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京都東山 送魂屋『無幻堂』 ~大切な人形の最期をお手伝いします~  作者: 望月くらげ
第三章:トロッコ列車と置いて行かれた雛人形
14/23

3-5

 そのあと、私たちは柘植寺へと行き、女雛とそして男雛の右手を一緒にお焚き上げをした。隣で般若心経を読経する柘植さんの姿をこっそりと盗み見る。その姿はどこからどう見ても。


「柘植さんって、お坊さんなんですね」

「ここを継ぐこともない、お気楽な三男坊だけどな」


 読経を終え、まだ少し残る火を見つめながら柘植さんに話しかけると、軽口を叩くように柘植さんは言う。その答えに、もう少し深く問いかけてもいいのか迷っていると、手につけた数珠を見つめながら柘植さんはポツリと呟いた。


「この仕事が嫌で家を出たはずなのに、結局は自分も同じことをしてるなんて笑えるな」

「……嫌いなんですか? お寺の仕事が」


 思わず尋ねていた。けれど、私の質問に質問で返した。

 

「寺の仕事ってどんなだと思う?」

「え、故人を弔ったり、こんなふうに人形に憑いた魂をあの世に送ったり……」

「前者はそうだが後者は違う。だいたい坊主だからってみんながみんな霊が見えたり感じたりとかそんなことあるわけないだろ。親父や一番上の兄貴はビジネスとして割り切ってやってる。見えようが見えなかろうが構わないんだ。それで依頼者の気持ちが晴れるなら読経だってお焚き上げだってする」


 思いも寄らない言葉に、私はなんと言っていいのかわからなくなり黙り込む。そりゃあ、私だってみんながみんな霊が見えたり死んでしまった人の魂が見えるなんて思ってたわけじゃない。でも、それでもお寺や神社の人はそういうものの存在を感じられるんじゃないかとどこかで夢見ていた。

 ショックを受ける私に、柘植さんは言葉を続ける。


「そんな親父達と違って俺や律真は本当に霊が見えて苦しんでいる様子や悲しんでいる様子を小さい頃から目の当たりにしてきた。律真はあんな性格だから上手くそれを利用して親父達と一緒にビジネスをしてるみたいだが、俺は駄目だった。逆に俺の力を吸い取ろうとしてくる奴ら《霊》に取り込まれそうになるぐらいだ」


 今日の柘植さんはやっぱりどこか饒舌だ。この場所がそうさせるのか、少しは私のことを信頼してくれたからか。後者だと嬉しいのだけれど。


「親に抗ったりもしたけど、結局社会に馴染むこともできないままこうやって送魂を生業としてる。情けないな」

「柘植さん」

「悪い、変な話しちまったな。もう火も消える。帰るか」

「柘植さん!」


 それっきり柘植さんは何かを言うことはなかった。

 

 

 そろそろ帰ろうか、と完全に消えた火を見ながら私たちは柘植さんのお兄さんに挨拶をしてお寺を出た。ご住職であるお父さんは今日は所用があるらしく不在だった。

 ちなみに柘植さんのお兄さんはこれまた柘植さんとは全く違うタイプの、なんというか実直、堅実、それでいてこれぞ僧侶という見た目の方だった。三人並ぶとバラエティ豊かというかこうまで兄弟でタイプが違うのかと不思議に思う。


「んじゃ、行くか」

「はい」


 行きに歩いた山道を再び二人で歩く。そんな私たちに後ろから来た車がクラクションを鳴らした。振り返るとそこには真っ白のレクサスがいて、運転席からは律真さんが手を振っていた。


「乗りーや。駅まで送るわ」

「いいんですか?」

「おう。悠真もはよ乗り」

「……こんなのいつ買ったんだ?」

「ちょい前にな」


 助手席に柘植さんが、後部座席に私が乗ると、律真さんは不服そうな声を上げた。


「そこはお嬢ちゃんが助手席やない? 何が楽しいて弟を助手席に乗せなあかんのや」

「いいからさっさと出発しろよ」

「お前、俺にえらい偉そうやないか?」

「知るか」


 ブツブツと文句を言う律真さんの隣にいる柘植さんは紛れもない弟の顔をしていた。普段は落ち着いていて何事にも同じなさそうな柘植さんなのに、やっぱり家族の前では見せる顔が違うんだなぁとマジマジと後ろから見てしまう。そんな私の視線に気づいたのか、律真さんとバックミラー越しに目が合った。


「どないしたん?」

「あ、えっと」


 まさか柘植さんが弟の顔をしているのが珍しくて見てましたなんて言えるはずもなく。何かごまかせないかと考えた結果、私は一つの疑問を問いかけた。


「そ、そういうえば律真さんは車に乗られるんですね」

「ん? どういう意味?」

「柘植さんが京都は観光客が多いから車で走りたくないって言ってたので」

「へぇ、こいつそないなこと言うてたん」


 私の言葉に、律真さんはおかしそうに笑う。柘植さんはというと、真っ白な感情にどんどん磨きがかかっていく。あれはどちらかというと無とか虚無に近い気がする。そんな柘植さんの態度に気づいているだろうに、律真さんはハンドルを握ったままお構いなしに続ける。


「この辺は車がないと生活するには厳しいてな。山の中に寺があるやろ? せやから、麓に下りて買い物するんも全部車が必要なんや。こいつも18で免許取ってからすぐに乗り回しとったわ」

「へぇ!」


 柘植さんにもそんな時代があったなんて意外だ。今はこんな感じだけれど、もしかしたら若い頃はもっとやんちゃをしていたのかもしれない。


「ふふ」

「でな、こいつそのときよそ見しとって電柱に突っ込んだんや」

「え、ええ!? そ、それは大丈夫だったんですか?」

「馬鹿か。大丈夫だから今ここにいるんだろ」

「そ、それはそうですけど」


 あまりの衝撃に、思わず聞き返した私を柘植さんは呆れたように鼻で笑う。そんなこと言われても、普通電柱に車で突っ込まないし、そんなことになったと聞いたら心配するに決まってる。

 私の反応に律真さんはくつくつと笑うと、駅近くに車を止めた。けれど、そこは行きに見た嵯峨嵐山駅とは違っていた。ここはいったい。


「続きは悠真から聞きや。ほな、この辺でええやろ」

「ここ、どこですか?」

「ん? ここはトロッコ列車の駅や」


 いまいちどこかわからないまま車から降りた私に律真さんは言う。トロッコ列車というとつまり――。

 

「嵐山の、ですか??」

「せや。せっかく嵯峨野まで来たのに寺しか行ってないっていうのも風情がないやろ。せっかくやさかい、乗って帰り。ゆうても一駅だけやけどな」

「で、でも」


 私は助手席から降りてきた柘植さんの方を見る。こんなの絶対嫌がると思ったから。けれど、意外にも柘植さんは全てを受け入れたような表情と感情の色を浮かべていた。


「いいんですか?」

「いいも何も、こいつが走らせてた道はここに向かってたからな。送ってもらったんだ、文句は言えねえだろ」

「そういうこと。ほな、またね。……あ、そうや。明日菜ちゃん」


 ちょいちょいと手招きされ、私は運転席の方に近づく。そんな私の腕を引っ張ると、律真さんは私の身体を引き寄せた。


「なっ」

「あいつのこと、頼むな」

「え……?」

「それから、お姫さんのことおおきにね」


 それだけ言うと、律真さんは私に手を振って、そのまま元来た道を車で去って行った。

 残されたのは、私と柘植さんだけで。


「何言われてたんだ?」

「え、あ……女雛のこと、ありがとうって」

「そうか。んじゃ、行くか」

「え、ホントに乗るんですか?」

「嫌なのか? 嫌なら――」

「乗りたいです!」


 意気揚々と駅に向かって歩き出す私に、柘植さんは冷たい視線を向ける。けれど、それには気づかないふりをして私は切符売り場へと向かった。

 大人二枚分の切符を買おうとすると、後ろからやってきた柘植さんが窓口の人に話しかけた。


「リッチ号の空席はありますか?」

「リッチ号?」

「はい、お二席でよろしいでしょうか」

「お願いします」


 手早くお金を払うと、柘植さんはチケットを受け取る。手渡されたチケットで改札を進むと、長い階段を降りた先にホームはあった。

 タイミングよく来たトロッコ列車には平日というのにたくさんの人が乗っている。私はどの車両に乗ればいいのかわからず、先を歩く柘植さんの腕を掴んだ。


「待ってください。どれに乗るんですか? それにリッチ号ってなんですか?」

「リッチ号っていうのは窓ガラスがない特別な車両なんだ」

「窓ガラスがない? どういうことですか?」

「乗ればわかる」


 その言葉通り、先頭車両であるリッチ号には窓ガラスがなかった。そこには枠組みがあるだけで、手を伸ばせば窓の向こうにある自然に触れられそうだった。


「い、いいんですか? こんな素敵な席」

「いい。どうせものの数分で着いちまうんだ。せっかくなんだから一番いい席に座っとけ」

「はい!」


 ソワソワしながら窓はないけれど窓際の席に座らせてもらう。その隣には当たり前だけれど柘植さんが座る。普段よりも近い距離にどうしてか少し緊張する。バスや電車に一緒に載ったことはあるけれど、そのときはどちらも立っていたからこんなふうに意識することはなかった。でも――。


「おい」

「ひゃ、ひゃい」

「なんだ、その返事は。そろそろ出発するぞ」


 柘植さんの声に意識を戻すと、アナウンスが入り、そろそろ出発すると告げていた。ガクン、という音とともにトロッコ列車が動き出すと、森林の中を列車は走り出す。

 しばらく走ると、辺りに竹林が広がった。これは、もしかして。


「柘植さん、これってもしかして」

「竹林の道だな」

「わっ、やっぱり! こんなふうに見えるなんて思ってもみませんでした!」


 トロッコ列車から流れるように過ぎ去る竹林を見つめ、そして私は視線をそちらに向けたまま柘植さんに話しかけた。


「柘植さんは情けなくなんかないですよ」


 返事はなかった。でも、それでよかった。


「あと、お経を読む柘植さん、カッコよかったです」

「……そりゃ、どうも」


 ポツリと聞こえた返事。姿は見えないけれどきっとその感情の色は薄らと赤や黄色、橙色といったポジティブな色に染まっているだろうと、そう感じた。

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