第5話 記憶にございません
読んでくださりありがとうございます。
さて、ついに俺の二度目の入学試験が始まった。
正直、試験勉強などまるっきりしていない。
とくに覚えているというわけではなく、単純にやる気もなく、確かめることも色々とあったからだ。
とはいえ、俺は今から未来で魔法に対する固定概念を破壊した男だ。
当然、そのために必要以上の知識がいる。
なので言ってしまえば入学試験の筆記試験に関しては、クイズ問題をされているのとさして変わりないのだ。
「――――それでは試験開始」
目の前に大きめの上下移動する黒板があり、三列に長机が並ぶ講義室の中で筆記試験は始まった。
教師の声とともに問題用紙をめくる音が周囲から一斉に聞こえてくる。
そしてほぼ同時にペンを走らせる音も聞こえてくる。
そんな音を聞きながら、俺は誰よりも遅く問題用紙を開いた。
おー、懐かしいー。こんな感じだったんだな。それにしても、随分と簡単なのばかりだな。
まあ、そりゃこの問題を基礎として魔法研究していた俺からすれば、そう思えるのは当然の話か。
ここで俺は入学においての自分の立ち位置を確認する。
過去の俺はまずこの学院においてほぼ最低ラインで合格した。だが下手に高得点を取りすぎて、事実が変わってしまうようなら目も当てられない。
しかしここで取らなさすぎるのも下手したら合格出来ないということになる。
なら、まずは俺にとって"可"となる最低ラインをもうけようか。
それは俺がこの学院において黒服で入学することだ。下手に白服になるような点数は避けたい。
となれば、この筆記ではあまり点数は取らずに、実技の方で点数を取るべきか。
実技の方が配点は高い。とはいえ、いくら俺が魔法の扱いに長けているといえど、小さい力を調整するのは骨が折れる。失敗する可能性もなくはない。
なら、この筆記では六割五分ぐらいの点数になるように調整するか。
「よし」
そう呟くと初めてペンを走らせた。
そして十分とかからずに解答用紙に記入し、残りの時間は怪しまれない程度に今後の流れを思い出していた。
**************************************************
外の日差しが強く照らしてくる。ジリジリと感じる暑さは受験生の集中力を削いでいく。
「それじゃあ、次の生徒から順に魔法を放っていってください」
長机に三人並んで座っているうちの一人が告げると丁度九十度曲がった位置にいる五人の受験生の男女が順に魔法を放っていく。
その魔法は正面にある人型の的のついた藁人形に当たるとそれを見ていた教師が何かを話し合いながら、手元の紙に記入していく。
ちなみに、その藁人形は魔法で特殊コーティングされているらしく、一定以下の魔法は無効化するみたいだ。
そんな受験生の様子を俺は後ろで並びながら眺めていた。
ふと視線を周りに移せば他にも同じような会場があり、合計で五つほどある。
そして俺はこの実技のレベルを見て、過去の自分にため息を吐いていた。
俺はこんなレベルの低い試験に緊張していたんだな。
どこもそこも見れば魔力の込め方は雑だし、しまいにや詠唱なんかしてやがる奴もいる。
もう無詠唱が一般化してきているこのご時世で、まだそんな補助が必要だとは......
いや、ここは見下すべきではないな。少なくとも、こいつらは入学するために頑張っているんだ。
そのためには何よりも失敗しないことが大事。そのための安全策を取っているにすぎない。
むしろ、俺がおかしいのだ。
過去から戻ってその知識や技術を得たままこうして再び入学試験に挑んでいる。
それはこう見えるのも当然か。
一人で自己完結をしていると――――突如、周囲から大きな爆発音が聞こえた。
爆風が地面の砂埃を巻き上げながら周囲へと広がっていく。
思わずその音の方向に目を向けるとほぼ今の受験生では傷つけることも出来ない藁人形が大きく抉れて、その抉れた個所は燃えていた。
その藁人形からは黒い煙が立ち上り、空の彼方まで飛んでいく。
そしてそれを放ったであろう女子受験生は方腕を伸ばして放ったままの状態で突っ立っていた。
そんな受験生の事に対して、教師はやや興奮気味。
それで集中力を削がれ本番に望んでいた生徒は萎縮して、試験官の教師に急かされしょうもない魔法を放っていく。なんとも可哀想なことだ。
だがまあ、確かにこれは前にもあったことなので、ひとまず正史通りに進んでいる俺にとっては安堵でしかない。
「おら、早く進めよ」
「ご、ごめんなさい......」
俺は背中を突き飛ばされ、正面にいた生徒にぶつかる。
その生徒から思いっきり睨みつけられるが、俺は冷静に緊張して臆病だった過去の自分をトレースしていく。
そして俺はふと突き飛ばした張本人がいる背後へと視線を向ける。
すると頭に赤いヘッドバンドを付けた金髪の不良と呼べる男は憎たらしい笑みを浮かべて、見下していた。
俺の身長がこの男よりも低いからかもしれないが、あの目は確実に見下している目だ。
そして俺は覚えている。こいつは俺を地獄へとたたき落とした張本人であると。
全くこれで貴族なのだから貴族というものはたかが知れる。
「あ? 何見てんだチビデブ」
てめぇが憎たらしい顔で見てくるからに決まってるからだろうが、金髪サルが!
......おっと、思わず汚い言葉が出てしまった。だがまあ、今は反論的な目で見るのはよそう。
屈辱的なことに、こいつにいじめられることが彼女と出会うための正史なのだから。
そして前の人の番が終わり、俺の番が迫ってくる。それから、俺の番が来ると左手を支えにし、右手をかざして藁人形へ狙いを定め――――ずにあることが来るのを待った。
今思えば、この時点で目をつけられていたんだろうな。
俺が右手に魔力を込めて放とうした瞬間、踏ん張っていた右足の膝裏が蹴飛ばされる。
それによって体勢が崩れながらも、俺は一瞬で狙いを定めて藁人形の的の中心付近に風の初級魔法、〈風烈弾〉―――――風弾の少し強い版―――――を撃ち込んだ。
「あ、当たった......」
あたかもまぐれで当たったかのように言葉を添えて。
ふと後ろをチラッと見ると金髪サルはイライラしたような表情であった。だがまあ、別に気にすることは無い。これで入学試験も概ね正史通りだ。
試験官の教師も今のがまぐれだと思っているだろうが、それでも的の中心付近に当てたことに対しては評価してくれるはずだ。
あとは試験結果を待つのみ。
試験を終えると結果が出るまで少し時間がかかると言うので、廊下にあるベンチに一人座っていた。
というのも、この学院は魔法で得点を演算し、すぐさま順位付けしていくらしい。
今は何も考えてない。とりあえず、計算通りに試験を合格していることを祈って、考えすぎた脳を休めているだけだ。
するとその時、一人の女子受験生がこちらに向かって歩いてくる。
その人物を目にした瞬間、俺の心臓は思わず跳ね、体温が上昇していくのを感じた。。
それは美しい銀髪をしていて、たなびく長いもみ上げに眠たそうな目、そして可愛らしい顔でありながら、胸も大きすぎず小さすぎずの抜群のスタイルである彼女―――――リーゼル・フォルティアナであったからだ。
あれ? あれれれ? こんなの正史にあったっけ? いや、あまり覚えてないぞ!?
おい、思いだせ俺! 彼女のことならほとんどの思い出は覚えているはずだぞ! それがたとえ仲良くなっていない頃だとしても!
しかし俺の記憶は今の状況に対しての記憶を思い出すことは無かった。
その一方で、リーゼルは俺の所へ近づいてきて、聞いてきた。
「その隣、座っていい?」
「ど、どどどどうぞ! お掛けになってください!」
俺の胸は張り裂けそうなほど音を立ててなり続け、咄嗟に出した言葉もひどく噛みまくっていた。