5-2
私たちはお焚き上げの準備をすると、マリオの身体を燃やす。読経は律真さんがしてくれた。柘植さんのとは違う読経に、どこか落ち着かない。でも、低くて優しい声で紡がれる読経はきっとマリオをあの世まできちんと連れて行ってくれるだろう。
「ありがとうな」
読経のあと、律真さんはポツリと呟いた。その言葉に、私は慌てて首を振る。
「わ、私は何も。たいしたことはしてないです。マリオと話をしただけで。それよりも律真さんもやっぱりお坊さんなんですね。読経、ビックリしました」
「まあ、小さい頃から何遍も聞かされて来たからな。寺に子なら当たり前や」
そういうものなのだろうか。
お寺の子ではない私にはピンと来ないけれど、律真さんがそういうのであればそうなのだろう。
私たちは火の消えかけた燃えかすをジッと見つめる。そして完全に火が消えたとき、律真さんは口を開いた。
「悠真のこと、怒らんといてやってな」
「怒るだなんて。私が未熟なせいで責任を感じさせてしまって申し訳ないぐらいです」
「責任、か。……なあ、明日菜ちゃんは知っとるか? 悠真の腹にある傷のこと」
「知ってます。……と、いってもそれができた理由なんかは知らないですけど」
「そっか」
律真さんは庭に面した縁側に座る。そして私に手招きをした。
どうしようか悩んでいると、律真さんの隣に詩さんが座るのが見えた。
「って、俺がおいで言うたときは来んかったのに詩が来たら来るって酷ない?」
「まあ、人徳よね」
「猫のくせに」
「なあに? 引っかかれたいの?」
律真さんは爪を出す詩さんから慌てて距離を取る。そんな二人の姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。まるで気の置けない友人のように話す二人の関係についてもいつの日か聞ける日が来るのだろうか。そんなことを考えているとふっと寂しげな色が律真さんを覆った。
「悠真の腹の傷なぁ、あれはあいつにとって戒めなんや」
「戒め……?」
「明日菜ちゃんは悠真が子どもの頃からこの世のモノとは違うモノが見えたこと知っとる?」
「はい、柘植さんに聞きました」
「そうか。そのせいでな、いじめられることもあれば変なモノに付き纏われることもあった。俺も見えるけど、あいつほど力が強くないからそこまで何があったわけやない。でも、あいつは俺よりもずっと大変な目にあってたんや」
もしかして、と思う。柘植さんと同じようにこの世のモノではないモノが見えているはずの律真さんが、どうして自分で送魂をせずに柘植さんに送りつけてまでしてもらっているのか疑問に思ったことがあった。でもそれは、しないんじゃなくてできないのかもしれない。そのための、力が足りないから。
でも、それじゃあどうして私は送魂することができるんだろう。
新しい疑問が私の中で湧き出た。でも、今はそれよりも柘植さんの話だ。
「そんな中、悠真がこの世のモノやないモノに襲われたことがあってな。腹の傷はそのときできたものや。で、そんな悠真を庇って従姉妹が死んでしもたんや」
「そんな……!」
「悠真はそのときのことをずっと後悔しとる。きっと今、明日菜ちゃんに送魂させへんのも、そのときのことを思い出してしもてるんやろな」
「でも、私はその人じゃないのに!」
「そんだけあいつにとって明日菜ちゃんが大切ってことや。嬉しいやろ?」
そうなのだろうか。それは私にとって喜ぶべきことなのだろうか。ううん、違う。そんなの。
「私は嫌です」
「明日菜ちゃん?」
「私は柘植さんの思い出の贖罪のためにここにいるんじゃありません。どうしてそんなことで私が喜ばなきゃいけないんですか。私は、柘植さんと一緒に人形達に宿った魂があの世に逝くお手伝いがしたいんです。守られたいわけじゃない、一緒に肩を並べたいんです!」
自分でもどうしてこんなに熱くなっているのかわからない。でも、それでも律真さんの言葉は受け入れられなかった。
薄らと浮かんだ涙を拭う。そんな私に何故か優しく微笑んだ後、律真さんは顔を上げた。
「だって、よ」
「え……?」
そこにはいつの間に帰ってきたのか、柘植さんの姿があった。
もしかして今の、聞かれた……?
でも、どうして柘植さんがいるの? だって、戻ってくるのは午後だって言ってたのに。
そんな私の疑問に、何でもないように律真さんが答えた。
「俺が連絡したんや」
「律真さんが?」
「そう。明日菜ちゃんに送魂してもらうわーって書いてな。いや、でもまさかこないに早く帰ってくると思わんかったけどな」
ケラケラとおかしそうに笑う律真さんに、柘植さんは忌々しそうに視線を向けた。
私は律真さんの言葉を聞いて、マジマジと柘植さんの姿を見る。たしかに、走って帰ってきたのか少し着物が乱れている。首筋がはだけ、足下も乱れているのがわかる。私を心配して急いで帰ってきてくれたのだろうか。
「あ、あの。仕事は?」
「終わらせてきたに決まってるだろ」
「そ、そうですよね」
ピリピリしている。触るとすっぱり切れるナイフのような柘植さんに、それ以上私は何も言えなかった。
「それで、送魂は」
「あ、えっとさっき終わりました」
「お焚き上げもしたのか。読経はどうした。律真か?」
「はい」
「そうか。……悪かったな」
ポツリと呟いた謝罪の言葉は一人でさせて悪かった、なのかここのところ送魂をさせなかったことに対する悪かったなのかはわからない。わからないけれど、もうどうでもよかった。
私は立ち尽くすように動かない柘植さんを見上げると、へへっと笑った。
そんな私に柘植さんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「次の仕事は、ちゃんと私も連れて行ってくださいね」
「……足手まといにならないならな」
「はい!」
勢いよく返事をした私に、柘植さんはふっと優しい笑みを浮かべた。
「へえ、悠真も笑うんやなぁ」
「意外でしょう?」
そんな声が聞こえてきたと同時に、柘植さんの表情から笑みが消えた。そして。
「ああ、そうだ。土産があるんだが、お前らはいらないみたいだな」
「え、そないなこと言うてないやないか」
「そうよ、私たちだって食べるわよ」
「うるさい、寄るな」
駆け寄る詩さんと律真さんを柘植さんが迷惑そうに押しのける。そんな三人の姿があまりにもおかしくてつい笑ってしまう。
「さっさと来ないとこいつらに食べ尽くされるぞ」
「あー! それは駄目です! ちなみに何を買ってきたんですか?」
私は柘植さん達の背中を追いかけながら、ふと振り返って空を見上げた。
晴れ渡る空に登る煙は、マリオの行き先を示しているかのようだった。




