No.1 泥棒されました
う…ん…?暗い…いや、うっっすらと明るい。
目一杯腕を伸ばしてみる。ぷにんとなにか膜のようなものにあたった。
(へ?どこかに入れられてんのか?)
体をよじってみると体全身が小さな抵抗を受ける。まるで、とろみのある水に全身浸かって…あん!?
(く、空気!酸素…死、ぬ!!)
もがいてみるが苦しくない。
でも、なんだか大した動きではないと自分でも自覚する。これは多分、身をよじった程度だ。
(って……あれ?)
苦しくないし、うっすら明るい何かの中に入れられてるのは分かった。そして、ぽかぽか温かくて気持ちいい。
ああ、動いたせいなのか?
すごく、すんごく眠い…あ、やば……。
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あれから何日経ったんだ?
俺は眠っては、少し起きを繰り返していた。
起きては、ここは何なのかを知る為に、色々動いて探っていた。少しずつ少しずつやって分かったこと、認めたくないが…。恐らくここは卵の中だ。
…………。鳥にでも生まれ変わったのかしら。
なんとなくだけど、そう思って仕方がない。
そして、最初は気づかなかったけど、この温かい理由は、聞こえてくる音。最初は不気味だったけど、何かの呼吸音が聞こえるわけよ。
多分、親鳥が卵を温めてくれてるんだと思う、だからめちゃくちゃ温かい。あ、親鳥って言っちゃダメか。新しい母ちゃんか父ちゃんだな。
起きてる時間も随分長くなった。最初は戸惑いしかなかったけど、この中もなかなか快適だ。
前の人生は、クソを練り合わせてクソでコーティングしたみたいな人生だったと思う。でも、なぜだかよく覚えてない…。俺が人間で、名前があったのは覚えてる、けど思い出せない。死んだと言うことは、なんとなく分かるが死因を覚えていない…そんな感じ。
よく覚えてないせいか、自分が死んで何かに生まれ変わった事実を、怖いくらいすんなりと受け入れることが出来た。
そう考えていると、いきなりぐらりと傾く感覚。
(おおぉあ!?…は、始まった!!)
俺が入っている物ごと、ずずず…っと動かされる感覚。
母ちゃんか父ちゃんか知らんが、いきなりやると驚くじゃねーか!俺を包むとろみのある液体のおかげで、衝撃は和らいでいるけど、これが驚く。
よく知らんが、抱卵中は卵を均等に温めたりする為に、せっせと配置を変えたり、傾けたりするんだっけ?本当にビビるんだわ、これ。
(あ、落ち着いた…。)
伝わってくる衝撃と音がやんだ。俺の位置が決まったらしい。
安心したら眠気が…。ヤバ…おや、すみ…。
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皆さんどうも。鳥(仮)です。
あれから数日、体がでかくなりました。そして、俺から皆さんに質問があります。
鳥って、表皮?体毛?羽毛?…硬かったっすかね?
や、あれなんすよ。日に日に感覚というかそう言うのが発達してきて、深く考えるとか、音とかよく聞こえるようになったんすよ。
もちろん、感触もはっきりしてきて、自分の体に触れてみたんすよ。オスかメスか気になったので。
や、いや!変な意味はないっすよ!?本当、マジで!あまりに暇でふと気になったんですって!自然に一人称が俺ってことは前世が男だったんすよ、今世でメスなら色々気をつけなきゃじゃないっすか!
まあ、ほら!そしたらっすよ、自分の体?皮膚?それがゴツゴツした感じで硬かったんす!爬虫類みたいに!
俺、ショック。好きな人に裏切られた時以来の。
……うん?…待って!今サラッと前世思い出した!!俺好きな人に裏切られたの!?ここで思い出すか普通!!?
俺、爆絶ショック!!
鳥(仮)と思ってたのに、ここにきて爬虫類説が浮上。人生ならぬ、理想の鳥生を描いてたのに。爬虫類として生きていかなきゃいけないのか。
爬虫類か…だったらワニがいいな。強そうだし、フォルムがカッコイイし…アリだわ、爬虫類。
「……!…………!」
(…ん?なんだ?)
なんか聞こえたぞ、聞きなれない音だ。俺達がある程度成長したと分かってるのか、親はたまに出かけるようになった。
ついさっきまで温めてもらってたけど、親は出かけたみたいだし、母ちゃんや父ちゃんじゃねーなこれ。
「…れに……んだ?…やく…親…が…って……。」
「……と、…って…。」
はっきり喋れや!聞こえねーだろ?!
や、待て、爬虫類は動じない。もしかしたら距離があるだけかもだしな。
耳をすませて聞いてみる。
「あ、この卵…これにする!」
「よし、親が帰って来る前に持って帰るぞ!」
声が近くで聞こえたかと思うと、俺が入ってる卵がぐらりと動いた。
(はん!?まさか…まさか俺!?よりによって俺にすんの!?嘘だろ、おい!)
やめ、やめろ!俺は母ちゃんや父ちゃんみたいな立派な爬虫類(仮)になるんだよ!
生まれてもいない俺が抵抗出来るわけねーんだ。分かってる。けど、俺の卵を運んでるらしいコイツらは、ようするに卵泥棒だろ?泥棒に盗られて、素敵な運命を送れるとは思わない。最悪、即食われる!
(やめろ!戻せこの野郎ーー!!!)
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(う…ん……?)
温かい…。あ、俺生きてる!?
や、待て待て。もしかしたら卵に入ってる俺を卵泥棒が料理か何かに使って…またどこかで生まれ変わってるかもしれない。
冷静になって考えてみる。
あの後、何か乗り物のような物に乗せられて移動して来たような気がする。その最中にまた眠気が襲ってきて、気を失うように眠りについた。
途中、痛みもなかったし…。聞こえて来た声は2つ、ってことは2人の何かに盗まれたのか、俺。
「ほら、優しく丁寧に卵を拭いてあげなさい。」
おん?この声は…。卵泥棒Aだ。
声からして男か?若い感じではなさそうだし、年老いているって感じでもない。
「うん。」
あ。この声…よりよって俺を選んだ卵泥棒B!
声からして子供、か?おい、よくも俺を泥棒しちゃってくれたな!ものを盗るなんて最低だぞ!
「あっ!パパ、今少し動いたよ!」
「おお。動くようになってるなら、あと3、4日くらいで孵化するな。」
「ほんと!?あたし頑張ってたくさんお世話する!」
「うん、元気に孵化出来るように頑張りなさい。」
いい子じゃねーか、ちくしょう…!って、何を呑気に考えてるんだよ、俺は。
とりあえず、卵泥棒AとBは俺を食う気はない、のか?さっきAは、孵化まで3、4日って言ってたし、孵化する直前の卵を好き好んで食べる奴は、そういないと思う。なら無事孵化出来んのか…?
て、言うか…やっぱり俺、卵に入ってるんだな。なんだか少しの期待はあったけど、ちょっとショックだわ。
それからBはせっせと俺の世話をする。
殻を拭いたり、慎重に慎重に傾けたり。優しく話しかけたり。
「ねえ、パパ。孵化するのに転卵しないほうがいいんじゃないの?他の子の家ではやってないよ。」
いや、他の家の子も卵盗んでんのかよ。どんな教育してるんだ。
「抱卵していても親が動いたりするだろう?」
「うん。」
「そしたら卵も動いたり、傾いたりするんだ。」
「うん。」
「孵化する直前で動かしたりするのは、自然な状態に近付けるためなんだよ。」
「へぇー!さすがパパ!」
へぇー!って、A、お前プロか。慣れてるな、お前。
「あのね、パパ!あたしこの子名前決めてるの!」
お?せめてカッコイイ名前にしてくれよ。
「どんな名前にするの?」
「ローチ!」
可でもなく不可でもなく、反応に困る名ま…。
「ローチか。古代語で"天空"を意味する言葉だね。」
「うん!」
どこの古代語か分からんが、前言撤回。Bよ、いい名前をありがとう!
ローチ、ローチか。それが今世の俺の名前。
この卵泥棒親子と所にやってきて、一時はどうなるかと思ったけど、聞こえてくる会話はほのぼのとしてて、穏やかだ。
孵化する前から波乱万丈だけど、ひとまず安心していいかもしれない。
あ、…安心したら…眠気が…。
No.1 泥棒されました。END.