タイムトラベル02
隣町の球場につくと、歓声が上がっている。どこがやっているんだっけ。そうだ、今日は俺たちが決勝で負けた海南中学だった。自転車置き場において、急いで球場の中へ入っていった。
試合は、海南中学が5対4で勝った。
「なんか、ほっとしたな。」
「うん.」
「俺たちが戦った学校が勝つとうれしいな。」
「そうだな。」
「俺、高校でも野球やるよ!」
「そうだ、な。」
俺は、言葉を濁した。
- お前は、もうすぐ、死んじゃうんだよ -
声にならない声が、頭をよぎっていく。思わず、嗚咽を飲み込んだ。
「お前は、やらないのか?」
「お前は頭いいからな。おんなじ高校へは行けないけど、今度は対戦相手として、試合やりたいよ。」
「そう、だな。」
俺は、涙がこぼれた。ポロポロとこぼれた。
「健、泣いてんのか?」
「何、感動してんだよ。海南中が勝ったからって、おかしいよ.」
作り笑いをしても、顔がゆがんで、どうしようもない。
「俺さ、引っ越すんだ。」
耕太が死んでしまうからとは言えない。苦し紛れに、今日は言わなきゃと思っていた引っ越しの話を思わずしていた。
「そうか、やっと言ってくれたんだな。」
「あっ!」
「一昨日、塾が始まる前に、お袋から聞いた。でも、俺、健からちゃんと聞きたかったから、お前がこの話するまで待っていようと思ったんだ。でも、我慢したとしても1週間が限界だったかもな。」
そう言って、観客席からグランドへ降りていった。整備も終わって薄暗くなっていたマウンドへ耕太が上がり、セットポジションで構えた。
「建!最後だ!俺の球を受けてくれよ。」
そう言って、俺を待っている。俺も、観客席の階段を下りてホームベースの後ろにしゃがんだ。グローブを持っているように、下からサインを出す。耕太は、首を横に振った。
「えっ、ここはストレートだと思ったのに。」
「じゃあ、もう一回、外角高めストレートだ!」
耕太が、にやりと笑って、投げてきた。
バシン!
「いい球だ! いい球だ。耕太。」
「やっぱり、お前は、俺を気持ちよくさせてくれるなあ。でも、それで、ホームラン打たれたんじゃなかったかよ。」
「うるせいよ。俺は、お前専属のキャッチャーなんだよ。お前が信じてる球が俺の球なんだ。」
「わかったか。お前専属のキャッチャーなんだから、俺は高校へ行ったら野球はやらない。うんと勉強して、スポーツ医学の医者になって、おまえをサポートしてやるよ。待ってろ。」
そうだった。おれは医者になるつもりでいたんだ。それが、耕太が死んでしまったために目標がなくなってしまったんだ。
「そっか。わかった。俺は野球をやるよ。甲子園へ行って、プロになる。お前にけがを治してもらえるんだから、心配しないで思いっきり投げられるな。」
「そうと決まったら、塾、休んでる場合じゃないだろ。明日からは、まじめに塾行くぞ!」
帰りはきつかった。田舎の3駅むこうと言うのは、遠い。なかなか帰らないことで、親にばれてしまった。その上に遅くなったから、相当心配していたようで、こっぴどく叱られた。
「二人は、夕食抜きね!そこで、正座して反省しなさい!」
耕太のおふくろさんに、二人とも叱られて、玄関のポーチに座らされた。でも、二人だったら、何でも楽しい。くすくす笑い出して、じゃれ合っていると、今度は耕太の親父さんに怒鳴られた。これには驚いた。一度も大声を出したことのない耕太の親父さんだ。神妙に黙って正座して、しびれて感覚がなくなったころ、やっと許された。
それでも、許されたことよりも、耕太にちゃんと伝えられたことがうれしかった。そうして、俺は、現代に戻ってきた。
今日は、8月31日。朝からソワソワしていた。耕太が死んじゃう。俺は、やはり見過ごすことはできない。自分の部屋で、念じた。
「2013年8月31日!」
目を開けると、5年前まで住んでいた俺の部屋。玄関のカギは無いから、中から開けて出てしまうのは不用心と、2階の窓を開け、ベランダから下へ飛び降りた。タッチの差で耕太は塾へ向かったようだ。急いで、俺は走った。引っ越した後だから、俺には自転車がない。焦った。耕太を止めなければ。耕太が事故に合ってしまう。ちょっと先の交差点で耕太が、野球部の後輩と話している。
「あっ、」
耕太を助けなければと、あぶないと声をかけようとして、腕をつかまれた。父さんだった。怖い顔をしている。黙って首を振った。
信号無視でトラックが交差点に突っ込んできた。直進してきた乗用車とぶつかって、乗用車が跳ね飛ばされて、耕太が巻き添えになっている。
パトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。救急車もやってきて、耕太を担架に乗せている。けたたましいサイレンの音のはずなのに、何の音も聞こえない。俺は、
「耕太!耕太!耕太!」
狂ったように耕太の名を呼び続け、そこで記憶がなくなった。気づいた時には、現代の自分の部屋のベッドの中だ。父さんが横に座っている。
「5年前の耕太と遊ぶことは良いけど、歴史を変えてしまうことはできない。どんなことでも、それだけはしてはいけないんだよ。」
「これが、タイムトラベラーの決まりだ。」
タイムトラベラーと父さんから言われ、
- そうかタイムトラベラーか。 -
と、力なく笑った。
- そうだよ。スーパーマンになれたわけじゃない。 -
- ただの傍観者なんだ。 -
- 歴史を変えられずに、興味本位で過去へと行ったとしても何になるんだ! -
耕太を助けることができなかったことが腹立たしく、八つ当たりのように父さんにあたって、そして、わんわん泣いた。あの時、あまりの喪失感と後悔で泣けなかったままだったけど、今はじめて、子供のように泣いた。父さんは、黙って、俺の背中をさすってくれた。
その後、遅まきながら予備校へ通いだした。
「耕太、俺は医者になるよ。」
「スポーツ医学の道じゃないけど、救急救命の医者になる。見ていてくれ。」
「耕太!」
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涼音色 ~音ノ葉 言ノ葉~ 第20回 タイムトラベル と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
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