1話『はじめまして』⑤
「は……なんだよここ」
聖弥が居たのは朝夢の中で見た暗闇だった。辺りを見渡すが真っ黒い空間にポツンと自分と宮代のみが立っているだけで何も無い。
「ここは黒に作らせた異空間だよ、あそこじゃいらないものが多かったから」
「は?クロ?異空間ってなんだ」
犬の名前かよ……なんて自分の知らない空間に連れてこられ動揺していたのだろう、思わずそんなツッコミしか出てこなかった。
「異空間が何か、か……。んーちょっと説明しずらいから、置いておいていいかな?それより馬見新くん、あんなみんなが見てる前で人殺しはダメだよ?いくら異能があるからって万能じゃないんだから、バレたら色々と面倒くさいし」
置いとくってなんだよ……と思ったが、それよりも聞きたいことがありすぎて口から出てくることは無かった。
「その言い方じゃまるで、人が見てないところでは人を殺してもいいみたいだな」
「うん、そうだよ。私たち異能者は人間をいくら殺したところで罰せられるわけじゃないもん」
「は?そんなわけねぇだろ、人を殺したら犯罪だぞ?てか、異能者ってなんなんだ」
宮代の言っている意味が全くわからず、先程まで人を殺そうとしていた自分のことを棚に上げ、世間一般的な常識を口する。
「異能者っていうのは、簡単に言えば超能力者のことかな?たとえば」
それ、と言って指さしたのは聖弥が握りしめていたアイスピック状の氷だった。ずっと握りしめていたにも関わらずこれは冷たさも感じなければ、体温で溶ける様子もない。
「ちょっと貸してくれる?」という宮代にその握りしめていたものを渡すと、彼女は小さな手のひらに氷をのせた。
「例えばこれを一瞬で液体にします」
「どーやっ……っ!?」
体温ですら溶けなかったこの不思議な氷をどうしたら一瞬で液体に戻すことが出来るのか、怪訝に思っていると、なんの前触れもなく手のひらにあった氷はたぷんとした水へと変わり、手のひらからこぼれ落ちていく。小さな手のひらでは抱えきれない水がぽたぽたと滑り落ちて地面には小さな水たまりが出来ているのだろうと目線を下に向けていくが、そこにあったのは思いもよらないものだった。
「なんだよ、これ」
聖弥が目にしたのは、地面にこぼれ落ちた水ではなく、球体を描いた水が空中に浮いている。そう、例えるなら消臭剤の丸いつぶつぶが空中に浮いてるようなイメージ。
指先でそっと触ってみるが、シャボン玉のように割れるわけでもなく、ぷにぷにとした感触だった。
「これが、いわゆる異能ってやつだよ。水を操ったり、君みたいに氷を出したり、まぁ他にもいろいろあるけど人間がなしえないことができる能力」
「氷を出す……?俺が?」
「さっき、教室内が凍ってたでしょ?あれは君がやったんだよ」
驚きのあまり声すら出ない。男子生徒を殺すために作られた氷も、女子生徒を逃がさんとばかりに立ち塞がった氷の壁も全て自分がやっていたというのだろうか……?では、今日の朝、部屋中に張りついていた氷達もすべて、自分の、力……?そんなこと有り得るはずがない。だって聖弥は人間で、宮代の言っている異能者なんてものではないのだから。もしそんな力があるなら、自分はもっと上手く生きていけて、あいつを……助けられたはずなのに。
「そんなことあるわけねぇだろ!そもそも俺はただの人間だ!」
悲痛にも似た声をあげた。
「違うよ、君は異能者で、『 ヒト』だ」
「なわけねぇだろ!そんな力があったら俺は……!」
「あんだけ力出しておいて、なんで信じてくれないんだろう。もっと喜ぶと思ってたのに。普通の中学生なら特別な自分に自惚れたりするんじゃないの?」
宮代は面倒くさそうに髪をかく。そして一度ため息をつくと、浮かせていた透明な球体をふよふよと聖弥に近づけた。そしてそれを──────。
「馬見新くん」
「なっんぐっ……!?」
名を呼ばれ顔をあげると同時にペトペトしたものが口と鼻に張り付いた。それが先程の水だと気づいたのは息ができないことを理解してからだった。剥がすため手で掴もうとするが所詮は液体、指の間からすり抜けて、一向にはがれない。
「早くそれを無くさないと窒息死しちゃうよ?」
ゴボりと肺に溜まっていた空気が逃げていく。息ができなくなり、だんだんと頭がぼうっとし始めた。目の前に経つ宮代の姿がぼやけ始め焦点すら合わなくなってきている。
(ここで俺は死ぬのか……?)
そんな考えが浮かび、否定する。
(いやだ!まだ俺は死ぬわけにはいかない)
まだあいつに何も返せていないのに、死ぬなんて出来るはずがなかった。自分が死ねばあいつは一人になってしまう、孤独になってしまう、そんなこと絶対にさせたくない……!
パキリと音がした。パキりパキリとだんだんと口の周りにあった液体の感触は個体のツルツルしたものへと変わっていく。そして、
「ゲホッゴホッゴホッ」
氷へと状態変化した水は聖弥の顔から崩れ落ち、地面へと吸い込まれていった。落ちた衝撃と共にパキッと砕け落ちる。
「ほら、出来たじゃん!これで信じるでしょ?」
急に肺へと空気が入ったことで咳き込む聖弥の耳に宮代の嬉しそうな声が響く。
信じるしかないのだろう、自分が今それを証明してしまった。家も学校もここでも、氷が発生したところにいたのは全て聖弥しかいなかった。
「こんな力あったところでどーすればいいんだよ」
酸素がまだうまく回っていないからだろう、手に力が入らない。頭も正常に働いている気がしない。
「世界征服とか……?なんてね。あーあとは大事な人を守るヒーローになるとか!そっちの方が現実的かも」
「大事な人……」
働かない頭で思い浮かぶのはあいつらの顔。この力があれば本当に守れるのか……?次こそはあいつらをアイツを……。大事な存在だったのに守れなかった、この弱い自分が……。
「異能ってのは……普通の人間にも突然に出てくるのか?」
ふと浮かんだ疑問にぞくりと嫌な予感を感じさせた。
「いや、基本的には異能は異能者の親からしか生まれないよ。遺伝的なものだからね」
「……俺には双子の妹がいるんだが」
「うん」
「もし俺が異能に目覚めたと言うならあいつは……」
「馬見新くんが突然出てきたんなら、もしかしたら妹さんも何かしらの力は出てるかもしれないね。帰ってから聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「……そうだな」
一度湧き出た不安は拭えない。それでも、ここでうだうだ考えていたところで意味もないため思考を一旦止める。
「君はまだ力をコントロール出来てない。とても危険なんだよ、だからむやみやたらに使わないのが得策だ」
「……は?」
先程まで異能があって、力を使えみたいなこと言っていた癖に次は使わない方がいいだと?言ってることが真逆過ぎて理解が追いつかない。
「大事なものを守るときほど一度考えて力を使うんだ、分かったね?」
宮代の言葉に問いたいというのに向こうは捲したてるように言葉を口にする。
「吸血鬼には気をつけて。あとこれは貸しておいてあげるからずっと持ってるんだよ」
「は?吸血鬼って……」
なんだよ、そう問いかけるより先に宮代は彫り物のされた銀色のリングを聖弥に押付けた。そして真白い光が聖弥を包む。眩しさのあまりつむった目を開けると、そこは先程までいた教室の光景が広がっていた。
キョロキョロと辺りを見渡すが氷もなければ生徒も誰もおらずポツンと聖弥だけが立ってる状態だ。
「は?」
語彙力がないのは自分も同じかもしれない。風景が変わりすぎて「は」の1文字しか喋れていなかった。
もしかして今までのは全部夢だったのか……?そう思うも、手の中にあるリングが現実だと証明する。
「……帰るか」
直輝も待っているだろう。聖弥はカバンを肩にひっかけ、教室を出た。




