No.2 孵化した結果、爬虫類じゃなかった
頭上から光が差し込む。
「あっ!あっ!今顔が見えたよ!」
おう、それは気のせいだと思うぞ。今ヘタってるし、んな小さい穴から顔が見えるかっての。
にしても、ざけんなよ。こんな殻が硬いなんて聞いてなかったぞ、何十分も頑張ってようやくコレかよ!
「ローチ、ローチ!頑張って!」
分かった、ローチさん頑張る。
ただ今、絶賛孵化中なんだが、上手くいかない。
泥棒されてから4日目。
この4日間が異様でよ。俺の成長スピードがどう考えても、体に悪いとしか思えないくらいハイスピードだったわけなんだよ。
多分1時間くらい前、俺を包んでいたような膜が突然はじけ、息苦しくなった。もがいていたら殻にヒビが入って、ほんの僅かな新鮮な空気が。死ぬ気でそこを押し開こうと頑張った結果がコレ。
口先を使って開けた穴を押し開こうと頑張る。少しずつ少しずつ開いていく穴。くっそー!硬い!
「くぅー…るるるる……。」
あん!?なんだ今の愛らしい声は?
「パパ!聞いた!?ローチが鳴いたよ!」
「ああ、頑張れ。ローチ!」
俺ぇ!?今の声の俺なの!?
爬虫類って鳴くのか、知らなかった。
頭が出せるような大きな穴が空いた。めちゃくちゃ眩しくて、閉じている目を更に強く瞑る。
「わ…わぁあ!!!」
嬉しそうな声が聞こえ、恐る恐る目を開ける。
俺の目の前には、大きな緑の目をまん丸と見開いて、感極まった様子の11、2歳くらいの女の子の顔があった。
それと同時に、たくさんの匂いがする。なんだろう、嗅覚を刺激されて妙に嬉しい。生きてるって感じがする。
「ローチ!!」
ああ、卵泥棒Bの声。この子が俺が孵化するのを心待ちにしてた子。
「もう少しだよ!」
「るるるるぅ…。(助けてくれ)」
喋れない。鳴き声に変換される。つれぇ。
「頑張って!」
…この子が待ってる、頑張ろう。
────────
──────
────
「くー、るるるぅ!(俺、誕生!)」
「孵化したーー!!」
悪戦苦闘しながら俺は大地に立った。
どうやらここは大きな納屋みたいだ。ほら、アメリカの農場にあるみたいな感じのでっかいやつ。藁が敷きつめられてて、なんだか安心する匂いだ。
つーか、あれだな、産まれたての子鹿みたいに、よたって立てないかと思ったけど、意外と立てるもんだな。
翼を広げる俺と一緒になって、Bは両手を広げて喜んでいる。
翼…?今翼って言った?え?
金髪の少女は、バスタオルみたいな大きな布で濡れている俺の体を丁寧に拭いてくれる。
翼…翼…。これは手、だな。爬虫類みたいな手だけど、すんげぇしっかりしてる…つか俺二足歩行じゃね?俺が見てるのは前足、だよな。
「わっ、ローチ動かないで。」
全身を見たい。くるりと周りながら自分の体を見ようとすると、しっぽのようなもの。俺の体、黒いのか。
「おお、ローチが孵化し…え!!?」
入口から声が聞こえる。これはAの声だ。
金髪のイケメン。カウボーイみたいな格好してる…けど、俺を見て驚いてんのか。てか、お前…俺が頑張ってる最中にどこ行ってたんだよ。
「フォレスト・ドラゴンじゃ、な…い。黒い体に走る白いライン…しっかりとした翼に赤い目…。」
「る?(は?)」
「リチカ!離れなさい!」
Aが慌てたようにBに駆け寄った。
待て、俺そんなカッコイイ姿してんの?ヤベ、爬虫類として、すげくね?
まぁ、フォレスト・ドラゴンとか言ってたけど多分コモドドラゴンみてーな名前の爬虫類だろ。翼あるけど。
「パパ!どうしたの?大丈夫だよ、ローチは大人しいよ。」
「そんなこと…だってこれは、このドラゴンは…。」
ドラゴン…。ヤバイ、これ以上は聞きたくない。
そう、だって俺は爬虫類なんだから。
「ローチ!」
Aから離れて、Bもといリチカが俺にきゅうっと抱きついてくる。ああ、…温かい。でも、若干震えてるような気がする。
俺は孵化したばかりだから、赤ん坊なんだろう。でも大きさはそこそこあって、大型犬くらいのでかさはある。そんな感じだから、リチカが小さく感じてならない。
「くーくる、るるるぅ?(おいおい、大丈夫か?)」
「ほら、パパ。ローチは危なくないよ。ね?」
「………あとはパパがやっておくから、リチカはママの手伝いを。」
「でも…。」
「早くしなさい。」
強めの口調で言われ、リチカは渋々出ていってしまった。
「るるぅ!(おい!)」
リチカを追いかけようとすると、さすまたのような物を持ったAが立ちはだかる。
「るるる、ぐーるるぅる!(お前、そこ退けよ!)」
「ブリースト、ブリースト!」
ムカつく。訳分からん言葉を並べやがって!父親だからって偉そうに!!
Aを抜いてリチカを追いかけよう、そういう考えが自然とおこる。孵化したばかりだけど、なんか知らんがいける気がする。
踏み込む為に、浮かせていた右前足を地面につける。
体を低くして、羽を縮めて体につける。もっとだ、もっと速く動く為に、頭。しっぽ、体を一直線にするんだ。
「(今だ…!)」
飛び出そうとした時、何か大きなものに藁山に叩きつけられた。痛、くはない。大丈夫、驚いただけだ。
すぐに起き上がってみるとAの隣には、ライオンのような大きな生き物がいた。
コイツか。コイツがやりやがったか!
「ブリースト。このドラゴンを見張っていてくれ、俺は調べ物をしてくる。」
Aの言葉にライオンは頷いて見せる。そして、Aは俺に注意を払いながら出て行った。ご丁寧に鍵もかけたぞ、アイツ。
俺もリチカの所に行きたいのに…目の前のライオンが邪魔だ。
「ぐるるるる!(こんにゃろー!)」
『そう警戒しないでおくれ。』
……ぬ?頭に直接…。
誰が話しかけてきたのか、なんとなく分かる。目の前のライオンだ。
『さっきは悪かった。どうか、大人しくしてくれないかね?キミを傷付けたりしたくないから。』
『そこをどいてくれ。』
『おお、これは驚いた。生まれたばかりだと言うのに話せるのか。』
頭の中で強く考えてみると、どうやらテレパシーみたいな何かで相手に通じたらしい。
なんか物腰柔らかいオッサンと話してる感じだ。
『おれは、リチカのとこにいく。』
『それはいけない。ルッティオにキミを見張るよう言われたからね。』
ルッティオ?ってなるが同時にAの姿が脳裏に浮かぶ。目の前のライオンが見せてるんだと、なんとなく分かる。
『私に戦う意思はないし、キミを傷付けたくないからお願いだ、大人しくしてくれないかね?ゆっくり話をしよう。』
『……わかった。』
目の前で"お座り"をしたライオンに、身構えるのを解いて、自分も座り込む。
にしても、コイツ…でかいな。白い体に金色のたてがみ、俺の知るライオンより、はるかに大きい。万馬みたいなでかさだ。
『キミの種族はあれだね。黒皇龍。』
『こくおうりゅう?』
『そうだよ。ドラゴン族。』
『……ドラゴン?』
『そうだ。私もキミもドラゴン。』
爬虫類じゃなかった…だと…。
いや、うすうす勘づいてたんすけどね…って、ことはここは俺の知る場所、世界じゃないのか?
つーか、お前…ライオンじゃん…。
『こくおうりゅって、なに?』
『とても珍しい雷風龍と言うドラゴンがいてね。黒皇龍は、雷風龍から極々稀に生まれるのだよ。キミは人々から神として崇められているドラゴンだ。』
『でも、なんでそんなことわかるんだ!?』
そう、考えすぎだぜ!ドラゴンとして産まれただけでも奇跡なのに。
『分かるんだよ。本能のように。キミは間違いなく黒皇龍だ。』
はーーーーん??!
No.2 孵化した結果、爬虫類じゃなかった。END.