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京都東山 送魂屋『無幻堂』 ~大切な人形の最期をお手伝いします~  作者: 望月くらげ
第一章:再就職先はわけあり古民家謎の店
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1-1

 六月末、例年よりも随分と早い梅雨が明け、だんだんと暑くなってきた木漏れ日の下を一人歩く。午前十時、近くの学校からは楽しそうな子どもたちの声が聞こえてくる。すれ違うスーツ姿の男性はスマホを手にこのあとの予定を決めているのだろうか、 通話相手に時間を告げている。みんな何かを頑張っている中、私一人が置いて行かれたような気持ちになる。

 朝から何度目かになる深いため息をつきながら、会社の最寄り駅である十三駅からタイミングよく来た特急電車に乗り込んだ。

 平日の午前中だというのに、それでもこの路線は人が多い。普通ならそうでもないけれど特急や準急は京都へ行く人で平日休日関係なく溢れていた。今日も八割近くの座席がお年寄りやおしゃべりをしているおばさまたちで埋まっている。それでもめざとく見つけた手すり横の席に座ると、私はもう一度ため息をついた。

 普段なら平日のこんな時間の電車に乗ることなんてない。それこそ大学を卒業して今の会社――正確には先程まで勤めていた会社に入社してから二年間は一度も、だ。

 なのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。手すりに頭をもたれかかり目を閉じると先ほどまでの光景がこれでもかというぐらい鮮明に思い出された。



 朝、いつもと同じように最寄り駅から満員電車に乗って勤務先である『グレートテレオペレーション』へと向かった。新卒で入社してから二年、目立ったクレームもなく粛々と仕事をこなしていたのだけれど、今日はオフィスに入った瞬間、室内の空気が違っていた。

 みんなが私を避けるように視線をそらし、わざとらしくパソコンのモニターに顔を向ける。何かあったのだろうか。そう思いながらも自分の席に向かうと、デスクに鞄を置いた。そのとき――部長の狸田さんが私の名前を呼んだ。


「夏原さん、ちょっと」

「はい?」


 椅子に座ることも許されず、部長の席へと向かった私に一枚の紙が手渡された。


「解雇……通知書?」

「そう。今までご苦労さん」

「なっ……! ど、どうしてですか!」

「うちの会社、近頃業績が悪くてね。まあいわゆるリストラってやつ。あ、でも安心して。解雇予告手当はちゃんと支払われるから。と、いうことで今日はこのまま荷物の整理をして――」

「ま、待ってください! どうして私なんですか!」


 どんどん進んでいく話に慌てて口を挟む。こんなの意味が分からない。だって、昨日まで普通に働いていて、今日だってこれから仕事をする予定だったのに解雇だなんて、そんなのあり得ない。


「どうして?」

「だ、だって今までクレームだって一度もないし、無遅刻無欠勤で真面目に働いてきたつもりです。なのにいきなり解雇だなんて納得できません!」

「……たしかに、夏原さんの言うとおり、君は凄く真面目だしクレームの電話であろうと最後には和やかに話を終えるのは本当に凄いと思う。でも、それだけだ」

「それ、だけ」

「そうだろう? じゃあ、聞くけど入社してから二年以上が経って、君が今までに取った成績を言ってみてくれ」

「そ、それは……」


 部長の言葉に反論しようとするけれど、それよりも早く部長が口を開いた。


「答えられないのなら私が答えようか? 答えは0だ。ゼロ。ゼロ件。ナッシング。一件もない。君よりあとに入ってきた新卒の子だって去年一年で0なんて子は一人もいない中で、なんならうちの会社の中で君一人が今まで一件の成績も上げてないんだ。これでどうして自分が解雇されることに対して不服を言えるのか、私にはわからないよ」


 今度こそ何も言えなかった。それでも、悔しさと情けなさで涙が溢れそうになるのだけは必死で堪えた。ここで泣くわけにはいかない。私は社会人で、大人なんだから。

 深々と頭を下げると、つま先が薄らと剥げたパンプスを睨みつけながら必死に言葉を紡いだ。


「っ……部長のおっしゃる通りです。大変申し訳ございません。これからはより一層頑張って、一件でもたくさんの注文を取れるよう――」

「だから、もういいんだって」


 そう言った部長の声はやけに優しかった。

「人には向き不向きがあるんだ。この仕事は君には向いてなかったんだよ。次は、誰かと関わることのない、例えば一人で黙々と進められるようなそんな仕事に就くといい。ああ、乾電池の端子を磨く仕事なんてどうかな。真面目な君にはそういう方が向いているだろうよ」

「まっ……」

「それじゃ、今までお疲れさま」


 皮肉とともに言ったその言葉を最後に、部長は私を見ることなく手元のパソコンへと視線を移した。私は――頭を下げると自分の席へと向かった。

 他の人たちは仕事をしているふりをしながら何度も視線をこちらへ向けてくるのがわかる。でも、口を開けば泣いてしまいそうで必死に唇をかみしめると私は机の中の物を片付けた。社外秘の物は持ち帰ることはできない。シュレッターにかけるものと私物を分けると鞄の中にそれらを詰め込む。パンパンに膨らんだ鞄を手に、私はオフィスをあとにした。


「お世話になりました」

 

 震える声でそう言いながら頭を下げて。



 ああ、でも思い出しただけでも悔しくて涙が溢れそうになる。でも、たしかに部長の言うとおり成績を取ることができなかったのは事実だ。気にしていないわけじゃなかった。

 でも、お客様に電話をして話を聞いているうちにどうしてもその人に勧める気になれなかったり、いらないと言われてしまうとたしかにそうですよね、と思ってしまった。先輩や課長はもっと強引にグイグイ取りにいかなきゃっていうけれど、本当にその商品をほしいと思っていない人に押し売りのような形で売りつけるのが正しいのか、私にはわからなかった。

 溢れだした涙が頬を伝うのを隠すように寝ているふりをして俯く。二駅、たかが十分ほどの距離がやけに長く感じる。帰ったらとにかく仕事を探さなきゃ。

 チラッと見た解雇通知書には一ヶ月分の給料が出ると書かれていた。なので猶予は一ヶ月。それまでになんとしても再就職しなければいけない。気持ちも頭も重くなる。重く……。

「っ……あれ?」

ふと気づくと電車が止まっていた。淡路駅に着いたのだろうか? それにしては停車時間が長いような――。


「って、嘘。河原町!?」


 顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、ホームに書かれた『京都河原町』の文字だった。まさかいつの間にか眠っていて降りるはずの駅を寝過ごしてしまった? でも河原町って終点だし、いくらなんでもそこまで一度も起きなかったなんてことがあるはず……ないと言い切れないのが辛いところだ。


「とにかく降りなきゃ」


 慌てて電車からホームに降りると私は久しぶりに来た京都にソワソワしてしまう。阪急京都線に乗れば一本で着くとはいえ、私の住む茨木からだと大阪に行く方が近い。そのため特別何か用事があるときじゃなければ京都まで来ることはなかった。仕事をし始めてからは余計に、だ。そのせいか距離的にいえばそこまで遠いわけじゃないのに、なんとなくアウェイな感じがする。

 けれど、だからこそ気持ちも紛れるかもしれない。

 私は小さく頷くと、乗り越し精算をして改札を出て、京都の街へと飛び出した。

 せっかくここまで来たんだから、美味しいと評判の抹茶のパフェを食べて帰るのもいいかもしれない。それとも生クリーム増し増しのパンケーキにしようか。あ、でもこの前テレビで見たきなこのアイスクリーム屋さんもいいかもしれない。休日は凄い人だと言っていたけれど、平日のこの時間ならそこまで混んでいないだろう。そうと決まれば出発だ。


「それにしても、いい天気だなあ」


 京都河原町を出て辺りを見回すと、右手に橋が見える。四条大橋だ。

 目的地は決まったはずなのに、なんとなくふらふらとそちらに向かって歩いて行く。人がいるとついつい混ざりたくなるのはなんなのだろう。

 修学旅行生や海外からの観光客に混じって橋から川を見下ろすと、眼下に鴨川が、そして河川敷には等間隔に座るカップルが見えた。


「いいなぁ」


 思わず口をついて出た言葉に、慌てて両手で口を押さえる。幸い、周りの人は知り合いでもない私のことなんて気にもとめていないようでホッとする。恋人どころか職さえも失ってしまった私には、鴨川の河川敷に座っている人たちがキラキラと輝いて見えて、無職となった自分自身が余計に情けなくなってしまう。

 

「はぁ……」

 

 ため息を一つついて、私は河川敷のカップルを尻目に四条大橋を渡りきった。このまままっすぐ行けば有名なお茶屋さんや八坂神社があるけれど、そちらに行けばここよりさらに観光客で溢れていることは想像に難くない。別に観光したくてここにいるわけじゃない。

 私は人の流れから外れると、そのまま左に曲がり鴨川沿いを歩き始めた。

 鴨川を見下ろしながら食事ができるようになっている床がある向こう側と違い、こちらは街路樹が立ち並ぶ歩道で、観光客の姿もそう多くはなかった。相変わらず日差しは厳しかったけれど川からの風と街路樹の影が心地いい。

 そのまましばらく歩き続けた私は、何の気なしに途中の路地を右に曲がった。そこには京都といわれてイメージするようないわゆる古民家が建ち並んでいた。古美術商や昔ながらの散髪屋さん、そのほかたくさんのお店が並ぶ中にそのお店はあった。

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