第0話 醜い過去
新作です(≧▽≦)
始めは少し少ないですが、良かったら読んでみてください。
彼女は死ぬというのに、少年よりも穏やかな顔をしていた。
目の前で鮮血が宙を舞い、土砂降りに降る雨と共に地面へと落ちていく。
彼女の胴体を貫いた魔物の爪のような甲殻は少年の目の前で開けた風穴を見せつけるように抜き去っていく。
彼女の胴体を通して重たい雷雲が見える。
―――――ああ、愚かな過去だ。
彼女は重力に引っ張られるままにその胴体を背中から地面へと倒していく。
その時でさえ、誰も彼女へと近寄るものはいなかった。
きっと思考が停止して、状況を上手く飲み込めてなかったのだろう。
しかしそんなことはどうでもいい。
少年の目の前で魔物に刺された。それだけが今の真実だ。
尻もちを着いていた少年は急いで彼女のもとへ駆け寄る。
「嘘だ、嘘だ!」と上手く声に出せない言葉を心の中で叫びながら。
―――――ああ、悍ましい過去だ。
そして少年は彼女の倒れゆく胴体を抱えるようにして掴むと今にも意識を閉じそうな彼女に必死に呼びかける。
「ダメだよ! 死んじゃダメだよ! どうして僕なんか助けたの!? どうして僕が生きてるの!?」
自分はダメな人間だ。奇跡的に学院に入れて、でも最底辺を這いずり回っているような人間だ。
対して、彼女はエリートだ。少なくとも、自分よりは生きる価値も将来の有望視もされている人物だ。
その差はまさに天と地ほどの差。
本来、自分が彼女と親しくしていたこと自体奇跡に等しい。
それに自分は彼女からさまざまなものを貰った。
努力、勇気、自信、そして恋。
だけどそれは自分が弱いばっかりに助けることが出来なかった。
大切な恩人を僕は目の前で助けられるという形で魔物に刺されてしまった。
ダメな人間だ。生きる価値もない。でも死ぬことも許されない。この命は彼女に助けられた命なのだから。
―――――ああ、憎い過去だ。
土砂降りな雨が自分の大粒の涙を隠すように降り続ける。
雨粒が少しあしの長い草に当たり、草の葉を揺らしながら弾けていく。
彼女を抱える自分を中心に不自然な赤い水たまりが出来ていく―――――彼女の流した血だ。
「ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
「!」
彼女の優しい手つきは僕の頬をそっと撫でる。
その手は冷たかった。
雨のせいもあるが、それ以上に血を流しすぎたのだろう。
より一層に涙が溢れてくる。
大粒の雨よりも大きい涙の滴は彼女の頬へと真っ直ぐ落ちていく。
―――――ああ、呪いたい過去だ。
そんな自分の歪んだ表情とはやはり対照的に彼女は穏やかに笑っている。
「もう君は弱くない。ただ自分の持っている才能を知らないだけ」
「そんなこと言っても僕は!......僕は所詮弱い人間なんだ......ただそばにいてくれたから、強くなれていた気がしていたんだ。結局、僕は恩を返すことも出来なかった!」
歪んでいく。自分の心は醜く歪んでいく。
彼女が優してくれた、親しくしてくれた、教えてくれた、助けてくれた。
その全てを仇で返した。
自分が助かっても、僕は幸せになれない。
彼女が生きているからこそ、彼女の元気な姿が見れるからこそ自分は強くいられるのに。
なのにその全てを否定した!
鍛えたから戦えると過信した!
だが結果はこうだ!
彼女は僕を助けるために魔物に刺された!
生きる価値がある者が死にかけ、生きる価値もない者がこうして生きている事実!
それが許せない。
彼女の死にゆく運命も! 自分が彼女の死で生きる運命も! 自分のエゴも! 全て! 全てが許せない!
―――――自分は自分が嫌いだ。過去を思うたびそう思う。
「どう......したの?」
彼女はもうしゃべれていることが奇跡という状態なのに、自分の心配をしてくる。
もう生きることを諦めているからなのか。
それがどうかは分からない。
けどもうその優しさを最後にしよう。感じた冷たい体温をしっかりと忘れないようにしよう。
もう自分は自分自身に慈悲は要らない!
「や、め......」
抱えていた彼女を地面に寝かせると自分は立ち上がる。
彼女は最後の気力で自分へと手を伸ばす。
俺はそっと手を触れさせると「もう大丈夫」と笑みを送る。
その表情に安心したのかリーゼルは静かに息を引き取った。
降りしきる雨の中、俺の心は壊れた。
もう心は、目は濁って汚れた。
泥水に全身を浸したように雨がドロっと感じる。
冷えた感情がさらに雨で冷えていくように自分の視界は鮮明とは程遠いものになる。
目の前にはランスのような甲殻で武装した複数の触手を持つ巨大な化け物がいる。
その化け物は嘆き鳴いた。
「ガァアアアア!」
その全身から恐怖を掻き立てるようなその声はどこか悲しくも聞こえてくる。
しかしそんなことはどうでもいい。
今では目の前に立ちはだかる山のような大きさの化け物には勝てないだろう。
だが勝てるかどうかが問題ではない。
もう自分の命は自分のものではなくなった。
助けてくれた彼女がくれた命だ。
だからこそこの命は彼女のために使わせてもらう!
―――――こんな過去なら消し去ってしまえ。
その化け物は触手で地面を這って進んでくる。
その速さは馬よりも速く、その大きさからすぐに自分の全身を巨体の陰で覆い隠していく。
前に伸ばした触手を地面に叩きつけるたびに体ごと地面が揺れる。
爆発のような音が幾重にも重なり合って聴覚を潰していく。
「ああああああ!」
その化け物に対し、左手で支えた右手を突き出すと僕の全魔力を右手へと集中させていく。
そして全身全霊の魔法を行使した。
二話目は19時に投稿します。