第25話 動揺
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「リーゼル、それはどういうこと?」
俺は出来る限り平然を装って聞いた。だが少しだけ口調が威圧的になってしまっていたかもしれない。
その問いかけに対し、リーゼルは淡々と言葉を連ねていく。
「なんだか嫌な予感がするの。信じられないかもしれないけど、本当のこと」
「.......」
俺はすぐには返答できなかった。
リーゼルが何を考えてそう言っているのかわからない。ただここまで俺に言うということは根拠となる何かがあるはずだ。
仮に夢で最悪な状況になった時のことを見たとしても、嫌な予感が湧いたとしても、さすがにここまで必死に止めようとは思わないだろう。
単純に、その夢が本気で起こりそうな気がして言っている場合もなくはない。
だがリーゼルは嫌な予感を「本当のこと」と言った。「気をつけて」とか注意を払う言葉ではなく。
つまり確信できる何かがあるということになる。
それが何かはさすがにわからないが。
「無理だよ。この学院は実力主義なんだ。ただでさえ評価が低い僕が成績評価の高い魔物狩りを受けなければここにはいられない」
「それは.......」
俺が言ったのはこの学院に乗っ取ったルールだ。
俺は出来る限り正史通りにするために学院最底辺という地位にいる。
そして(恐らく)そのおかげで俺はリーゼルと出会え、こうして再び歴史を今の歴史を繰り返すことが出来た。
だがそれはそれで、俺が最底辺であることには変わりない。なのでこの学院に居続けたければ俺には受ける選択肢しかないのだ。
正直、これは口実だ。少なからずリーゼルがこのままの歴史で生きてさえくれれば、俺はこの学院から去っても問題ない。
俺はリーゼルの言葉に嘘をつけないでいる。だからこうして言い返せる言葉があるだけありがたい。
それに学院がかかわっているとなれば説得力は段違いだ。
リーゼルには本当に申し訳ないが、これから言おうとしているであろう言葉を先に否定させてもらった。
「どうしても......?」
「!」
リーゼルの目からツーっと涙がこぼれ落ちていく。
両頬に涙の川が出来て、あご先で一つに繋がり滴となってこぼれ落ちる。
俺は衝撃が全身を駆け巡る。そして戸惑いが隠せず、泳いだ目がその動揺さをを物語っていた。
どうして? どうしてリーゼルが泣くんだ? 俺はただ学院の規則を述べただけで.......わからない。全くリーゼルのことがわからない!
どうして泣いているんだ? リーゼルは何を知っているんだ? 何を隠しているんだ? ダメだダメだ、分からない。何もわからない。
ただ苦しいほどに心が締め付けられる。俺が俺自身の手でリーゼルを傷つけてしまった。ことだけはハッキリとわかる。
「私はユリスが!.......ユリスが.......ユリスが.......」
リーゼルは俺の頬から手を離すと両手で顔を隠すように手を覆う。そしてその場で立ち上がると寮の方へと戻っていってしまった。
俺は未だあまりの衝撃で放心状態のままリーゼルの後ろ姿を眺めていた。
俺のうるさくなり続けていた鼓動は急速に沈黙していき、自身の熱で気づかなかった背後の氷の壁が俺の心を氷漬けていくように凍えさせていく。
俺は上半身を起こすと頭を抱える。その時もまだただ茫然と目は見開いたままであった。
思考が止まっているのがわかる。
感情が止まているのがわかる。
体が止まっているのがわかる。
時間の流れが遅く感じるのがわかる。
何も何もわからないまま時間だけが流れていく。
俺の心を溶かしてくれるような夕陽も今はもうほぼ沈んでしまって遠くに見える黄昏だけが残ったように空を茜色に染めていた。
俺はその場で寝転がる。頭の近くからは冷気を感じる。思考回路を凍結させていくようだ。
「グゥルルルッ」
近くからオオカミの唸り声が聞こえる。数は四体のようだ――――――だがどうでもいい。
俺のそばに現れたオオカミは臨戦態勢で身を低く屈めると俺に向かって走り出した。
そして俺を間合いに入れると一気に跳躍。鋭い爪と牙を持って覆いかぶさるように襲ってくる―――――だがどうでもいい。
俺は罪人だ。リーゼルを助けようと思いながら、リーゼルを傷つけさせまいと思いながら行動しておいて、俺自身でリーゼルを傷つけている本末転倒大バカ野郎だ。
こんな俺は一度くらい痛い目に遭った方がいいだろう。死にかけた方が良いだろう。
「風旋の矢!」
するとその時、寝転がっている俺の上を少し甲高い声と四本の風で出来た矢が通り過ぎた。
そしてその四つの矢はそれぞれのオオカミの頭部に直撃し、一撃で沈めていく。
矢が通り過ぎたことで少しだけ風が舞って、頭の近くから少し柑橘系にも似た匂いを感じる。
地面を踏みしめる足音が聞こえてくる。
そしてその音の人物は黄緑色の先だけ結んだ髪を垂らしながら、上から覗いてきた。
「ユリス! 何やってるの!?」
レイナの口調は怒っているような感じ......いや、この強い眼差しは怒っているのだろう。
「ほんと......何やってるんだろうな。俺.......」
「ユリス? 何があったの?」
俺の乾いた声にレイナはすぐに怒りを霧散させて事情を尋ねてくる。
ここに運よく来たということは、泣いていたリーゼルとすれ違ったりしたのだろう。
そしてここに来れば俺がいたという感じだろうな。
「リーゼルちゃんが泣いてたよ。ユリスが酷いことを言う人じゃないってわかってるけど、やっぱり気になる。何があったのか」
レイナは俺の予想した通りの展開を言葉に出すと俺の頭のすぐ横で三角座りした。
俺はすぐに返答できなかった。できる気もしなかったし、言えることは俺が知っている未来の歴史なので語ることは出来なかった。
だから俺が今できることははぐらかすことぐらいだ。
「レイナはどうしてここに?」
この歴史は過去にはなかった展開だ。そもそもああなっている時点で違うが。
これもリーゼルと関わった影響による余波なのか。それとも全く別なのか。
俺の問いかけにリーゼルは俺に顔を合わせることなく答えていく。
「僕も良くわからないんだ。リーゼルちゃんはどうしてかユリスに魔物狩りについて出て欲しくないでいる」
「つまりレイナの役割は――――――」
「うん、ユリスの説得。だけど正直参加するなってことをどうやって参加するなって言うんだろうね。それにそもそもリーゼルちゃんはその動機を教えてくれなかったし。いや、言えないって感じだったかな」
「言えない?」
「うん、そうなんだよ。本当は言いたい。でも、上手く口に出すことが出来ないし、言ってはいけない。そんな感じ。だから僕もどうしたらってね。それでもとりあえずここに向かってみれば、涙を拭うリーゼルちゃんが勢いよく通り抜けていくし、ユリスは無抵抗のまま魔物に襲われているしで本当にどうなってるんだろうね」
「ごめんな。変なことに巻き込んで」
「ううん、気にしてないよ。一番辛そうなのは二人だからね」
レイナはそう言うと俺にニコッとした顔を見せる。その顔に少しだけ心が救われたような気がした。
本当に迷惑かけてごめんな。これが終わればもう元通りの日常が始まるから。どうかそれまで辛抱してくれ。
「ところでユリス」
「どうした?」
「ユリスはどこにもいなくならないよね?」
「......!」
レイナは何の脈絡もなくそう聞いてきた。
俺はその質問に思わず目を見開きながらも質問を質問で返していく。
「どうしてそんなことを?」
「夢でユリスが近々消えてしまうような気がしたんだ。それがただの夢ってわかってるんだけど......なんだろうね、ふと思い出したから聞いてみたくなっちゃった」
「.......消えないよ」
俺は上体を起こすと横にいるレイナに笑顔で言った。
だが内心では謝っていた。これが最後の嘘になることに。
「そっか。そうだよね」
嬉しそうな笑顔を見せるレイナと対照的に俺は顔を少しだけうつむかせた。




