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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第四十九話 天を衝く 一

「この世の膿は――」


 この部屋が【会議室】としての機能を十全に果たせなくなってから数分が経っていた。

 既に部屋と呼ぶのも躊躇われるほど、壁という壁は穿たれていた。その原因となった骨の様な根は、納得いっているのか、いないのか。今もなおその場を彷徨いながら新たな獲物を探していた。


「――人か、死蟲か」


 四方を壁で覆われた空間を部屋というのなら、既にこの場はそんな名では無くなっているだろう。金網で覆われていたほうがまだ、体裁を保っていられるだろうとさえ、思えるような空間で、尸高校の校長たる六道は悠然と喉を震わせる。


「答えは、どちらもだ」

 短く刈り切られた頭部をゆっくりと撫で、荒れ果てた壁に目線をやる六道。

 安っぽいパイプ椅子に深く腰を掛け、口の端から洩れる吐息には幾分かの苛立ちが含まれていた。


「互いが互いにとっての膿だ。だからこそ相手を切り落とそうと躍起になる。身体から、いや世から見れば、どちらも腐った部分であることには変わりはしない。どちらも残ってしまってはいけない部分なのだ」


 零れ落ちた苛立ちを回収するように深く静かに息を吸い込み、深呼吸を繰り返す。吐き出された苛立ちは再び肺の中で循環し、一層にも増して口から放出される。


「人にとって一番惜しいと思うものは何だと思う、対馬?」


 荒れ果てた空間に一人、立ち尽くしている男がいた。八夜千草と同じクラスであり、また同じ生徒会メンバーでもある阿南対馬。


 彼は今、一言では言い表せることのできない感情を抱いていた。それは、顔にも身体にも表面には出ておらず、彼の深層の中でくつくつと煮詰められていた。


 対馬に対し問いかけたものの、返ってくる事を端から期待などしていなかった六道は答を待つこともなく口を開いた。


「最愛の人間だよ。最も大切な人間の命だ。人は、大切な人間の為なら自身の命すら投げ捨てる。勿論世の中には自信が一番というものも少なからずいるが、な」


 皺の寄せ集まった目じりを指でなぞると、目の先を対馬へと向ける。


「全くどうして、上手くいかないものだ。私の中での彼は、そこまで自身の命に執着はしていないはずだったんだがな。なかなか、欲があるようだ」


 口から出る苛立ちが増す。ただ、息を吐いて、口を動かしているだけだというのに、圧にも似た重たい何かが対馬の身体にゆっくりと圧し掛かっている様であった。




「あぁ、そうだろうな。あんたには千草の事は分かりっこない」


 能面の様にぴくりとも表情を変えずに言葉を吐く対馬。圧し掛かる重圧を歯牙にもかけず、ただ真っすぐと、その目は六道の目と相対していた。


「あんたの様な人間には死んでも分からない。俺や千草の事は。丕業を持ったことで苦しんでいる人間の事は」


 ここで逸らせば何かが零れ落ちるような確信が対馬にはあった。だからこそこの目は、顔は、身体は無理強いをしなければならない。



「くっ......くっはは、はっはっは!!!」

 隙間風すらも大仰に聞こえるこの空間に、初老の男の笑い声が響き渡る。この建物ごと振動で倒壊するのではないかと錯覚するほど芯にまで響く声。


「私には分からない、だと?。冗談の腕を上げたようだな対馬。教え子の成長が見られて涙が零れそうだ......ふふ......はっは......まぁ、欠片も面白くはないがな」


 突然、対馬の身体は何か強い力で襟元を掴まれ左側へ吹き飛ばされる。

 


――瞬きさえ、止めていた。



 対馬には何かが来る予想が出来ていた―その為の回避すら思考の片隅で顔を覗かせていた―筈がそれすらも置き去りに体は宙を舞い、派手な音を立ててパイプ椅子を巻き込みながら壁へと打ち付けられる。


「がぁッ!!」


 一瞬の最中、対馬の思考には様々な疑問が溢れていた。何故、何が、どこから、いつの間に、どうやって――。


 しかし、その悉くを頭に散らばる破片と共にふるい落とし、眼前で腰かけている六道に向かって駆けた。


「欲に塗れた怪物が!」

 六道の元まであと一歩という所で既に対馬の丕業は発現しており、両腕は黒曜石の様に鈍く光を反射していた。


 右腕を大きく振りかぶり、渾身の一撃を見舞う。が、その行動を予期していたかのように六道は軽く首をひねっただけでそれを回避していた。


「なっ!?」


「おいおい、そこまで驚くな。そもそもお前に教示していたのは他でもない私だろう?こんな大振り、目を閉じていても分かる」


 空を切る対馬の右手首をつかむと、悠々と放り投げ、その場から立つこともなく大柄の対馬を崩した。



赫至赫灼かくちかくしゃく。まるでお前の憎悪を燃料に燃え続ける焔の様だ。美しさすら覚えるよ。お前の憎悪は綺麗だ」


「黙れ!黙れ黙れ!美しいだと?ふざけるな!」


「そう照れるな。誇るべきものだ」


 震える足を手で支えながら立ち上がる対馬。六道と対馬は長机を挟み対峙するような形で互いに顔を向ける。


「あんたが全部仕掛けたんだろう?前回京都に行ったとき、奴らと話を付けた。千草の事も全部話したんだ。そして、千草の略奪を黙認する代わりに莫大な資金を貰った」

 口の端に苦しいものを咥えたような顔で対馬は口を開いた。


「けれど参華咒とアンタの思惑は失敗する。俺が生徒会の人達に打ち明けたからな。俺とアンタの関係も全て」



「正直に言って怖いさ、あの人達は優しいからな。きっと黙っていた事を責めたりはしない。だからこそ、俺には怖い。結果的に見れば、あの人たちを使って参華咒とやり合おうってんだからな。もしかしたら誰かが死ぬかもしれない。そうでなくとも大怪我を負うかもしれない......」


 



「だが」



「絶対に千草は助ける。それが尸高校生徒会の総意だ」


 つまらないものでも眺める様に六道は目を細め、対馬の頭からつま先を見て回す。


「総意......か。その言葉には幾分か間違いがあるが......まぁ良いだろう。で、どうする?この尸高校の校長たる私をその手で殺すのか?かつての師を、その手で?一体何の権利を持ってしてその裁きを下す。」




「殺す?裁く?アンタ、勘違いするなよ」


「では、どうすると?」


「この手で一発ぶん殴る。ただそれだけだ」


 長机を下から蹴り上げると同時に六道の視線から対馬は姿を消す。打ち上げられた机は六道の視線を遮りながら顔に向けてその身体を投げ捨てた。


 迫りくる机をしゃがみ回避すると、同じく姿勢を低くして待ち構えていた対馬が足を払いに来る。


「舐めるな」

 払いに来た足を右腕で塞き止め、体制を整える。と同時に六道の左腕は対馬の手首を捕らえていた。




(ありえない!あの体制から俺の手首まで届くわけがない!さっきもそうだった。まるで手が伸びているかのように......)


 有無を言わさず掴んだ手を強く握りしめる。ミシミシと骨に響く音を立てながら対馬の腕は震えていた。


「困惑しているな対馬。私の丕業をずっと秘匿していたからな。だがまぁ知れたところであまり意味はない。全ては夜辺亡を殺す事。ただその一点に注がれる」


「ぐぅ......そういえばアンタのそんな会話をした覚えは無いな。いつもいつも......っ......俺の事ばかりで、アンタの話は一度もした覚えは無かった。何故だ!そんなに金が欲しいのか!アンタの城であるこの学校は!今アンタ自身の行いで壊滅している!欲のせいで!」



「この学校が機能しなくなったとて、私はそれでも構わない。言っただろう?私の目標はただ一つ。夜辺亡の確殺。ここはあくまでその為の道具の一つに過ぎない。もしこの学校が潰れるというならそれまでだ。私は同士達と共に姿を隠すだけだ。なんならお前もついてくるか?」


 何一つ自身の行いに恥じ入ることのない目で、その目で、六道は対馬の瞳に問いかける。


「アンタはそういう人間だったんだな。無頓着だと昔は思っていた。けど違う。アンタは執着し過ぎているんだ。他の全てを投げ捨ててでもその本懐を遂げるまで他に情を移さない。あぁ......天秤は壊れていたんだ」


 皮肉気に頬をつりあがらせると、六道の顔に向けて唾を吐き捨てる。


「まだ終わっちゃいねーぞ。アンタに一発ぶち込むまでな」


「おもしろい。やって見せろ対馬!」





――互いが動こうとした、その刹那。両者の足元が白く輝きを増し、爆ぜた。


「この丕業は......」

 もはや入り口とも呼べない場所に対馬が目を向けると、そこに一人の生徒が肩から血を流しながら立っていた。




「俺はよぉ、あんまり頭はよくねーから、誰がどんな思惑で何をしているかなんてわかっちゃいねー。けど、こいつがこの学校を!会長が大切にしているこの学校を危険な目に曝して、阿南はそれを一発ぶん殴ろうって言ってる。なるほどわかりやすいじゃねーか、なぁ!乗ったぜその話」


 一目見ただけで、怒髪天を衝いている様相の男子高校生が、憎げに六道をその目に映していた。


「白間慶仁か」

 

 掴んでいた対馬の腕を離し、二人と対峙する六道。



「尸高校の生徒会にはいささか問題児が多すぎるようだ」

 

「校長は、アンタだぜ?知らなかったのかよ」

 

 肩の怪我を気にする素振りもないままに、彼は白光と共に爆風を背負い阿南対馬の横に並んだ。今ここに尸高校生徒会の二人が揃った。


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