3、悲しい食事
ものを食べる。生きるためのエネルギーを蓄える、大事な行為。
現実には何か手を加えた、もしくは加えていない「食材」を手や道具を使って口元まで運び、体内に入れるという、それだけの動作にすぎない。
それなのに、それだけのことなのに、
涙が、止まらないんだ。
話は、少し前までさかのぼる。
祭りの準備が始まる。この小さな村にとって、祭りは大切な行事の一つだ。儀式のようなものをやったり、神様に祈りを捧げたり。最後の日には、みんなで歌ったり、踊ったりして、ごちそうを食べるんだ。
小さい時から、この祭りが大好きだった。というよりも、最後のごちそうが楽しみで仕方がなかった。
でも、今年は少しだけ違ったんだ。
ごちそうの「材料」に、君が選ばれちゃったから。
毎年毎年、ごちそうになる「材料」は、とても聖なるものとして、無差別に決められる。ごちそうになることが、どんな手柄を立てるよりも名誉なことだった。自分の子供が選ばれたら親戚中が歓喜したし、親が選ばれたら子供が大喜びした。昔からずっと変わらないことが今年も繰り返される、それだけのこと。
君は、とても良い子だった。明るくて、優しくて、みんなから好かれるような。少し男勝りなところもあったけどね。
そんな君が僕は大好きで、
君も僕のことを好きでいてくれた。
このままこの小さな村で一生を共にするのだとばかり思っていた。
それなのに、君が選ばれちゃった。
君は嬉しそうだったし、近所の人も大喜びだったから言えなかったけれど、たまに見せる悲しそうな顔がずっと引っかかってた。
怖くないの、と聞いても怖くないよ、としか返されない。
君は日に日に変わっていった。
「材料」は聖なるものだから、汚くてはいけない。だから、君だけが何の味もしないようななんだかわからないものを食べさせられるようになる。そして一日前から断食し、他人と接触が出来ないようになる。
僕は怖かった。君がいなくなってしまうなんて、考えられなかったから。
こんな小さな村だから、どの家にも「君」は配られるだろう。
小さな肉片と化して。
「材料」になった人には、自分の心臓を一番初めに食べてくれる人を指名できる権利がある。今まではみんな親のどちらかとか、長老を指名していたから、君もてっきりそうするものだと思ってた。
でも、君は、僕を選んだ。
「一番大切な人だったから」
それだけの理由で。
そして、今は祭壇に祭られている。横に寝かせられた状態で。今は仮死状態に入っているけれど、完全に切り分けられるまで、脳に聞こえる音や触られた感触などは伝わるようになっている。
祭壇の階段を上がる。
一歩の感触を確かめながら。
君の前に来る。本当に、美しい顔だった。
「ごめんね、そしてありがとう」
小声でそう君に言う。
無理やりだけど笑顔を作って、
最後に、まだ一度しかしていなかったキスをする。
気のせいだろうけど、君が笑った気がした。
君の体にナイフが入り、丁寧に、君に傷をつけていく。僕の心にも、傷がついていった。
心臓を渡される。今にも泣きそうになるけれど、ここで泣いたら「あれほどありがたいと思っている」と勘違いされるだけだろう。
一口目を、口に運ぶ。ついさっきまでは動いていたはずの心臓。
君の温もりを、手から口へと。
「食べる」ということは、「命を頂く」行為なのだと、あらためて思い知らされた。
だって、涙が止まらないから。
君への感謝か、君への謝罪か、それはよくわからない。
心が満たされていく。それと同時に、心に穴が開いてしまうようで。
ものを食べる。生きるためのエネルギーを蓄える、大事な行為。
「食べる」ということは、「命を頂く」行為。
現実には何か手を加えた、もしくは加えていない「食材」を手や道具を使って口元まで運び、体内に入れるという、それだけの動作にすぎない。
それなのに、それだけのことなのに、いや、それだけのことだから。
涙が、止まらないんだ。
涙が、溢れてくるんだよ。
君はもう、小さなかわいいピンクの肉片になってしまった。
僕はまだ、食べられずにいる。