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京都東山 送魂屋『無幻堂』 ~大切な人形の最期をお手伝いします~  作者: 望月くらげ
第一章:再就職先はわけあり古民家謎の店
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1-2

「ここ、何屋さん?」

 

 看板もなければ表札もない。表に貼られた『従業員急募』という紙がなければお店だとすらわからなかったかもしれない。

 そのお店はなぜか異質な空気を纏っていた。心がザワザワして、でもなぜか目を離すことができない。いったいどうしてしまったというのだろう。

 

「うちに何か用か?」

「ひゃっ!」

 

 気が付くと私の隣には誰かが立っていた。慌ててそちらを向くと真っ黒の着物に薄墨色の羽織を着た背の高い男性が私を見下ろすように立っていた。

 それだけなら京都だし、何の違和感も感じなかったと思う。この辺には少ないけれど清水寺や八坂神社の辺りには観光客向けに着物や浴衣を着させてくれるお店はたくさんある。圧倒的に女の人が多いけれど男の人もそういうところで着替える人は少なくい。

 でも、目の前に立つ男の人は観光客の風貌とは違っていた。真っ白な髪の毛を後ろで一つに結び、訝しげに目を細めて私を見つめてる。観光客が選ばない真っ黒な着物はまるで喪服のようで、でもその姿があまりにも似合っていて恐怖よりも思わず見とれてしまう。

 そして纏う空気の静かさに心を惹かれる。冷たい、というより波紋一つない神聖な湖のような空気に心が正される。そしてなによりも――その男性のあまりの整った顔立ちに、私は言葉を失った。


「おい」

「あ、あの、その」

「ああ、もしかしてその張り紙を見たのか?」

「え?」

 

 その、という言葉の先には先ほどの『従業員急募』と書かれた張り紙があった。そういうつもりで見ていたわけじゃない。でも、仕事を探しているのは確かだ。このまま無職の期間が続けばお金もそうだし再就職も難しくなるかもしれない。

 ここが何屋さんかはわからないけれど、見た限りそんな変なお店でもないだろう。辺りの並びから考えて古書や古美術なんかを取り扱ってるお店か、それとも実は中に飲食できるスペースがある隠れ家的な古民家カフェ? そういえば今そういうカフェが流行っていると雑誌で見たような気がする。うん、きっとそれだ。カフェなら大学時代にバイトしたことがあるから私にでもできるはず。三ヶ月だけだけど。でも、大丈夫。きっとなんとかなる。たぶん。


「あ、えっと、そ、そうです!」

「ふーん? じゃあ中に入って」

 

 取り繕うように返事をした私に、その人は特に疑う様子もなく中に入るように促すと私を放って行ってしまう。慌てて追いかけた私はその建物の中に入った瞬間、温度が変わるのを感じた。外はあんなにも暑かったのに建物の中はひやりとして心地いい、を通り越して肌寒いぐらいだ。スーツを着ているからそこまでじゃないけれど半袖だったら鳥肌が立っていたかもしれない。

 着物の男性は玄関を上がってすぐの右手側にあるふすまを開けると中に入った。そのあとをついて行くと部屋にはもう一人、小さな男の子がいた。息子さん、だろうか? 和室の真ん中に置かれた机の前に薄緑色の着物を着た十歳ぐらいの男の子が、怒られでもしたのかしょんぼりとした表情を浮かべてちょこんと座っていた。

 私服に着物を着ているなんて不思議だと思いながら、もしかしてと思う。この男の子はきっとあの男性の家族かなにかなのかもしれない。

 ここは京都だし家によっては今も普段着が着物というところもあるのだろう。特にこんな風情ある古民家であれば不思議はない。そしてきっと従業員とは名ばかりで子守がほしいとかそういうことなのだろう。だとしたら小さな従兄弟たちの面倒をよく見ていたから扱いは慣れている。


「こんにちは」

「え……こ、こんにちは」


 ニッコリと笑って挨拶をした私に、その子は一瞬驚いたような表情を浮かべたあと頭を下げる。どうやら怖がっているようだけれど可愛らしい子だ。男の子は私と男性を見比べて戸惑っているようだった。


「……お前、こいつが見えるのか?」

「え?」

「……いや、なんでもない。そうだな、そういうことなら――お前にはこいつの話を聞いてやってほしい」

「この子の、ですか。つまりこれが面接、というか実地試験ってことです?」

「まあ、そんなところだ」


 ほら、やっぱり。大丈夫、ちゃんとこの子に気に入られて仕事をゲットしてみせるんだから。

 

「わかりました、任せてください!」


 机を挟んだ向かいに座ると、私はもう一度男の子に笑いかけた。


「私の名前は夏原なつはら明日菜あすなっていいます。明日菜ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」

「明日菜ちゃん……」

「そう。あなたのお名前は?」

「僕は……みよちゃんは僕のことを純太じゅんたって呼んでた」

「純太君ね、よろしく」


 みよちゃんが呼んでいた、という言い方が少し気になったけれど、そんな引っかかりはおくびにも出さない。少しでも声色を買えたらクレームに繋がることを、この二年間同僚の姿を見てよーく思い知ったのだから。

 笑顔を浮かべる私につられたのか、純太君はぎこちなく微笑む。でも、すぐにまたしょんぼりとした表情に戻ってしまう。 「どうしたの?」と、尋ねたら今にも泣いてしまいそうな顔だ。どうしたら笑顔になってくれるのだろうか。


「ね、純太君は何をして遊ぶのが好き?」

「え?」


 だから私はあえて「どうしたの?」と尋ねず、純太君の好きなことを聞くことにした。人間誰しも好きな物の話をしているときに悲しい表情を浮かべる人はいないはずだ。


「いつもは何をして遊んでるのかなって」

「んー、おままごととかお医者さんごっことか」

「そっか。さっき言ってたみよちゃんと遊んでたの?」

「うん、そうだよ!」


 みよちゃん、という名前に純太君はパッとひまわりのような笑顔を向けた。


「僕はみよちゃんと一緒にいつも遊ぶんだ。いつだってずっとずっとみよちゃんと一緒なんだ。ずーっと一緒だよってみよちゃんが言ってたからこれからもずっとずっと一緒にいるんだ」

「そっか、純太君はみよちゃんが大好きなんだね」

「うん。でも最近、みよちゃんが一緒に遊んでくれないんだ」

 純太君の表情が暗くなる。いったいどうしたんだろう。

 ああ、でも、もしかしたら。私にも覚えがある。小さい頃、仲良くしていた二つ上の近所のお兄ちゃんがいた。毎日のように一緒に遊んで駆け回ってどろんこになって、こんな日がずっと続くんだと思っていた。でも、大きくなるにつれ年下の女の子と遊ぶのが恥ずかしくなったのか、次第にお兄ちゃんは私と遊んではくれなくなった。そうこうしているうちに私にも学校で友達ができ、気づけば一緒に遊ぶことはなくなっていった。

 もしかしたらみよちゃんにも他に仲のいいお友達ができて純太君と遊ぶことがなくなっていったのかもしれない。でも私は知っている。置いて行かれた方の悲しさを。


「みよちゃんは僕のこと、嫌いになっちゃったのかな」


 今にも泣き出しそうな顔で純太君は言う。その想いに胸がギュッと締め付けられるように苦しくなる。


「そんなことないよ!」

「え?」

「そりゃ、大きくなるにつれ恥ずかしかったり照れくさかったりと異性の友達と遊べなくなることはあるけど、でもそれは心の成長であって嫌いになったわけじゃないよ。きっとみよちゃんだって今も純太君のこと大好きだと思うよ!」

「……ホントに?」

「ホントだよ! 明日菜ちゃんが断言する!」


 ホントはみよちゃんの気持ちなんて私にはわからない。もしかしたらみよちゃんの中で何かがあって純太君と一緒にいたくなくなったのかもしれない。もう遊べなくなったのかも知れない。でも、そんなことを今この場で純太君に伝える必要なんて、ない。それはきっと彼が大人になるときに自然と気づくことだと思うから。


「そっか。今でもみよちゃんが僕のことを好きだって、そう思ってくれてるってだけでここがが温かくなる」


 純太君は手のひらで自分の胸を押さえると、嬉しそうに微笑んだ。


「…… ありがと、明日菜ちゃん」


 そして――純太君は私の前から姿を消した。

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