第三十話 転校生
体育館の舞台上で教頭の奇兵が口を開く。
「本日から姉妹校である躯高校との交流会が試験的ではありますが実施されます。今回の目的は生徒同士の交流が主ですので皆さん是非とも
躯高校の生徒たちと友好を交わして頂きたい。また、躯高校の生徒たちも普段の学校生活通りとは言えませんがこの尸高校で自由に過ごしてください」
数百の生徒たちの前で滞りなくそう告げると、次に件の生徒たちの紹介に移る。
「今回来ていただいた躯高校の生徒は二年の飛鳥井郡さん、一年の我孫子 八尾さん、土師ノ 邦君の三名です。
それでは代表者の飛鳥井さんに軽く自己紹介をしていただきましょう」
言い終えると奇兵教頭は目線を舞台袖に送り、登場を促す。その合図と共に姿を現したのは今朝、確かに俺の耳中を舌で撫ぜたあの飛鳥井先輩を筆頭に
三人の生徒が姿を現す。
黒に近しい濃紺のブレザーに身を包み、変わらず赤黒い髪を振りまき舞台中央のマイクへ向かう。
美少女と言っても差し支えない生徒の登場に舞台下に集まる生徒たちがざわつき喧騒が広がる。マイク前に立ったものの未だ鳴りやまぬ喧騒に飛鳥井先輩は口を開かない。その目線はどうにも、何かを探している様にも見て取れた。
――キィィン。
突如マイクがハウリングを起こし生徒たちの喧騒で埋め尽くされていたこの体育館を高音で上塗りする。
湯がスッと冷めるかのように、落ち着きを取り戻したこの体育館に甘い蠱惑した声がスピーカーから溶けだす。
「初めまして、尸高校のみなさん。躯高校二年の飛鳥井郡といいます。本日はお招きいただきありがとうございます。今日からしばらくの間皆さんと共に生活を共にし、交流を深められればええなぁって思ってます。あぁ、訛りがでてまうのは堪忍してくださいね?」
静まり返る体育館に飛鳥井先輩の声だけが反芻する。その声を聞くとどうも今朝の出来事を彷彿とさせるため落ち着かない。
挨拶を終え、頭をさげると一拍遅れでどこからか拍手が漏れ出し、決壊したダムのように止めどなく拍手が力いっぱい広がってゆく。
人は見かけで判断するものではない、人は外見だけじゃないといったのは誰だったか。
確かに中身も重要だろう。けれど人の第一印象というものはまず見た目からだ。その次に中身なのだ。
外見がだめならそもそもスタート地点にすら立てない。人は外見ではなく中身だ、といった人はきっと外見においても苦労することは無かったのだろう。
飛鳥井先輩の美貌に興奮している周りの生徒たちを尻目に俺は益体もない皮肉を胸の内に秘め、以前より広がった灰色の髪を撫でた。
* *
その後教室に戻ってきたが話題はやはり躯高校、ひいては飛鳥井先輩のことで持ちきりであった。
「あの女の子滅茶苦茶かわいくないか!?」
「あぁ、声もかわいかったしな」
「それにみたかよあの胸!あの低身長からのギャップがたまらん!」
「関西弁?京都弁?もいいよなー。はぁ、やっぱあんなに可愛かったら彼氏の一人二人、当たり前にいるんだろうな」
クラス中の男子は口を開けば飛鳥井先輩の事を喋っている。女子が気持ち悪そうに怪訝な目で見ていることにもあまり気が付いていないようだ。
「なぁ千草、なんかあったか」
自分の机で寝たふりをしつつ教室を観察していると、ふいに俺の後ろから声がかかる。
「ん?阿南か。なんかってなんだよ?」
「あぁいや、今朝からどうもいつもと様子が違うように見えてな。腹でも下したか」
「馬鹿いえ、ぴんぴんしてるよ。まぁちょっとなくはなかったが別に大丈夫だよ」
「そうか?ならいいが......」
「阿南ーー!ちょっとこっち来いよ!あの美少女についてお前の意見が聞きたい!」
先ほどから輪になって飛鳥井先輩の話をしている男子グループに呼ばれ、阿南が離れる。
ゴミのように男子グループを見ていたクラスの女子たちが途端に目の色を輝かせ、阿南を見つめる。
つまりは、そういうことだ。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、各々が席に着いた所で伊織先生が教室の戸を開ける。
「うっす、おはよう。あー......まずお前らに大事な話がある」
教室に入ってきたと同時にこちらの顔色を伺うような素振りを見せる伊織先生。どうしたんだろうか。
「さっき朝礼でも説明があった通り、今日からしばらくうちの高校が躯高校の生徒を預かるのは知っているな?それでどこの教室に割り振るか話し合ったんだが本人の強い意志でこのA組になった。まぁ取りあえず入ってくれ」
先生の声に応じ、何者かが教室の戸を開く。
そこに居たのは、先ほど壇上で紹介されていた躯高校の一人。
「初めまして、我孫子八尾と言います。先ほどこちらの教頭先生からも紹介があったように、暫くこの尸高校でお世話になります。よろしくお願いします」
その人物の第一印象は堅物である。
スッと伸びた姿勢のまま教卓の前までやってくると簡素に自己紹介をし、深々と頭を下げた。腰まで伸びた艶やかな髪がその挙動で空中を撥ねる。
飛鳥井先輩の陰に隠れてあまり印象に残っていなかったが彼女もまた万人が惚れるような美貌を持ち合わせていた。
スッと伸びた鼻筋に涼やかな目元。伸びた髪も相まって大和撫子を体現しているかのような雰囲気であった。
ひとつ気になる点があるとすれば、彼女は女生徒用のスカートではなく、ズボンを履いていることである。だが、そのズボン姿も中々様になっている。脚も長くどこか中性的な様相は男子だけではなくクラスの女子をも虜にしている。
「あー......てなわけだ、仲良くやるように。んで我孫子の席なんだが......八夜の後ろ、だな」
今朝教室に入って来た時から机が一つ用意されていたがやはり、この為だったのか。というかなぜ俺の後ろなんだ。よりにもよって。
先生に指定された席へ悠然と歩を進める我孫子。その様はただ歩いているだけなのにここが何かの舞台上ではないかと錯覚させる。
席に着くや否や、我孫子が小声で俺に話しかける。
「やぁ、君が八夜君か。初めまして我孫子八尾という。よろしく」
先ほどまでの肩ぐるしい喋り方とは様相が変わりくだけた感じになっている。
「さっき知ったよその名前」
「ふふ、そうかい?君の話は先ほど郡さんから聞いている。あの人がここまで一人の人間に固執するのは中々見れたものじゃない。私とも仲良くなってもらえると嬉しんだがね」
「私とも、ってなんだよ。ッ別に俺はあの人と仲良くなった覚えはないんだが」
「君、捻くれてるね。よく言われないかい?」
「さぁ。そんな事言ってくれるような友人なんてあまり心当たり無いんで」
くすくすと、手を口に当てて綻ぶ我孫子は尚も話を続ける。
「まぁ、話はこれくらいにしておかないと先生に怒られそうだ。今日の昼休み、時間をくれないかい?」
「あ?なんでだよ」
「それはその時までのお楽しみさ。さぁ、授業が始まるみたいだよ」
言い終えると全くこちらに話しかけてこなくなった。
残念ながら一時間目の英語の授業は全くもって身が入らなかった。
これも我孫子のせいであろう。ちなみに俺の苦手科目は英語であるとここに記載しておく。




