気がする。

 そういえば、お客さんから柘植さんに言われたのと似たようなことを言われたことがある。

「いつかここの商品を買うときはあなたから買いたいわ」

 と。

 そのときは喜んでいたけれど、クビを言い渡されてからはあれもきっと社交辞令でしかなかったのだろうと、それどころか早く電話を切りたいから私をいい気分にさせて終わらせようとしたのかも、と疑心暗鬼にすらなっていた。

 けれど柘植さんの飾り気のない言葉は、そんな私の胸の奥に突き刺さっていた小さな棘すらも溶かしてしまう。


「お前のじいさんだってな」

「おじいさまよ!」

「……バスチャン氏だって全く売れないものをずっと作り続けたわけじゃねえだろう。そりゃあたしかに売れる数は少なかったかもしれない。かかる費用よりも利益の方が少なかったのかもしれない。それでも、バスチャン氏の作る人形を楽しみにしてくれている人が一人でもいる限り作り続けたかったんだろ。カッコいいじゃねえか」

「おじいさま……」


 ロアンは 静かに涙を流す。その涙はもう悲しみや苦しさに支配されているわけではなく、バスチャンさんを慈しんでいるようなそんな涙だった。

 しばらく泣き続け、顔を上げたときにはスッキリとした顔を浮かべていた。


「ありがとう。本当はもうおじいさまがこの世にいないってわかってたの。長い長い時間が流れたわ。私をこの家に連れてきた男もとっくに死んだ。ああ、つい最近死んだ男とは別よ。あの男が生まれる前から私はこの家にいるんだから」


 私が疑問を口に出すよりも早くロアンは言った。

 そっか、そんなに前からここにいるんだ。いったいいつ頃からいるんだろう。

 ふと気になった私はポケットからスマートフォンを取り出すと検索をした。

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