第二十話 半端
丕業の強化、最優先はそれ。
生徒会の皆が協力してくれるんだ、一刻も早く力をつけなければならない。
「交流会とは言ったものの、具体的に何をするかはまだ決まってないみたいだね」
そう口にしたのは周防先輩。この尸高校の生徒会副会長。
男子にしては長い頭髪を後ろに束ね、常にマスクを装備している。本人曰く風邪ではないそうだ。が、あまり詮索するのもよくないだろう。糸目で飄々としてどこか掴みどころのない煙の様な人だ。
「丕業とは言ってもどういった形で現れるかは人それぞれだ、八夜クンのはどんな感じだった?」
「どんな......骨の鎧のような感じでした」
「骨の鎧、ね......丕業は強い思いが形になることが多いんだよ。とはいっても、何でもできるわけじゃない。京都の姉妹校では丕業の事を呪いとも言ってるそうだよ」
「呪いですか?」
「うん。昔から受け継がれる、血の呪い。実際、丕業は受け継がれるものだし、超常と言ってもいい。間違っちゃいないね」
「けど、俺亡くなった両親から特にそういった話は何も。祖母からも聞かされてません」
「そう。それこそ君が特殊だと言われる所以なんだよ。普通は誰かしら発現してるはずなんだ。悪いけれど君の家系を調べさせてもらった。結果、君の家系は一度も丕業を発現させていない」
この人、さらりと怖いことを言ったな。
「本当なら発現した親族に話を聞くのが一番良いんだけどね。イメージしやすいし。けれどそうもいかないとなると......」
「となると......?」
「丕業持ちの僕らとバトって発現のコツを掴もう!」
糸目をより細め、楽しそうにそういう周防先輩。
「分かりました」
「あれ、結構意欲的だね?ツッコミの一つぐらい来ると思ったけど」
「欲しいんですか」
「あぁ欲しいとも!」
意外とめんどくさい先輩だ。
「俺は、早くこの力を使いこなしたいんです。誘ってくれた伊織先生に、助けてくれた巴会長、渚ちゃんに少しでも借りを返したいとそう思ってます。その為に、俺がしなければならないことを、正しいと思う行動をとりたいんです。あいつと約束もしてしまったし」
「......その結果君が、それこそ死ぬ思いをしてでも?」
「それが、俺の正しいと思う行動ならば」
周防先輩が少しだけ目を開ける。マスクの下で、見えない口が動く。
「うん、ならば良し。早速特訓だ。ごめんね意気を削ぐようなことを言って」
「......いえ」
そういって俺たちは屋上から立ち去る。乾いた風が、長い周防先輩の髪を撫でる。
* *
屋上を出た俺たちはその足で校庭に向かった。放課後とはいっても今だ部活などに励む生徒たちが校庭を四方八方行き交い、俺たちの入るべく隙間は微塵もなさそうだ。
「周防先輩、校庭でやるには人が多すぎませんか?というか危ないんじゃ......」
「まぁまぁそこら辺は気にしないでも大丈夫さ。それで君と特訓してくれる相手だけれどそろそろ......あ、きた」
きょろきょろと辺りを見渡し、目的の人物を見つけたのかその人物に向けて手を振る。
「よう八夜!俺の出番だってな!」
禿げダルマこと白間であった。あの夜以来、妙にくっついてくるようになった。
「白間か、いいのか。俺の相手をして」
「んだよ、ダチの特訓に付き合うのは当然だろう!というかそういうの一度してみたかったんだよ!頼む、手伝わせてくれ!」
本音が少し漏れてしまっているが、俺は純粋にその気持ちが嬉しかった。
「こちらこそ、だ。で周防先輩。特訓とはいえ何をするんですか?」
「ん?殴り合い。勿論丕業を使っての、ね」
周防先輩がにこやかにそう告げると、辺りが湾曲する。比喩ではなく、この現実が波を打つ。空間のうねりが、徐々に広がってゆき校庭をすっぽり覆うとその勢いを止める。
部活に励む生徒たちは何事もないかのように、変わらず練習に精を出している。
「周防先輩、これは......」
「これが僕の丕業。詳しくは秘密だけれど、これで君たちがどれだけ暴れようとこの場から出ない限り他の生徒たちは君たちに気が付かないし、影響を及ぼさない。まぁ隔離された空間だと思っていいよ」
「すごっ」
白間も初めて見たのか、感嘆の声を上げている。
「この特訓、八夜クンはもちろんだけど、白間クンにとっても必要なことだからね」
「俺も?」
「君、未だ発現の度に自壊してるだろ?それじゃあこれからは大変だよ。逐一渚ちゃんが治してくれるから今はいいけれど、これから先、居ないことのほうが多い。そんな時毎回一発撃って終わりってわけにもいかないじゃないか。だから、君も特訓だ」
「うっす!」
パシッと手を打ち付け気合を入れる白間。俺も深呼吸をして、望む。
「あの時の再戦だ八夜ァ!今度は丕業ありの真剣勝負で行こうや」
「再戦にしては早すぎるな」
「そこは流せよ」
「......けど、そうだな。理由は変わったが、あの時の決着をつけよう」
「おう」
周囲の音が耳に入らない。これは周防先輩の丕業によるものなのか、集中していて耳に入っていないだけなのか。今はどっちでもいい。あの死蟲を容易く引き裂いた丕業を人に向けるのは確かに怖い。けれどそれも込みで特訓なのだろう。いざとなれば渚ちゃんもいる。
今俺が気を向けるべきは、己の丕業。そしてその根幹であろう右目。またあの夜のようにミシミシと押し返すような感触がある。けれど激痛は、ない。
これならいけるかもしれない。
あの時俺に囁いた影はなりを潜めて何も言ってこない。けれど、あの時あいつは言ったのだ。ならば後はこの右目に集中すれば自ずと......
すぅと右目から涙が零れ落ちる気配がした。それは頬を伝い、あごに向かい地に落ちる深紅の涙。次いでその跡が乾く音がする。パキリと乾いた音を立て、その筋から肌を伝うように根が延びる。根が顔を半分覆い、硬質してゆく。あの夜となんら変わらない己の変質。
だが、身体を半分ほど覆ったところでその灰色の根は動きを止めた。右目を中心に、身体全体の半分程しかその根は覆っていなかった。
俺がまだ使いこなせてないからか?
けれど今はどうしようもない。このまま白間と相対するだけだ。
「お、出たなそれ。相変わらずなんかカッコいいな、悪役っぽくて」
「ほっとけ」
歪んだ静寂な校庭で、半身の灰鎧姿の俺は白間に向け駆り出す。




