タイムトラベル01
俺は、健太郎。俺には、親友がいた。耕太だ。
中学3年の夏、その耕太が死んだ。
俺たちは、生まれた時から、隣同士の家で、両親たちも仲良しで、いつも一緒に遊んでた。耕太の親父さんは、頑固者で無口な職人だ。耕太のお袋さんは、肝っ玉母さんを地で行っている。耕太は三男で、 3歳違い、2歳違いの兄たちがいる 慎太郎 雄二。二人とも俺のことも弟だと言ってこき使われたが、俺は、まんざらでもなかった。
俺の父さんは、もともとは、大学の准教授だったが、学内の政争に嫌気がさして、早々にこの3月に退官して物書きになっていた。母さんは、収入が少なくなったことも気にしないような呑気な人。兄弟は、2歳下の妹がいる。まあ、そんなこんなで、じいちゃんの家に引っ越そうと大人たちは決めていたんだそうな。
何も知らされていなかったのは、野球に夢中だった俺と耕太だけだった。大会が終わったからと、母さんが話してくれたけど、耕太と毎日塾に通っていながら、なかなか言えないでいたら、耕太はお袋さんから聞いていたらしい。
「なんで、言ってくれないんだよ。」
「塾なんかじゃなくて、他にやることあっただろ!」
そう言うとふてくされて、口もきいてくれなくなった。そして、俺はそのまま引っ越した。ちゃんと、別れをしないまま、俺は、転校したのだ。
そして、その後、すぐに、耕太が交通事故で死んだ。5年前の夏休みの終わり8月31日。
ある意味、おれの時計は止まったままになった。耕太への後悔がぐるぐるとしたまま、出来の悪い20歳を迎えていた。希望の大学に入れずに浪人したが、そのまま、大学へ行く意味を見失い、じいちゃんの畑の手伝いをしながらぶらぶらしていた20歳の夏、じいちゃんから大変な秘密を明かされた。我が家の男子は、20歳になると、タイムトラベル、すなわち、自分の過去へ戻れると言うのだ。誰もいない狭い空間で手を握り締め、念じるだけだと言う。
じいちゃん、ついにぼけたかと相手にしていなかったが、ふざけて、
「昨日の夕飯の前の茶の間。」
と念じて、トイレを出ると、
「まったく、いやねえ。お兄ちゃんは、なんで、食事の前にトイレ行くのよ」
と、妹の茜が、文句を言っている。昨日の茜の言ったことと同じ。もし、昨日に戻っているなら、ここで母さんが、大皿に盛ったカキフライを、躓いて(つまずいて)ぶちまける。と思っていると、母さんが躓いて、お皿が飛んだ。俺は、母さんを見ていたから、飛んだ皿を受け止めることができた。
「健、ありがとう。良かった。お父さんの好物、台無しになる所だった。」
父さんはしっかり、母さんを抱きとめている。そして、ウインクした。じいちゃんは苦笑い。二人は、俺がタイムトラベルしたことを分かっているようだ。
本当に、タイムトラベルできるなら、耕太に会いたい。食事の後、自分の部屋で念じた。
「2013年8月1日!」
「耕太、早くしないと塾に遅れるよ。」
なつかしい、耕太のおふくろさんの声。
「だって、腹減るんだから、もう一杯よそってくれよ。たのむ。」
「あんまり食べると、眠くなるんだから、もういいだろ。」
「けち、残り、みんな母ちゃんが食うんだろ。やめとけよ。これ以上太ると、自転車がかわいそうだよ。」
「まったく、可愛げないことばっかり言ってないで、さっさと行ってきな。あっ、健ちゃんが来たよ。おはよう、健ちゃん。」
「おばさん、おはようございます。耕太、早く行こうぜ。」
「おー、じゃあな、母ちゃん、あんまり食うなよ。」
中坊の俺が、耕太とチャリに乗って、田んぼのあぜ道を走っている。
嘘みたいな現実の話に、胸が高鳴る。
あの夏、部活の野球も地区予選で敗退して、残りの夏休みは、受験勉強のために塾へ行くと決まっていた。さんざん、野球を優先させてきた俺たちは、親の言いつけは守らないといけないところまで来ていた。そう、最悪の期末テストだったのだから、耕太とやりたいと言っていた遊びは何一つできずに、終わってしまっていた。でも、今回は違う。やり残した遊びはすべて実現させるんだ。
「耕太、これから、海へ行かないか?」
「えっ、塾はどうするんだよ。」
「さぼる。良いだろ。県大会行ったと思えば、あと1週間は、塾へ行けなかったんだから」
「そっか、そうだよな。じゃ、海へ行くか。でもさ、何にも、準備していないぜ」
「へへ、俺が用意した。海パンも、ほら。」
「やったー、じゃあ、出発進行!」
海へは、自転車で1時間ほどかかるが、二人で、競争したり、話したりしてれば、イヤにならなかった。
海水浴場は避けて、岩場の近くに自転車を止めて、岩場の陰で、海パンはいてゴーグルつけて、海へジャンプ!
その日一日、散々潜ったり泳いだり。少し疲れると、比較的平らな岩に寝そべり昼寝をした。弁当を食べ、遠くの客船を眺めた。何をやっても面白いのだ。耕太と二人だったら。
「楽しかったなあ。健!」
「ああ。明日はどこへ行く?」
「そうだなあ。長峰城の北側に、廃墟になったホテルがあるだろう?」
「知ってる!あのホテルか!おもしろそうだな。」
「よし、決まりだ。」
次の日、耕太を迎えに行く。
「耕太、今日はずいぶん早いじゃない。おかわりはどうしたの。」
「うるせいな。かあちゃんと遊んでられないの。」
「あら、ずいぶんやる気な発言じゃない。嵐でも来る?」
「へいへい、何でも言ってくれよ。それより、弁当のほかに握り飯も作ってくれたのか?」
「用意したわよ。あんた、塾でなにやってるのよ? 野球やってる時より弁当デカくしてくれなんて。」
「いいから、いいから。じゃ、いってきまーす。」
迎えに来た俺に気が付いて、耕太はにやりとカバンを叩いた。
「腹が減っては、戦はできぬ!だからな。」
二人で並んで自転車をこいでいると、クラクションを鳴らされる。
- 知ってるよ。並ぶといけないことくらい。でも、楽しいんだよ。耕太と二人だと。 -
長峰城の手前で上り坂になり,立ちこぎをする。
- 降りたくない! -
歯を食いしばって、ペダルを踏むとハンドルがフラフラと揺れる。上り坂を、やっと登りきると、城の大手門の前を右に曲がって、城の東側の道路を、今度は坂を下りていく。二人で
「ワー!」
と、奇声をあげて下りていく。その頃には、自転車は、山城の雑木林の中を通っていて、すこし涼しくなってくる。木漏れ日がキラキラと道路を照らしていた。
ホテルの廃墟は、立ち入り禁止と立て看板があった。本当はイケナイ。それでも、一応、
「おじゃましまーす!」
そう言って、入っていった。玄関のガラスは割れている。難なく中へ入ったが、大きなホテルだったから、少し中へ進むと外の光が届かず、真っ暗だ。
「懐中電灯、持ってこなかった。甘かったな。」
そういう、俺の声が震えていると、耕太は笑った。
「お前は、怖くないのか?」
「いや、ちょっと、怖い。」
「なんだよ、お前もおんなじじゃないか!」
その時、奥のほうで音がした。その音に驚いて、一目散に逃げだした。帰りは、上り坂だ。ひいひい言いながら、それでも、必死で上った。登り切った大手門横の公園のベンチで、二人でお互いの顔を見て大笑いした。
「怖かったなあ。でも、他の奴には、言えないね。笑われるぞ。逃げてきたなんて。」
耕太は、リベンジをしようと言ったが、俺は、ちょっと怖くなって首を縦に振らなかった。耕太も渋々、納得してくれた。せっかく握り飯も作ってもらったんだからと、県大会の行われている、電車で3つ先の町まで、このままチャリで行こうと言った。交通量の多い県道の自転車ゾーンを行かなければならない。耕太の後姿を追う格好で、自転車を走らせた。
- 5年前は言えなかった、さよならを言わなければ。 -
- どこで、言おうかな。 -
あの時、自分がショックで、耕太にうまく伝えられないでいて、耕太を怒らせた。今度は、自分が言わなければ。そうしないと5年前と同じ永遠の別れになってしまう。