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京都東山 送魂屋『無幻堂』 ~大切な人形の最期をお手伝いします~  作者: 望月くらげ
第一章:再就職先はわけあり古民家謎の店
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1-3

「え……ええっ!?」


 慌てて立ち上がった私の目に映ったのは、さっきまで純太君が座っていた場所に転がっている小さな犬のぬいぐるみ一匹で……。


「どういう、こと……?」

「なんだ、やっぱり気づいてなかったのか」

「え?」


 理解が追いつかない私を尻目に、いつの間にか目の前に立っていたあの着物姿の男性が片手で犬のぬいぐるみを掴んだ。

 

「あんたがさっきから喋ってた子ども、これだよ」

「これって……ぬいぐるみですよね? 何言ってるんですか、純太君は人間ですよ」

「あーめんどくせえな。だから、それはあんたにそう見えてただけで、本当はこいつなんだよ。つーか、そんなこともわかんねえやつがどうしてあの姿が見えてんだよ」

「な、何を言ってるのか全くわかんないんですけど!?」


 目の前のこの人はいったい何を言ってるんだろう。あれか? あれですか? イケメンすぎて常人の私には理解できないとかそういうことですか? だってどう見てもこの人が持っているのは犬のぬいぐるみで先ほどまでの純太君の姿とは似ても似つかない。こんなの子どもだって信じない。

 

「大事にされてきた人形には魂が宿るって聞いたことねえか?」

「あります、けど……」


 付喪神、というのだろうか。長年大切にされてきた物に魂が宿るという話は聞いたことがある。有名なところでは傘に魂が宿った唐傘お化けなんかがある。


「純太はきっと”みよちゃん”に大事に大事にされてきたんだろうな。長い年月ずっとみよちゃんと一緒にいて次第に純太の中に魂が宿るようになった。話しかけてくれるみよちゃんに返事をして、まるで自分も人間のように勘違いし始めたのかもしれない」

「そんな……」


 普段なら、背中がゾクッとする類いの話を聞いているはずなのに、先ほどまでの純太君のことを思い出すと胸の奥が痛くなる。だって純太君は言ってた。『最近みよちゃんが遊んでくれないんだ』って。大きくになるにつれ子どもの頃に遊んでいた人形やおもちゃと遊ばなくなるのはよくあることだ。……私たちにとってはよくあること。でも、純太君にとってはそうじゃない。ずっと一緒にいたみよちゃんに棄てられたようなそんな気持ちになったのかもしれない。


「悲しいですね。純太君はずっと一緒にいたかっただけなのに」

「想いが強くなりすぎるとそうも言ってらんねえけどな」

「どういうことですか?」


 そういえば純太君は、この人形はどうしてここにあるのだろう? みよちゃんのお人形のはずなのに。そもそもこの人は誰でいったいここは何屋さんなのだろう。今更な疑問が頭を過る。


「……あれは、悪霊になる寸前だった。いや、もう半分堕ちかけてた」

「悪霊? でも、純太君はあんなに可愛くて……」

「みよちゃんへの想いが大きくなりすぎて持ち主から棄てられても何度も何度も家に帰ってきてたんだ」

「え?」


 その言葉に、背中に冷や水をかけられたようなそんな感覚が走った。


「人にあげても燃えるゴミに出しても違う街のゴミ箱に棄てても、何度も何度もだ。みよちゃんに会いたい一心、といえば聞こえはいいが、執着して粘着して、持ち主が怖がろうが気味悪がろうが何度も何度も戻っていったんだ」

「それ、は」


 ちょっと、いやかなり怖いかもしれない。


「最終的に魂抜きに出されて、俺のところにやってきたってわけだ」

「あの、今更なんですがここって何屋さんなんですか? それに魂抜きって?」


 私の疑問に、目の前の男性は呆れたような表情を浮かべて、それからため息をついた。

 

「ここは送魂屋。人形や物に残る魂をあの世に送るための場所だ」

「そうこん屋」

「魂を送ると書いて送魂」


 いまいち漢字のイメージがつかめなかった私に、目の前の男性は苦虫をかみつぶしたような表情で説明してくれる。送魂。送魂屋。読んで字のごとく魂を送る仕事ということらしい。普段ならそんなことを言われても信じられなかったし、あの世なんてあるわけないじゃないですか。人間は死んだら燃やされて骨になってお墓に入るんですよって笑い飛ばしてしまったかもしれない。でも、先程の純太君が消える姿を見たあとではそんな軽口はたたけなかった。


「じゃあ、純太君はあの世に行ったんですか?」

「ああ。向こうでみよちゃんに会えただろうよ」


 そっか、みよちゃんはもう亡くなってたんだ。

 大好きなみよちゃんが死んでしまったことも知らず、ずっと待ち続けた純太君の気持ちを思うと胸が痛くなる。向こうでみよちゃんに再会できてまた一緒に遊べているといいな。


「と、いうことでだ。お前、ここで働く気はあるか?」

「あります!」

「仕事内容を聞かずに返事をするってどれだけ困ってるんだ」

「え、聞きます? 聞きたいです? 話せば長くなりますしあまりいい気分にはならないと思いますが」

「やめとくわ」


 ちょっと聞いてほしい気持ちもあったのに、私の言葉を即切り捨てると、目の前の男性は純太君の人形を差し出した。


「んじゃ、最初の仕事だ。これを廊下の一番奥の部屋に突っ込んでおけ」

「わかりました。あ、そうだ。あなたの名前教えてください」

「お前、名前も知らないやつの家に入るってどんな神経してるんだ」

「だ、だってあのときは仕事がもらえると思って焦ってて」

「変な仕事を押しつけるやつもいるから気をつけた方がいいぞ。まあ、うちの仕事が変じゃないかと言われたらなんとも言えないがな」


 くっと喉を震わせて笑うと、その人は私の方を向き直った。


「俺は柘植つげ悠真ゆうしん。この店の店主だ」

「私は――」

「明日菜、だろ」

「どうして」


 名前を言い当てられてドキッとする。どうして私の名前を知っているんだろう。まさか、人形の魂が見えるだけじゃなくて人の心も読めるのだろうか? だとしたら、今こんなふうに思っていることもバレているということで。なんならあまりのかっこよさに言葉を失ったことすらバレて――。

 

「お前の名前はさっき純太に言ってるのを聞いたからな」

「なんだぁ」

「だから霊が見えるから心も読めるんじゃあ、とか余計な心配はしなくていい」

「ど、どうして考えてることがわかったんですか!?」

「心を読めなくても、それだけ顔に出てたらわかるわ」


 呆れたように言われ、慌てて両手で頬を覆う。そんなにわかりやすかっただろうか。そりゃ大学の頃から感情が顔に出るとか何を考えてるかバレバレだとか言われてきたけど、長い間一緒にいたらわかることもあるし口に出さなくても伝わることもあるからそういうことだと思ってたのに、こんな初対面の人にまで言われるなんて。

 これからなるべく顔に出さないようにしよう、どうしたらいいかわからないけどとにかく無表情でいれば……。


「無表情でいたってわかるぞ」

「だからどうして心を読むんですか!」

「読んでないって言ってるだろ」

「うるさいわねぇ」


 柘植さんの言葉に、文句を言う私をどこからか聞こえた男性の声が咎めた。男性、なのだろうか。低い男の人の声に聞こえたけれど、口調はどこか女性のようで……。

 トコトコと廊下を歩くような音が聞こえるところを見ると、部屋の外にいる誰かはこの部屋に向かって歩いてきているようだった。

 入ってきたときは気づかなかったけれどこのお店にはもう一人店員がいるのだろうか? そんなことを考えていると、襖がパシッと開いた。


「あんたたち騒ぎすぎよ。眠れないじゃない」

「……え?」


 襖は開いた。誰かの声はする。でも、そこには誰もいなかった。

 もしかして、また霊……?


「あ、な、え、」

「何変な声出してんだ」

「そうよぉ。と、いうかあなただあれ?」

「つ、柘植さん。この声、聞こえてますよね? 私にだけ聞こえてるわけじゃないですよね?」

「何言ってんだ」


 眉間に皺を寄せる柘植さんに思わずすがりつく。


「だ、だって声はするけど人の姿は見えなくて。だ、だからこれってもしかしてまた霊とかそういう」

「ああ、そういうことか。お前、視線を落とせ。足下を見ろ。足下を」

「足下? 足下って、え?」


 言われた通り視線を落とす。するとそこには、真っ白の毛並みの猫がいた。


「ね、こ?」

「失礼しちゃう。あたしにはウタっていう名前があるのよお」

「詩、さん」

「そう」


 ふふんとでも笑っているかのように柘植さんの足に尻尾を絡ませながら詩さんは言う。もう何が何だかわからなかった。でも、人形に魂が宿るぐらいだもん。喋る猫がいたって不思議じゃない、のかもしれない。多分。


「邪魔だ、絡みつくな」

「酷いわね。で、この子なに? あんたの彼女?」

「猫鍋にされたいのか」

「動画撮るならお金取るわよ」

「新しい従業員だ」

「へえ」


 柘植さんの言葉に、詩さんはニヤッと笑った、気がした。


「あたしがいるのにこんなちんちくりんを雇うの?」

「背に腹は代えられねえ」

「ふうん? 仕方ないわね。ちょっと小娘」


 とことこと尻尾を揺らしながら詩さんは私の前に歩いてくると、前足を私に差し出した。差し出したというよりは雰囲気的にはきっとバンッとかそういう効果音がついてそうな感じがする。けれど、見た目は可愛い白い猫なのでそんな迫力はない。

 と、いうか今聞き捨てならないことを言われた気がする。


「なっ、小娘って私のことですか? 私には明日菜っていう名前が!」

「明日菜、ね。たいそうな名前だこと。いい、明日菜。ここではあたしが先輩なんだから。あたしの言うことをちゃんと聞きなさい」

「はい!」

「いい子ね」


 猫にいい子と言われることに違和感を覚えるけれど、そこは染みついた社畜魂。年下の先輩だっていたんだから猫の先輩がいたっていいじゃない。

 でもそんな私たちの会話を、柘植さんは頭が痛そうに見ていた。


「どうかしたんですか?」

「お前、環境の変化に溶け込みやすいって言われたことは?」

「どうしてわかるんですか? 基本バイト始めたときは三日目ぐらいで『前からここで働いたてたっけ?』と、言われます」


 おかげで新しいところで働くのに苦はない。ただ仲がよくなりすぎるとそれはそれでもめ事が起きることもあって。思い出すと頭が痛いことは一つや二つではない。

 でも、ここではそんなことは起きないだろう。だって一緒に働くのは店主である柘植さんと猫の詩さんだけだ。同い年の子がいなければ平和だと思う。多分。

 まあ、そんな私の憂鬱さは置いておいて。私の返答に柘植さんは納得したような、何か思うところがあるような顔で頷いた。


「ああ、うん。そうか……。つまりコミュニケーションお化けなんだな」

「え?」

「いや、なんでもない。とりあえず三ヶ月試用期間。その後、問題なければ社員に格上げ。それでどうだ」

「はい! 問題ないです! よろしくお願いします!」


 頭を下げながら私は心の中でガッツポーズを取る。仕事はクビになったけれど、空白期間なく次の仕事を見つけられることができた。これで当面は安心だ。もしもここをクビになったとしても解雇予告手当が出るからなんとかなる。クビにならなければそのお金は貯金に回せばいいし。

 幸先がいい、と言うと語弊があるかもしれないけれど捨てる神あれば拾う神あり。なんとかなりそうなこれからにホッとして、これから始まる新しい仕事に期待とそれから少しだけ不安を覚えながらも、新しい一歩が踏み出せたことに安堵のため息を吐いた。

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