第十八話 加入
昨日起こった尸高校襲撃事件。その翌日、緊急で朝礼が行われた。とはいっても学校側は最初から説明する気がないのか、学校に不審者が侵入し警備員の一人が殺された事実だけ言い、この朝礼は幕を閉めた。僅か五分にも満たない、説明とも言えない教頭の話。
勿論生徒たちはそのことに不満を、不安を抱いただろう。朝何事もなく登校した生徒達がまず目にするのは荒れ果てた校内。まるで巨大な重機が暴れたかのように地は荒れ、こびり付いた血痕は未だ生々しく、残っているのだ。
それでも学校側は頑なに説明しようとしない。俺が気にすることではないが、ここに通わせることに疑問を持つ親も出てくるのではないだろうか。
幾人もの生徒が互いに何が起こったのか推論を冗談交じりに立てながら体育館を後にする。その中には恐怖心で顔が青くなっているものも少なくはない。俺だって当事者ではあるもののどう説明すればいいか
見当もつかない。
そもそも死蟲や丕業といった話は秘匿されている。けれど、その上手い言い訳を思いつくことなんかできないだろう。あれは超常の力なのだ。
例え今日の朝礼でその話を持ち掛けたところで、知らない者から聞くと馬鹿にされているとしか思えない。それならば、知らぬ存ぜぬで押し通したほうが幾許かマシなのかもしれない。
そんな思考に耽りながらも、体育館を後にした俺は自身の教室を目指す。本来ならば一限目は世界史であったのだが、昨日のこともあり自習になっている。渚ちゃんの提案により、治療がてら学校に泊り、
そのことをほかの生徒にばれないようあたかも早朝に登校したふりをして教室で座り込んでいたものだから、今にも睡魔に負けそうではあった。
丁度いい、この自習を利用して仮眠するか。
俺自身決して品行方正な生徒ではない。けれど堂々と授業を抜け出してサボるような度胸もない。どうせクラスの奴らも、予習とは名ばかりに友人と昨日の事についてあれやこれやと、話に花を咲かせることだろう。俺一人寝ていたって誰にも咎められやしない。
一限目の有意義な使い方を画策した俺は、たどり着いた自身の教室の戸を引こうとする。が、何故だかわからないが、ものすごく嫌な予感がした。
別に靴ひもが千切れているわけでもない。誰かにもらったアクセサリーが砕けたわけでもない。そもそも他人からアクセサリーをプレゼントされた覚えはないし、この学校の室内靴に紐はない。
では、なんだこの体の中心が重くなる感覚は。まるでその戸を引くなと、そう警鐘を鳴らしているようだ。だがいつまでもこうしてはいられない。ほとんどの生徒たちは自身の教室へ戻り、授業の準備をしている。早く入らなくては。
意を決して、戸を引く。そこで目にした驚愕たる現実。
「なんでお前がいんの......」
昨日より一夜を共に過ごした白間が、俺の席に座っていた。
この高校生活において、二番目の窮地に陥っているかも知れない。
「おお!八夜!まってたぜ!」
まるで、往年の友を待っていたかのように、大声をあげこちらの手を振るスキンヘッド。
「まてまて、お前ここのクラスじゃないだろ......自分の教室に帰れよ」
「そんなこと言うなよ!一緒に寝た仲だろうが!」
八夜千草は特に運動能力に優れているわけではなかった。スポーツテストでもずば抜けて良いものなど一つもなく、走ることも、球技も特に楽しいと思ったことはない。
体育の時間で、ペアを作るときは必然的に教師と組んでいたし、苦手な授業は仮病を使って休んだりもした。
そんな俺が、自身のたいして鍛えあげていない身体をフル活用して、白間の首根っこを持ち教室を出た。特にあてもなく、気が付けばいつも昼食をとっていたスペースまで来ていた。
「ちょ、おい八夜!苦しいから離せよ!」
「ちょっと黙ってろ禿げダルマ」
我を忘れて教室を飛び出したが、我ながら良い判断だと言わざるを得なかった。自画自賛したい。
あのまま教室でこいつと話していると、ただでさえ腫れもの扱いの俺がもっと酷いことになっていただろう。
「お前な、一年の中でも腫物扱いで有名な俺とお前が教室で駄弁ってるなんてありえないだろう......」
「そうか?俺はどうでもいいが、お前はそういうの気にするのか?」
白間の問いにすぐに言い返せなかった。
「いや......今更体裁なんて気にする必要はなかったな」
「どっちだよ......」
「それより、俺に何か用があったのか?」
「いや、用っていうか、暇だから?」
「暇って、お前な......」
「お!いたいた」
白間に呆れていると、後ろから声がかかる。
「なんとなくここにいる気がしたんだ。昼飯ここで食ってたの見かけたし」
にこやかな笑みを浮かべながら阿南がこちらにやってくる。
「おい、優等生が俺らに何の用だよ」
「え、あれ?お前らそんなに仲良かったっけ?喧嘩の続きでもするのかと思って、ついてきたんだけど......」
「うるせー!俺と八夜はな死線を潜りあった仲なんだよ」
「そうなの千草?」
「死線を潜りぬけたのは間違いないが、それだけだ」
「お前結構薄情だよな八夜」
少し落ち込む素振りを見せる白間。
「ということはやっぱり昨日の、二人が関係してるのか」
一瞬黙っているべきか逡巡したが、死蟲や丕業について俺よりも詳しい阿南の事だ、黙っていても分かることだろう。早々に昨日のあらましを伝えた。
「そうか。この学校にな......」
思案する阿南。心当たりでもあるのだろうか。
「それよりも、千草。丕業が使えるようになったんだな」
「あぁ、意図して使えるかどうかはわからんが」
「そうか......あんまり無理するなよ」
阿南がどこか沈痛な面持ちでそう呟く。時々阿南はこのようにふと、ほの暗い影を背負う時がある。それは純粋な心配からくるものなのか、あるいは何かを言おうとして、踏み止めているのか。
「んでよ、結局お前ら二人とも生徒会に入んねーのか?」
「俺は......会長に借りがある。それを返したいとは思っている」
その言葉に嘘はない。責任を感じている会長からすればいい迷惑かも知れないが、今更無関係で高校生活を続けようとは思わない。
「千草がそういうなら、俺もついていくよ」
「まぁ、今更俺はあーだこーだ言わねーよ。八夜の力はこの目で直に見たわけだしなぁ」
「俺はいいのか?」
「てめーは言われなくても知ってる。丕業持ちの奴なら知らねー奴のが少ないだろう、阿南対馬」
今更ながら、俺はこの阿南対馬という人物についてほとんど知らないというわけか。
「んで、結局一限目サボってこんなとこで何してんだよ。野郎が三人も集まって」
俺でも、白間でも、阿南でもない声が、風で擦れる木々の音と共に耳に届く。
「げっ!!伊織先生!!」
「お前ら揃いも揃ってサボってんじゃねーよ。俺が怒られるじゃねぇか」
紫煙と共に長髪の男が割り込んでくる。
「八夜、怪我は残ってないようだな」
「えぇ、まぁお陰様で」
「渚の奴に感謝しろよ。あいつがいなけりゃお前の身体、半分程しか残ってなかったぞ」
「八夜そんなに重症だったのか!?」
せっかく隠していた俺自身の怪我について、あっさりとこの教師は暴露してくれた。
「ンなことより、八夜、阿南。お前ら生徒会に入るんだな?」
普段、やる気の欠片さえその目に宿さない伊織先生が、その目を見開きこちらを見据え、問う。
「「はい」」
互いにその目線を受け止め、返す。
「よし、なら早速仕事だ一年共」
先ほどのいつになく真剣な顔はどこかへ消え失せ、巧まざる笑顔を携え煙草の煙を吐く伊織先生に、少しばかり遅い悔恨を感じる。




