No.5 骸骨野郎との一戦
地面が雨に濡れた時の独特の匂い。それが、森全体に強く漂ってる。ザーッと雨が降る音と、大粒の雨が体に降り落ちる感覚。
「はっ、はっ、はっ…。」
納屋の戸をぶち破って、俺は一心不乱に走っていた。二足歩行も出来るけど、今は何よりも速く動ける四足歩行。さっき見たビジョンははっきり覚えてる、こっちだ!
耳元でゴーッと風がなってる。走ってるからだ。
胸がバクバクする。不安で不安で仕方ない。
木々の間を縫うように走る。走る。息が切れようと構わない、この先にいるんだ。リチカが!!
「(あっ!!)」
どれくらい走っただろう?多分、5分も走っていない。確かな目的地はないけれど、こっちだって分かる。だから、足を止めることなく走っていたら、俺は4つの足全てを使って急停止した。
ビジョンで一瞬見えた変な形の木だ。これが見えて、3つの人魂が見えた。
「くー!るるるぅーー!!(リチカ!どこだーー?!)」
辺りをぐるっと見渡すけれど、気配はない。出来る限り大きな声でリチカを呼ぶ。反応がない。ちくしょう!きっと雨音でかき消されてるんだ!
ふと見た地面に3つの足跡が見えた。小さいから…子供か?俺がさっきまで向かっていた方向から急に右手にそれている。
「(こっちか!)」
俺はまた走り始めた。背の小さな茂みなんか気にせず、飛び越えられそうなものは飛び越え、そうじゃないものは、気にせず頭から突っ込んで突破した。
50mほど走ったら突然視界が開けて、広場のような所に出た。出た瞬間に、頭に全ての情報が流れ込み、的確に処理される。
木で出来た遊具、アスレチックみたいな遊具に、大人の男より一回りでかくて、ボロ布を着てる骸骨がのぼって…あ!!
「くー!!!(リチカ!!!)」
骸骨がのぼる先には、雨にずぶ濡れたリチカといつもリチカを迎えに来る、男の子と女の子。
「ローチ…!?来ちゃダメ!!」
俺の鳴き声に気付いたリチカが、俺を制止しようとするけど、聞く気なんてサラサラない。骸骨目がけて走り、アスレチックをのぼっていく。骸骨が動いてるとかんなホラー状況とか知らん!ここは異世界、ドラゴンもいるんだからいてもおかしくない!だから今はどうでもいい!
「きゃあ!!!」
骸骨の手が3人の内の気弱そうな女の子の靴を掴んだ。それを見た瞬間、俺は踏み込んで思いっきりジャンプをして、骸骨の骨盤辺りに頭突きをくりだす。
体勢を崩した骸骨と一緒に地面に落ちて、俺はすぐに起き上がる。骸骨は俺よりも一拍遅れて起き上がろうとする。
「(させるか!!)」
今はこの子達から数cmでも遠ざけないと!俺は直感的にそう思って、まだ立ち上がっていない骸骨に体当たりをした。
うし、コイツ骨だけあって軽いぞ。赤ん坊の俺でも突き放せる!か弱い子供が怖がってんのに、いらねえことしやがって!ローチさん激おこだぞ、コラ!
「ローチ!!」
叫ぶようなリチカの声。
骨と骨がぶつかるような嫌な音を響かせ、姿勢を低くして身構えている俺よりも2m離れた場所で立ち上がる骸骨。
【…みぃつけた。みぃつけた。みつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけた!】
「(!!?!)」
さっきの金切り声が、頭の中にエコーを響かせながらこだまする。その瞬間、手足がビリリと痺れた感覚に襲われた。
「(コイ、ツ…か…!)」
間違いない!コイツがあの気持ち悪い声の主!
俺が怯んでいる隙に、骸骨は俺に飛びかかってくる。避けるだけじゃダメだ。避けたらリチカ達のところに行きかねねえ!俺の背後にはリチカ達。絶対に近づけちゃいけねえんだ!
俺はタイミングを見計らって右に避け、右前足が地面に着地するのと同時に踏み込んで、体を捻る。左前足が着いた。右後足を地面に着けたと同時に、思いっきり地面を蹴った。
骸骨の横から飛び込むように頭突きをみまった。俺が目論んだ通り、カウンターが成功する。
「ぐるるるるぅ!!」
俺は唸り声をあげ、いつでも対応出来るように、また姿勢を低くして、身構えた。吹き飛んで地面に着地をした骸骨は、よろよろと立ち上がる。すると、骸骨野郎は腰に携えていた、刃こぼれ満載の細い剣を取り出した。
「(は!?刃物!?ざけんな、俺丸腰だぞ!!)」
【ちょうだい?ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい。】
またビリリと痺れる感覚。なんだこれ、うぜえ。しかも、さっきのカウンターも痺れを堪えてやっと繰り出したってのに、痺れに痺れを重ねてきやがった!
【からだちょうだいいいいい!!!】
一気に距離をつめて、上段から斬りかかってくる骸骨野郎。
「(くっ…うごかな…!)」
「いやああ!ローチッ!!」
動こうとすると全身がビリビリ痺れる。ボロボロの刃物が俺めがけて振り下ろされる瞬間、痺れて動けない俺は、リチカの叫び声を耳にしながら痛みを覚悟して固く目を瞑った。
「ブリースト!!!」
そう聞こえた瞬間、大地を響かせるほどの咆哮が響き渡った。痛みもこないし、聞き覚えのある声に目を開けると、真っ白い毛並みが見える。見上げてみたら、雨に濡れていても、キラキラと輝く金色のたてがみ。
『おっちゃん!!』
ブリーストのおっちゃんが、俺を守るように堂々と立っていた。骸骨野郎は、おっちゃんに吹っ飛ばされたのか、俺達から十数mの位置でバラけている。
『ローチ、無事かね?』
『おっちゃん!おっちゃん!』
振り返ったおっちゃんが心配そうに声を掛けてきた。それで、知らず知らず張り詰めていた何かがはじけて、おっちゃんの右の前足にしがみつく。
「リチカ!」
「パパ!!」
「みんな大丈夫かい!?」
ルッティオも来てたのか…って、そう言えば、さっきおっちゃん名前を呼んだのルッティオの声だったわ。離れた位置で3人の子供達とルッティオが安否確認をしている。けど、今の俺はそれに反応する余裕はなかった。
『怪我はないかね、ローチ。』
『…ない。』
『勝手に飛び出してはいけないだろう?』
『うん、ごめん。…ごめん、おっちゃん。』
あっ…なん、だ?え、待てよ、俺、泣いてる?
体の痺れはまだあるけど、体が震えているのが分かる。これは…怖かったんだ。得体の知れないものを見て、ボロボロとは言え剣を見て。
育て龍であるおっちゃんを見て、一気に安心したんだ。
『でも、よかった。皆無事で。』
「くー…くぅるるぅー…。」
『よしよし。よく頑張ったね。ローチ。』
止めようにも止まんねえ涙。赤ん坊だからこそ、すべてが素直で純粋に受け止められ、表現出来る。例え中身が大人だったとしても、体はまだまだ赤ん坊…俺の意思に反して、体が勝手に"恐怖"と"安心"を表してる。そんな今の俺は、夢を見るような感覚で、久々に大べそをかいた。
「ローチ!ローチ、大丈夫!?」
ルッティオとの会話も終わたのか、目に涙をいっぱいためたリチカが走って来て、俺の首元に抱きついてきた。ちょっと苦しいけど、リチカも震えている。俺とリチカは、身を寄せるようにして泣いた。
「ブリースト。片付けてくれないか?」
『ああ、任せてくれ。』
他の二人の子供達とルッティオも俺の所に来た後、おっちゃんは骸骨の所に行って、静かに始末をつけた。
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散々泣き散らかして、内心恥ずかしい思いをしている俺は、今あの納屋に帰って来ている。道中、痺れが取れないからおっちゃんの背中に子供達と乗せてもらってな。
『ローチ。痺れはとれたかね?』
『ん…。まだなんかへんなかんじ。』
痺れをとるってんで、くっそ不味い薬を飲まされ、いつも寝ている場所で丸くなっていると、おっちゃんが納屋に入って来て、俺にそう尋ねた。まだ、指先ってーの?ピリピリするんだよな。
おっちゃんがいつものように、俺を前足の間に入れ込むように伏せて、ふわりと太陽の匂いが俺を包んだ。
『おっちゃん…。あのガイコツなんだったんだ?』
あん時は必死だったし、一瞬驚いたはしたけど…リチカ達を守ることを最優先だった。…今思えば、すげー怖いよな。
骸骨が動くとか軽くホラーだし、よくもまあ、あんなのと対峙したもんだぜ。俺すげーわ。
『スケルトンさ。闇に属する魔物だよ。』
『スケルトン…。』
『この辺りは、龍の守りが施されていてね。害のあるモンスターは入れないようになっているんだが…。』
『どうして、はいってきたんだ?』
守りの意味あるんすか…?それ。
『分からない。』
『あぶないんじゃないのか?』
『今日のことは村の者、全員に知れ渡っていて、被害が出ないように交代で見張るらしい。それに、明日龍の守りを確認しに行くことになっているよ。』
ああ、おっちゃんが話してるのに瞼が重い。すんげー疲れた。
不安で眠れないかと思ってたけど、ここに帰って来て、今こうしているのがすごく安心する。
『眠いのならお眠り、ローチ。』
『ん。おやすみ…おっちゃ…。』
『ああ、おやすみ。』
No.5 骸骨野郎との一戦。END.