第十話 言い訳
「気が付いた時には家のベッドの上にいた。両親は俺が目を覚ましたことに気付くと、抱きしめてくれた。姉の事は何も言わず。俺自身の両手の事にも触れず。どうやら帰りの遅い俺たちを心配して両親が店に電話してくれていたらしい。店主も俺たちが出て行ったことを確認していたからどこかで迷っていると思い、警察に連絡したんだ。発見されたのは気を失ってからそう時間は経っていないようだった」
眉間にしわを寄せ、そう語る阿南。
こいつにも姉がいたのか。そしてその姉は行方が知れず。
どことなく共通点があった俺たちは、けれども互いを同情しているわけではないだろう。ただ何となく気になった、そんなところか。
「それが、お前の間違った選択か」
「あぁ、あの時手を離すべきではなかったんだ。この腕が千切れてでも引き留めるべきだった。そうすれば今日までこんな後悔を引き摺ることはなかっただろう。もう遅いけれど」
しばしの沈黙が場を支配する。この教室にいるのは俺達しかいない。つまりどちらかが話し出さない限りこの沈黙はずっとずっと居座り続けるだろう、愉快な笑みを浮かべて。
なんて声を出せばいいのかわからなかった。どうしようもなかったんじゃないのか、死蟲が元凶であってお前が気にすることではない、そんな言葉は必要ないだろう。どうしようもないことだって、そんなわけはない。実際何か別の道があったはずだ。大声を上げるなり、助けを呼ぶなり。けれど阿南はそれが出来なかった。それこそが後悔なんだろう。
こいつにかけるべき言葉、それは。
「ずっと後悔してるんだろうその選択を。だったらその選択の末に、お前が納得出来る結果を今からでも見つけろよ。その後であの時は最良ではなかったけど、最善を選んだんだと、過去のお前に言い訳しろよ」
結局自分に都合のいいよう言い訳するしかない。それで納得できるのであれば、越したことはないはずだ。
「言い訳......そうだな、そうしよう。俺自身が納得できる言い訳を」
未だこいつとの距離感はわからないが、命を救った相手に対して不義理なことはしたくない。それは俺がこいつとの関係を断ちたくないと、少なからず思っているからなのか。だとしたら、少し、自分が救われたように感じるんだ。それが自己保身だとしても。
「とりあえずの目標は千草の丕業発現。生徒会関係はその後だ」
「あぁ、方法が無い現状死蟲と出会うしかないか」
「そうだな、危険ではあるがそれも仕方ないだろう」
話がまとまった辺りで教室に登校してきたクラスの奴らがやってきた。俺たちはどちらと言わず互いに自分の席へと戻っていった。
* *
私立尸高校の四階最南端の教室。そこが生徒会メンバーに与えられた唯一の教室であった。全員で七名であることを踏まえても、そう大きくはない。けれどここに七名全員が揃うこと自体があまりない為、現状この教室に甘んじている。この少し手狭な教室に三人の人影が揺らぐ。
「ねぇ会長。そんなに気に入ったんですか?あの後輩クン二人」
「当たり前でしょう!如何にも普通じゃない雰囲気だったじゃない。絶対生徒会に入れるわ!」
「いや、まぁ僕としてもかわいい後輩が出来るのは嬉しいことですけど、他のメンバーがなんて言うか......」
「会長の私と副会長の周防君が許可すれば誰にも文句なんて言わせないわよ。それに実際阿南君は先生曰く私たちの域に到達しそうだって」
「僕が危惧してるのはもう一人の子ですよ。灰色の目の子」
「八夜くん?あの子はあの子で、不安定な爆弾みたいだって先生言ってたわね。それはそれで面白そうだけど」
黒髪を肩で切りそろえた日本人形の様な女生徒 巴 古美 と、男子にしては長い髪を後ろに束ね、マスクで顔を覆っている糸目の男子生徒 周防 連 が乱雑に置かれている教室の椅子に腰かけ話す。
「そもそも、生徒会の誰が反対しそうなの?」
「んー僕の予感だと、二年の辰巳クンと一年の白間クンですかね。特に白間クン、彼ほら」
「あー......ちょっと不味いかも。ていうか絶対ちょっかいかけるでしょあの子......」
「ですよね。けど、行動を起こす前に止めることなんてできないし」
周防の発言に目を大きくさせる巴。頬を染め、興奮した面持ちで整った形の口を開く。
「そうよ!白間君にちょっかいかけさせて、それを観察しましょう!絶対楽しいわ!」
またか、と巴の突飛な発言にマスクの下で苦笑いを浮かべる周防。
「きっと今頃白間君は動き出してるはずだわ、見に行かなきゃ!」
言い終えるよりも先に椅子から立ち上がり教室から出てゆく巴を、変わらない苦笑いで見送る周防。
「会長の突拍子もない行動に漸く慣れてきた、と思った先にこれだよ。副会長としては諫めるべきなのかな?観月クン」
今まで沈黙を保っていた三人目の人影に周防が話しかける。
光沢のある黒髪は七三に分けられ、目にはこれまた真っ黒なゴーグルが張り付いている。
「いえ、自分には分かりかねます。副会長がそうしたいのであれば、するべきでは?」
そう観月と呼ばれた男子生徒は淡々と答え、ゴーグルを触る。その右手には制服の上から様々な腕時計がびっしりと縛り付けられていた。
「相変わらずだね観月クンは。そういった事が聞きたいんじゃないんだよなー」
観月の返答が分かっていたかのように笑みを浮かべる周防。
「どちらにせよ、白間と話題の一年生は確実に接触することでしょう。傍観であれ、仲裁であれ、現場にはゆくべきかと」
「そうだね、彼らの所に行かなきゃならないのは確実だ。大事にならなきゃいいけど、先に謝っておくよ。ごめんね阿南クン、八夜クン」
「この場で謝ったところで意味はないでしょう」
「これは僕の気持ちの問題だよ、誠意なんてないさ。まだ彼らにはね」
そう言うと周防は椅子から立ち上がることなく、姿を消す。文字通り、その場から。
「......副会長、あなたもあなたですよ」
飽きれたような、小さな小さなため息が教室に零れる。