第二十一話 血濡れ
この前の夜、俺が気絶した後、こいつが丕業を使ったというのは聞いている。巴会長が丕業で助けに入ってくれたとはいえ、相当数の死蟲はいた。
つまりこいつはそれだけ高威力、もしくは広範囲の丕業を持っているということ。更にさっきの周防先輩との会話。こいつは使う度に自身にダメージが残る。そこから導かれる白間の対処法は......
――接近戦。
半身しかこの鎧は纏えていない。おそらく剥き身に一撃でも貰えば俺はやられる。なら、奴の丕業を阻みつつの接近戦で決めるしかない。
「っおおおぉ!!」
不思議とこの鎧を纏っていてもその重さを感じない。材質が何であるかなんて俺の知ったことではないし、分かる術なんてないだろう。けれど頑丈さは織り込み済みだ。
「くそ!ずりーぞ八夜!離れやがれ!」
「根が怖がりなもんで!」
奴の徒手を払い、一歩踏み入る。どうやら阿南のように、自身の手足に発現するようなタイプではないらしい。すかさず繰り出される左足の蹴りを、鎧の纏わりついている右足で受ける。案の定打ち負かされているのは白間の方だ。
接近戦に持ち込んだは良いものの俺自身どうケリをつければいいか未だ答えは出ていない。生身の部分に攻撃を受けたらそれこそ終わりだ。
右半身しか発現していない分左側が俺の弱点だ。今は良いがそのうち、奴も死に物狂いで攻撃してくるはずだ。ならそのタイミングを狙うか?
自身の頭の中で様々なシミュレートを行う。だがそのどれもが勝利に結びつかない。俺はどうすればいい。どうすれば勝てる。考えろ、考えろ......
その一瞬の隙だった。
「八夜、確かに接近戦に持ち込むのはいい考えだが、俺が自分の弱点を放置したままにすると思ってんのか?」
白間が右足を踏み込む。続いてその踏みしめた地が白熱するかのように光り、揺れる。
「俺自身が傷を負うことは別に恥とは思っちゃいねーよ。この傷は自戒でもあんだよ」
――地が炸裂した。
大きな炸裂音を上げ、礫が下から上へ昇る。
礫が白間自身の皮膚を容易く裂き、その身にいくつもの赤い線が走る。
「ぐぅあッ!」
剥き出しの左半身に痛みが走る。礫だけでなく、その衝撃が伝わり俺の体躯は数秒の間宙を舞う。
クソ、自爆に出やがった。けれどこれで奴とは距離が出来てしまった。俺と白間の間はおおよそ五メートルほど。これは不味い。
「漸くだな!遠慮なく行かせてもらうぜ」
滴る血を気にも留めず、先ほどと同じように右足で地を強く踏みつける。だが一度ではなかった、何度も何度も地団駄を踏むかのように。
今度はその場で力が広がるのではなく、真っすぐこちらに向かい地の中を進んでいるようだ。
「そんなのありかよ!」
距離を保ったままの攻撃はこうも一方的なのかと強く思う。成す術もなく転がる様に横へ回避するがそれでも衝撃からは完全に避けきれず、余波で吹き飛ばされる。
二、三回程地を転がり漸く勢いをなくす俺の身体。何とか体制を立て直そうとするが思ったように身体が起き上がらない。
何とか膝を立て白間のほうを向くが、さっきよりも距離が開いてしまった。このままじゃあジリ貧だ。何とか距離を詰めなければ。
「俺が丕業を発現させたのは中一の頃だ。その頃から死蟲と戦ってきた訳じゃないが、それでも八夜よりかは経験がある。どうするギブか?」
白間が降伏勧告をしてきた。
不意に、弱音が覗きだす。
そもそも俺はついこの間までただクラスで浮いていた存在なんだ。なんでこんな痛い思いをしなきゃならないんだ。
おかしいだろう、だって俺なんかより強い奴なんていっぱい居るんだろう?俺なんかより......俺なんか...より。
いや、そういってこれまで逃げてきたんだ俺は。あの時この目を持つようになった時から。
あの時離れていった友達に、もう一度声をかけるのが怖かったんだ。色んな目で見てくる周りから逃げてきたんだ。きっと拒否される。そう思い込んで塞ぎ込んだんだ。自ら。
けれどここは違う。生徒会の皆は今までと違った。心地が良かった
クラスの奴らは未だ奇異な目で俺を見てくるけど、それは当たり前だ。俺が歩み寄らないからだ。
「ギブ?そんなカッコ悪いこと、できるかよ」
「諦めるのはカッコ悪いことじゃないと思うが?」
「言ったろ、根が怖がりだって。カッコ悪く思われるかもしれないだろ、そんなことしたら」
俺を見てくれた、生徒会の皆にそう思われるのは嫌だ。うん、これが一番しっくりくるな。
白間に向けて全力で走り出す。負傷した右側がズキズキと痛むが気にかけてはいられない。先ほどの連発が響いたのか、アイツの動きが緩慢になっている。
きっと白間自身も衝撃に耐えきれていなかったんだ。降伏勧告はあいつ自身の限界が近い証拠でもあるはず。なら......
「足元を!」
――狙う。
「お前も自爆かよ!?」
そう、足元に近づくのはデメリットが大きすぎる。この距離では俺がたどり着く前に、あいつが丕業を発現させる方が速い。それは分かってる。
「おらぁ!」
俺が足元にたどり着く瞬間、丕業を発現させる白間。セーブする余裕が無かったのかこれまでで一番大きく白く、光り輝く大地。
そう、こう来ることは分かっていた。恐らく決めにかかることも、真下に丕業を発現させることも。
だからこの瞬間、俺は一歩引き白間の真上に飛ぶ。
白光に包まれ炸裂する白間の足元。けれどその余波は俺に届くよりも前に白間自身を包む。
「なっ!?俺の上に!」
幸いこの鎧に重さは無い。だからこそこんなことが出来る。剥き出しの左側をかばう様に右側を盾にし自由落下に身をゆだねる。そしてそのまま手を、後頭部めがけて振るおうとしたその時。
「待った!ちょっと待ったーー!」
周防先輩の声が聞こえたかと思うと、俺はそのまま虚空をぶん殴り、地に身を打ち付ける。
「ごぇっ」
ひどい声が出た。いや、そんなことより待て、おかしい。
今、俺は白間の真上に飛んでそのまま落ちてきたはずだ。何でその白間が居ない!?
「いやぁ危ないところだった......君たち殺し合いをしてるわけじゃないんだよ?」
「これも周防先輩の力っすか?」
俺の真下にいたはずの白間が、少し離れたところで座り込んでそう問いかける。
「そうそう。まぁ応用だね。いやー極力介入するのは避けてたんだけど、最後のあれはお互いに不味かった」
顔に冷や汗をかきながらやってくる周防先輩。
「先輩が殺れっていったんじゃないすか」
「えなにこの子怖いよ......」
「それで周防先輩」
「ん?どうしたんだい八夜クン」
「それで、先輩から見て今のはどうだったんですか」
「んーそうだね。ギリギリ合格点ってところかな。二人とも。八夜クンは白間クンの弱点を見抜いてそこを攻めた、そこはよかったよ。けれどまだまだ丕業は不安定だし荒いね。
白間クンはもう少し間合いに入られた時の対処法を考えた方がいいね。けど前に比べて力の強弱がつくようになったのは大きな進歩だ。よって二人ともギリギリ合格」
「んだよまた決着つかなかったじゃねーか」
そう愚痴る白間。
「さて、そろそろ僕も限界だし、この辺で今日は解散しようか」
そういうと周防先輩が手を鳴らす。すると先ほどから校庭を覆っていた半透明のうねりを帯びたベールが縮小してゆき、元の校庭に戻った。
白間の丕業で砕けた地面は何事もなかったかのように元に戻ったが、俺たちの傷は残ったままであった。
「それじゃ帰る前に渚ちゃんの所に行こうか」
そういって保健室のほうへ歩き出す周防先輩。
「なぁ、こんな短時間であの人の所に戻るのかよ......いや、あのひといい人なんだけどな?なんていうか、目つきがな?捕食者のそれっていうか......」
並んで歩く白間がブツブツと小声で話しかけてくる。
「まぁ、確かに......」
白間に答える俺も曖昧な返事で顔を引きつらせる。
何事もなかったように、校庭で部活に勤しんでいる生徒を横目に俺たちは、渚ちゃんがいるであろう保健室へ向かう。
* *
そこにいたのはかつて様々な人を屠ってきた蟲であった。死蟲である。
その脚は容易く人の身体を引き裂き、またその強靭な顎は骨ごと人を貪った。その死蟲は人の血を好んで飲んでいた。
その死蟲は俗に言う飛蝗に近い身体を持っていた。ただ、その身体が二メートルほどあり二本足で優雅にアスファルトの上を行進していた。
この死蟲が脚を振り回せば、忽ち人は内臓をぶちまける血袋と化し、成す術もなく彼の大好きな血の海に溺れることとなる。
彼は、その瞬間がたまらなく好きだった。自身に似ても似つかない人間を凌辱するその瞬間が。得難い幸福をその瞬間に見出していた。
餌となる人間はそこらに我が物顔で蔓延っている。いつ死ぬかなど定義している様は滑稽極まりなかった。だからこそ殺して、飲んだ。
だがそんな彼にも上下関係というものがあった。逆らえぬ存在、産みの親である。そんな産みの親から一つ依頼をされた。
とある学校に入り、そこの生徒たちを殺してほしい、と。
何だそんな事か、と軽く落胆しつつも背くわけにもゆかず、言われたままに学校に侵入した。
だが、彼がその学校に脚を踏み入れた時、何者かによってその自慢の脚を切り落とされた。
何も知らされていなかった。ただ、その学校に侵入して生徒を殺せとしか言われていなかった。
自身の生みの親を疑うよりも先に、次いで首が落ちた。最期には自慢の脚を眺めながら彼は、意識を奈落に落とした。
「六道さんが言うわりには、あんまし大したことあらへんかったなぁ」
飛蝗に似た死骸の上に一人の少女が座る。
「郡お嬢様、衣服が汚れます」
白髪の髪を後頭部で結い、執事服に身を包む初老の男性がそう発する。初老といえど、鍛え上げられた全身は執事服を盛り上げ、そこにいるだけで周りを威圧するかのような存在感を醸し出していた。
彼自身決して憤ってはいないはずだが、どこか諫めるかのようなその言葉に少女は全くと言っていいほど
動じた様子はない。
「かまへんよぉ、こぉんな綺麗な血に染まるならこの服も本望ちゃうかなぁ」
間延びするかのような甘い鈴声が、静寂な辺りにどこまでも響く。




