第八話 生徒会
私立 尸高校
ここに勤める教師はみな、丕業を持っているらしい。
この町で日常を蝕む死蟲に対して対抗できる唯一の組織だそうだ。そんなことを知らずここに入学した俺もまた、その丕業を持っている。無論その力を使えたことは一度たりとも無いが。この灰色の右目に宿っているらしいその丕業は、いつ姿を見せるのか。
あの蚕との一連があってから、しばらく経ったが未だ死蟲と出会ってはいない。教師だけでなく、生徒にもある程度丕業持ちはいるらしい。俺のように持っていても使えない、というものも少なくない。阿南は稀有な存在である。
「おい阿南、あの時なんであのタイミングで病院にいたんだ?」
これは一つの謎であった。入学初日でしかも少し会話した程度だ。姉の病院を伝えた覚えはないし、そもそも入院している話をした覚えはない。
「あぁ、あの日花屋に寄ってたろ?たまたま近くに俺も居たんだよ。けどどうもお前は花を買うような人間に見えなかったからな、ついていったわけだ。まさか、千草の姉さんの見舞いとは思わなかったが」
まさか出会ったばかりの同級生の後をつけるような奴だったとは。少し気味が悪かった。いや正直に言うと気持ち悪かった。
「どうも阿南という人間を見誤っていたようだ。気持ち悪い」
「ひどくないか!?」
相変わらずクラスの中心で、みんなから尊敬の念を一手に集めている人気者とは思えない一面になんとも言えない目を向ける。
高校生活が始まりわかったことだが、想像通りこいつは文武両道だ。体育の授業では男女別なのに、女子がその雄姿を焼き付けるためにそばまで駆け付ける始末だ。授業においてもそれは変わらない。先生に当てられても詰まることなく、そつなく答える。ここまでくると嫉妬ややっかみが起きないのか、男子からも人気が高い。こうなると天は不平等だと、嘆く隙間すら見当たらない。
「そういえば阿南は他の丕業持ちを知っているのか?」
俺自身、未だ丕業というものの何たるかを知っているわけではないが、同じ丕業持ちの生徒に興味はある。
「何人かは。と言っても、そう多くはないよ。多くて十人前後だと思う。そしてそのほとんどが生徒会メンバーだ」
「それは、たまたま生徒会に固まっているだけなのか」
「いや、丕業持ちの生徒を教育するのも学校の仕事なんだ。まぁ実際には先生たちだけじゃ手が回らないこともあるらしいからな」
つまり、生徒会という組織に所属することで丕業持ちをを実戦という形で教育するわけだ。学校側にとっても人手が補える。
「三年生は会長、副会長の二人。二年生は三人、一年生は二人。全員で七人。この七人は全員丕業持ちだ。特に巴会長と二年の紫吹先輩は有名だな」
「丕業持ちとして、有名ということか?」
「まぁそうだな。この二人は抜きんでてるといっても過言ではないよ。勿論丕業の事について公になってはいない。それでもこの高校にいるからには広まるみたいだな」
尸高校は、公に死蟲や丕業について発表しているわけではない。当然だ、俺だって知らず入学したんだ。けれどやはりこの昨神市において死蟲や丕業は全てを隠せることではないらしい。
「それより、お前は入らないのか生徒会に。何を基準にしているかは知らんがお前だったら歓迎されるんじゃないのか?」
「あー、まぁそうだな......」
そう、阿南が口を開いたタイミングで教室の扉が開かれる。
おかしい。今は七時になるかといった時間、早朝だ。阿南とこういった話をするときはまだ誰も教室にやってこないであろう時間帯にしている。別に話自体を聞かれたって構わないがそれよりも、阿南と話している所をクラスの連中に見られたくない。だからこそ、部活などで早朝練習をしている奴らを傍目に教室で喋っていたのだが。
訝しむようにその教室の戸を引いた人物を見る。
女子にしては高身長で、真っ黒な髪は肩口で綺麗に切りそろえられている。全体的に色素は薄く、一目見て儚いと思わせる雰囲気を醸し出している。日本人形のような美人であった。
その人物は薄く、けれど整った口を開き、好奇心により大きく見開かれた猫のような眼をこちらに向け、言った。
「あなたたちが阿南君に八谷君ね!!」
儚いという印象は瞬時に吹き飛んだ。どうやら外見だけのようだった。
「巴会長......?」
あっけに取られて呆然としていた俺の横で阿南がぽつりと声を漏らす。
「会長、後輩の教室に入るなり大声出さないで下さいよ......」
巴会長、と阿南に呼ばれた人物の後ろからもう一人、姿を出す。
「いやぁ、会長がごめんね突然。この人、人間みたいな猫だから」
やや長めの髪に糸目、そして顔に冷や汗をかいたマスク男が半ば愚痴のようなことを言う。
「周防君、いきなり猫扱いはひどくない!?」
「いえ、いきなりでも何でもないです。僕はいつも言ってますよ。ほら会長のせいで後輩クンにビビられたじゃないですかぁ」
大げさな仕草で落ち込み具合を表現する周防先輩。
「えっと......生徒会の三年二人が俺らに何か用っすか?」
突然の乱入から何とか体制を立て直す阿南。
生徒会長と副会長、三年の生徒会メンバー。話を聞いた直後にまさかその本人たちから直々に来るとは。
「そうだったわ!私たちの事は知っているようだから説明は省くわね。要件は一つだけ。あなたたちを生徒会に引き入れにきたのよ!」
「生徒会、に?」
この提案、唐突すぎることは一度置いて、おかしなことがある。
「巴、会長......阿南はわかるんですけど、俺も引き入れる理由がわかりません。丕業の事は少しだけ知りました。実際自分にもそういった力もあるらしいです。けれどそれだけだ。死蟲を知ったのだってつい最近で、自身の丕業すらわかっちゃいない。なのに何故俺も?」
「そうね、理由はいくつかあるわ。先ず一つ、生徒会の担当顧問からの推薦。あ、顧問っていうのは伊織先生ね。あの人から二人の推薦があったの。そして二つ目。それを見に来た私が気に入ったから。どう?」
「どう、と言われても......」
伊織先生に推薦される、というのも結局のところ理由がわからない。あの人自身、俺が丕業を使えない事を知っている筈なんだが。それに気に入ったって......
「巴会長、俺はその提案に反対です」
いつにも増して真面目な顔で阿南はそう口を開く。
「生徒会の仕事は死蟲との最前線です。その一線に千草を置くのは無謀だと思います。危険過ぎる。そして千草と共に強くなるという先約があるんで俺もパスで」
驚いたことにこいつは俺の心配をしてくれているらしい。そして、自身も推薦を辞した。俺のことを放っておけば内心やら評価など得られたろうに、有名な生徒会長の誘いを断って。
「そう、わかったわ......本当はわかりたくないけれど、今はそれしか言うことが出来ないのが悔やまれるわ。けれど、私たちはいつでも歓迎してるから。興味が出たら私の元までおいで、ね?」
あきらめきれないように、縋る様にこちらに目を向けながらも周防先輩に引きずられて教室から出ていく巴会長。所々に周防先輩の小言が会長に突き刺さっているのがわかった。
すすり泣く音と、その音の発信元を引きずる音が、誰もいない廊下に響き渡る。