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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第十五話 枝


 私立 かばね 高校の職員は皆朝から浮かない顔をしていた。なぜなら昨晩、何者かに同僚が無残に殺害され、この学校に一時的とはいえ死蟲が跋扈していたからである。


 いくら死蟲に対抗する術があるからと言って、今日明日自身が殺され兼ねない現状に現を抜かしている場合ではない。そこで翌日、生徒らが登校するよりも前に教師一同で会議を開くこととなった。


「先ずは、事件のあらましを当事者でもある生徒会長の巴君に話してもらいたい」

 開口一番そう言い放ったのは尸高校の教頭の奇兵きへいであった。


「昨日夜八時頃私はこの学校に来ていました。そこで、草陰に隠されていた当日警備を担当していた茂瀬先生の遺体を発見しました。急ぎ確認しましたがその時には既に校内の設備は破壊されていて、死蟲が侵入していた後でした。その後生徒会メンバーである白間一年生を呼び、この掃討に当たりました。死蟲の数は数十を超えていたと思います。形状はダンゴ虫に似たもので、自身を硬化させ鉄砲の様に縦横無尽に飛び回っていました。たまたまその場にいた八夜一年生が負傷し、非常勤講師である渚先生に救護を要求し一命をとり止めました」


 ざっと昨夜の出来事を説明した巴は、その場で直立したまま、教頭の次の言葉を待っていた。


「ありがとう巴君。席に着きたまえ。殺された茂瀬先生の死体は実際にこの目で見ているし、ほかの先生方も校庭の惨状を目の当たりにしている筈です。先ずはここまでで誰か質問は?」

 眼鏡のズレを直しつつ、良く通る声でほかの先生を見回す奇兵。


「そもそもなぜその時間帯に巴会長はその場にいたのですかな?それに八夜とかいう一年も。私とて自身の可愛い教え子たちを疑いたくはないですが、これはどう説明させるんでしょうね?」


 嫌味たらしく、そう主張する人物が一人声を上げるとそれにつられ、幾人かの教師が同意の声を上げる。


「くっだらねえ」

 周りに聞こえるほど大きな音量でそう愚痴る一人の教師。


「その巴がいたからこの間抜けな学校は何とかなったんだろうが。茂瀬には悪いがな」

 だるそうに机の上に膝をつき煙草をふかす伊織と、その煙草の煙に顔を顰めつつ口を開く渚。

「流石に茂瀬ちゃんは私でもどうしようもなかったわね......」


 そんな二人に先ほど発言したであろう教師が、苛立たし気に席を立ち声を荒げる。

「そこはもちろん評価していますよ!けれどね、夜に生徒二人が学校に侵入していたのが問題なんですよ!それも生徒会ならまだしも一人は()()()()()ですよ!」


「ぎゃーぎゃーうるせえ......ついでに言うがその八夜って一年も()()()だ、俺が誘った。んで丕業の特訓に巴をつけたんだが。まだ何か?」

 姿勢を一つも変えず、目線だけをその憤った教師に向ける伊織。その伊織に対して臆したのか声を落とし返答する。


「い、伊織先生がそう仰るのならそれで納得しましょう」

 すごすごと定位置に戻るのを待ち、再び奇兵が口を開く。


「よろしいですか?それで本題なのですが――」


「伊織先生、その八夜という一年生は例の?」

「ッ......えぇ」


 教頭の話を折るかのように発言したのは、この学校の頂点である校長の六道りくどうであった。

 話をふられた伊織は先ほどの様子と変わり、言葉を詰まらせながらも答える。


「教頭先生、失礼した。続けて」


「はい、本題ですが、まずその侵入してきた犯人を特定できる証拠がない為、現状は放置でいきたいと思います。ただ、私含め幾人かの先生方にはご協力いただき、情報を集めたいと思います。そして、もう一つ。丕業の持つ生徒の強化。これは時間が限られている我々に変わり、生徒にもこれからは死蟲との戦いに積極的に参加してもらおうかと。勿論大切な教え子たちを戦火に巻き込むのは忍びないですが、彼ら自身の身を守るためでもあるのです。ご理解いただきたい。」




「......だろうな」

 吐き捨てる様に小声で呟く伊織のその吐露に、渚は優し気な顔で耳打ちする。


「不安なんでしょ生徒会の子たちが。大丈夫よ私も出来る限り協力するから」

「ありがたいこった」


 そういうと伊織は煙草を煙を思いっきり渚の顔に吐きつける。けれど、長年の付き合いでこれが照れ隠しなのだとわかっている渚は微笑みながら、その煙を甘んじて受ける。


「これからの方針をまとめた書類を、先生方に後ほどお渡ししますので目を通しておいてください。今日はこれで」

 そう言い放ち礼をすると部屋から出てゆく奇兵教頭。それに倣い次々と教室から人が出てゆく。


「さぁてと、あいつら見に行くか......」

「八夜ちゃんならもう大丈夫そうだったわよ。白間って子も。今年の一年はみんなタフね!いいわ!」

 たくましい腕を大仰に振りながら保健室を目指す渚を、ゆったりとした足取りでついてゆく伊織。




 そして、一人だけとなった六道が厳かにその口を開く。


「して、君はどういった用件でこの会議を見守っていたわけかね?」

 六道ただ一人しかいないはずの部屋の隅で、空間がゆがむ。


「こいつは驚いた。やっぱただもんじゃねぇなあんた。いつから気が付いた、とかそんな事は聞かんよ。どうせ初めからわかって黙っていたんだろう」


「この老体の質問に答えてはくれんのかね?」


「老体?あんたが?笑わせる。他の教師どもが束になってもあんたには敵わんだろう。それと、その問いに答えよう。俺はただただ命令されて見に来ただけだよこの学校を」


「ふむ、ただの学校見学というわけでもあるまい、その風貌で。意思疎通の出来る死蟲とは珍しいな」

「珍しいだけで、いないでもないさ、他にも。ただ俺が擬態に特化しているから選ばれた、ただそれだけさ。まぁアンタにはばれていたようだが」

「選ばれた、か」


「けど、この学校もてんでダメだな。さっきこの場にいた教師でも実際戦えるような奴らは数人ぐらいしかいなかった。あの人は何を怯えてるのか全く」


「も、ということは京都の方にも君のお仲間が行ったのか?」


「ああそうさ、ここの姉妹校にも行ってる。敵情視察を兼ねてな。尸はあんたみたいな化け物がいるからこのまま引き下がるが、京都のほうはどうだろうな?はなから潰す気で行ったんじゃないかな、あいつは」





「なるほど、本腰を入れて動き始めたわけか夜辺亡(よるべなき)の奴は」

「っ!?......あんたらも探りを入れてたって事か」





「当たり前だろ馬鹿が」

 部屋の隅で六道と問答をしていた空間の歪みが切断される。

 ぽとり、と面長な蟲の顔が驚愕に彩られたまま地に伏す。

「おま、おまあえ、ええええ、、え?」


 皮の椅子に腰を落ち着け、こちらを向かぬまま言葉のやり取りをしていた校長たる六道の仕業ではない、断じて。では。


 首と別れを告げた胴体、その陰から一人の人間が、這い出てくる。




「すんませんね、もうこれ以上は無意味かと」


「いや、こちらこそすまないね。この死蟲がいる状態で、君のかわいい教え子について聞くのは無粋だったかな伊織先生」


「別に、どーでも。ただ、こいつは俺が処理しますが構いませんね」


 陰から這い出てきた伊織は死蟲に向け腰に吊るしていた小さな鉄鎚を手に取り振るう。

 打ち付けられた死蟲の身体は、そのまま奈落に落ちるかのように影に飲み込まれていった。


「伊織先生、これから私は京都の高校に行って話をつけてこようと思う」

「それは、あの話ですか?」

「そうだ。あぁ、向こうの学校の心配はしなくても大丈夫。教師が少ないとはいえ、彼女らがいるからね」


「その点については何も心配なんかしてないですよ」

「そうか?それじゃあ早速行ってくるから、その間この学校を頼むよ」

 初老の男性とは思えないほど精悍な身体を起こし、部屋を出てゆく六道。




「めんどくせーことになりそうだな」

 今度こそ誰も居なくなった部屋で新たな煙草を燻る伊織。



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