No.3 ドラ生開始して12時間
あれからブリーストと名乗るライオンに色々話を聞かされた。
今確認されてる黒皇龍は1体…じゃなくて、1柱は東の大国で神様として崇められているんだと。しかも云百年生きてて結構な婆ちゃんなんだってさ。
云百年ぶりに孵化したのが俺。
宝くじで1等を当てた気分。あ、これじゃあ、有り難みがないか?…いや、1等当たれば余裕で嬉しいな。
つーか、俺も崇めたてられんのか。やだな…のんびり楽しくのどかに暮らしたい。てか、俺みたいなお気楽野郎が伝説のドラゴンで良いのかよ。
『美味いの…かね?』
『おう。』
ルッティオだっけ?帰って来ないし、腹減ったし。
そこで見つけた俺の卵の殻。食べなきゃならんと思った。だから一心不乱に食う。あれだあれ。パリパリサクサクしてて案外美味いぞこれ。
ドラゴンがいるってことは…ここは俺が知らない世界ってこと。こんなことあるなんて考えたことなかったなー…ま、今はどうでもいいけど。
普通はもっと驚くだろうって?や、驚くけど生まれちゃったんだから仕方がなくね?
わー、異世界だー!って、一々驚いてたり、途方に暮れてたら自分の常識が通用しない世界でやっていけねーだろ。つーか、驚くは驚くがどうやって生きてこうって現実に引き戻されね?
受け入れてこの世界に適合するのが第一。
驚くとか嘆くとか、絶望するとか喜ぶとか…んなもん、こっちに生まれたんだからいつでも出来んじゃん。それは今やるべきことではない、俺はそう思う。
そして、今やるべきことはただ一つ。
そう!腹を満たすこと!
『うまぁーい。おっちゃんもたべる?』
『いや、私は遠慮しておこう。』
え、ドラゴンって自分が孵化してきた卵の殻食わねえの?んー…ドラゴンによって違うのか、面白いな。
「ブリースト…お前。」
ルッティオが帰ってきた。シカトして殻を食う。
俺が殻を食っている間に、ブリーストのおっちゃんがテレパシーを使って、害はないことを伝えたみたいだ。ルッティオは安心したみたいで、俺の方へ近付いてきた。
……目があったんすけど。え、なに?飯食ってる所を人にガッツリ見られるの?
「黒皇龍は孵化すると自分の卵の殻を食べるのか…。」
あんだよ、悪いかよ。ほんのり甘いせんべい食ってるみたいで案外美味いぞ?
「なるほど!だから今まで黒皇龍の卵が見つからなかったのか!でもなぜ卵の殻を食べるんだ…ドラゴンで卵の殻を食べるなんて聞いたことないぞ。原種である雷風竜の孵化直後の幼体は殻を食べないのに…これは黒皇龍だけの本能になるのか?だったら理由はなんなんだ…。」
はん…?
ポケットから紙とペンを出して、ブツブツ言いながらメモとってるんだけど…。
え、なになに?この人なんなの、すげー怖い。
『すまないな、ローチ。ルッティオはドラゴンの研究者でもあるんだ。』
『めっちゃこわいんだけど…。』
『待っていなさい。』
ブツブツ言うのがすんごい怖い。俺は思わず、大半が残る卵の殻の後ろへ隠れた。ルッティオは殻の欠片を拾って、俺を誘う。
「あ、ローチ!ほら、出ておいでー…!」
『ルッティオ、ローチが怖いと言ってるぞ。』
「なっ…。」
『ローチはまだ孵化したばかり。そんなに詰め寄っては怖いだろう。』
「…そうか…。ごめんよ、ローチ。」
申し訳なさそうにするルッティオに殻の影から顔を出して見せる。
「はっ!!」
うお!?なんだ!?
「黒皇龍の幼体はとても警戒心が強いのか!なるほどなるほど、よく考えれば黒皇龍と言えど幼体の時は弱く、他のモンスターやドラゴンに襲われたりしたら命を落とす危険性がある。これは納得だ!!」
……コイツ、さっきおっちゃんが言ってたこと忘れたのか?
すごいスピードでメモをとるルッティオは放っておいて…俺はそそくさとおっちゃんに駆け寄り、その後ろに隠れる。
『おっちゃん、リチカにあいたい。』
『ん?どうしてかね?』
『わからない。すごくきになる。あいたい。』
『ふむ。キミが初めて見たのは誰かな?』
『リチカ。』
『なるほど、初めて見た生き物を親と思ったのか。』
『?リチカはリチカじゃん。』
『はっはっはっ、そうかそうか。』
なんか笑われたんすけど。え、なに?俺知らない間にこの世界の鉄板ネタ放り込んだ?
『今日はもう休みなさい。』
『いやだ。リチカのとこにいく。』
『君はまだ生まれたばかりだ。まだそん状況で外に出るのは出来ない。』
『?なんで?』
『まだ弱いキミは病気にかかりやすいからね。』
『ビョーキ…そうだな、リチカにうつしちゃダメだな。』
すんなり聞き分けのいい子になってると、おっちゃんがルッティオに俺を寝かせるから出て行けと言う。すんげー残念そうなルッティオ。
しゃーないだろ。俺は産まれたての赤ん坊なんだから…あ…?寝るってことを自覚したら、急に…眠気が…。
『ほら、来なさい。』
ルッティオが出て行くと、ブリーストが寝藁に伏せた状態で俺を呼ぶ。何が悲しくておっちゃんと寝なきゃいけねーんだ…と、思ったけど。眠くて眠くて仕方がない。それに、なんだ?すげー寒く感じる。
おっちゃんのたてがみ…温かそうだ。
おっちゃんの前足の間を通って、豊かなたてがみに埋もれる形で丸くなると、とんでもないくらいの安心間に襲われた。
『おっちゃん…おやすみ…。』
『おやすみ。ローチ、明日もきっと良い日になるだろうね。』
おっちゃんのその言葉を聞いて、俺は眠りの底へ落ちて行った。
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『んあーー!くーっ、よくねた!』
ライオンのおっちゃんと朝チュンするとは思わんかったが、すげーいい朝!藁のいい香りと、澄んだ空気がうまい!
おっちゃんはまだ眠ってるし、猫や犬がよくやる感じで背伸びをする。んー、丸くなって寝てたから背筋が伸びて気持ちいいー!
俺は納屋全体を見回してみた。つーか、バカ広い。あ…鏡があるぜ!自分の姿がどんなのか気になってたんだよ!
俺は布がかけられ、少しだけ鏡面部分が見えている鏡に駆け寄った。布を前足で引っ掻いて布をとると、くすんでヒビは入っているものの、俺の姿は十分確認出来た。
すげー光沢のある濡烏色の全身。その体に入る、赤いライン…あ、よく見たら目元にも赤がある。翼は長距離も飛べそうなくらい丈夫そうだ。
『うお…、かっけー…。』
でもあれだな、ちょっと鏡が小さくて全身が見れない。全身が確認出来るように、鏡から少し離れてみて見よう。
…しっぽがある。あ、案外しっぽって思ってたより簡単に動かせるんだな。手足も太く大きい、こりゃでかくなるわ。犬猫原理がドラゴンに当てはまるか分かんねーけど。
なんつーか、まだ産まれたてで、ゴツゴツした感じじゃないけど、将来はやたらカッコ良くなるんじゃね?やば、俺ドラゴン界のイケメンなんじゃね?何、もう勝ち組!?
『くーっ!おっちゃん!おっちゃん!』
テンションが上がって、まだ寝てるおっちゃんの所へ走って行って、首辺りに飛びついた。ふわりと香るお天道様の匂い。
『おっちゃん!おっちゃんってば!』
『んん…、どうしたのかね…。』
『おきて!なあ、おきてー!』
『あと少し寝かせておくれ…。』
あんだよ、異世界でもそんなセリフ言うのか?しかも言ってんのドラゴンだぞ、ドラゴン。
『ダメ!おきてってば!』
『んー……。』
俺、負けない。俺、強い子。
おっちゃんの頭によじ登ってみる。そして落ちる。くっそ…もう1回だ!
慎重に慎重に。改めて思ったけど、動物ってしっぽでバランスをとってるんだな。よし、今度は意識して…この際翼も使って慎重に。てか、でけーんだよ!クソ、負けねー!
それから何度か転げ落ちる。俺の体は頑丈みたいで、あまり痛くはないけど、なんか悔しいので何度もチャレンジする。ってかよ、おっちゃんは唸るだけで、全く起きないんだけど。
そして、感動の瞬間。
『よっしゃあーー!!!』
待って、嬉しい。すんげー嬉しい。
まだまだ俺は赤ん坊、なんか、感情っつーの?そう言うのが剥き出しになるって言うか、歯止めをきかせようと言う気がおきないし、素直にちょっとした事でも嬉しい。
おっちゃんの頭頂部あたりに登れて、羽をばたつかせて喜んでいると、俺が立つ場所、つまりおっちゃんがゴソッと動く。
『うおあっ!!?』
そして、伏せるように寝ていたおっちゃんはゴロンと横向きになった。
ちょ、おま!キュートな俺が乗っ…!!!
哀れな俺。体がでかいおっちゃんの上でずっこけ、そのまま転がり落ち、ゴロゴロと壁まで転がって背中を強打した。
『………………。』
痛くはない。上下反転した世界、おけ、俺今逆さになってるワケな。この顔に垂れかかっているのは、俺のしっぽだ。
体をよじって体勢を戻すとまだ眠るおっちゃんに、ふつふつと怒り?でもないな、そこまでじゃない。これは、感覚的に言うと…ムッとしてる。
『にゃろー…。』
体を低くして、軸前足をきちんと踏み込む為にしっかり地面に押し当てる。当たる時は、頭を前へ倒して、頭からしっぽを真っ直ぐにするイメージ。
次の瞬間、俺はおっちゃんの腰辺りに頭突きをかました。
『ぬぐ…!』
うおおおお!いっってー!!!どんな硬い腰してんだよ!!見た目そんな硬くなさそうじゃん!!電信柱にチャリで激突した時みたいにいてー!!
おっちゃんに体当たりをして、痛む体に悶えていると、おっちゃんがもそりと起き上がり、そのまま呑気に大きな欠伸をしたのが聞こえる。けど、今それどころじゃない。
『くあー…。おはよう、ローチ。さあ、起きたぞ。』
おっせーんだよ!!低血圧の女子か!!
『おや?どうしたのかね?どこか痛いのかい?』
なに…?大したダメージが入ってない、だと…!?
『おっちゃんなんか…おっちゃんなんか…。』
『なんだい?』
『だいっきらいだーー!!』
『えっ!?』
孵化して約12時間程度。
俺の人生ならぬ、ドラ生はまだ始まったばかり。
No.3 ドラ生開始して12時間。END.