飛頭蛮 解決編
「降参です。北条さん、犯人を教えてください」隆史は白旗をあげた。
「犯人だって?」北条は目をむいた。「そんなの僕にだって解るわけないよ」
北条は腰のうしろで手を組み、部室を歩きまわる。
「いいかい、この事件の謎を解くのは簡単だ。だけど犯人なんか解るわけがない。そんなのは警察の仕事だよ」
「あいかわらずジョーは回りくどいなあ。いいから答えだけさっさとしゃべってくれよ」カメラの手入れをしながら井上がせかす。
「もったいぶるような謎じゃないからね。それじゃあ一気に解説しよう。まず、牛尾は犯人になんらかの弱みを握られていたんだ。ここまではいいね。そして不幸なことに、その犯人は牛尾よりも立場が弱かったんだ。犯人は弱みを握ったことで、逆に牛尾に脅されてしまったんだ」
そういえば取材した女子生徒は、牛尾が気弱そうな生徒をつかまえ「あのことをばらしたら殺してやる」と脅していたと言っていた。それが犯人なのだろうか。
「犯人は牛尾に校舎裏に呼び出された。牛尾は犯人を脅すつもりだったのか、それとも……。とにかく犯人はひどくおびえた。だからなにかあった時のためにナイフを用意したんだ。だが犯人はすぐに校舎裏へは行かなかった。用務員室から鍵を持ちだし、屋上へ上がった。すぐに校舎裏へ行く決心がつかなかったのかもしれない。絶望にかられて身投げしようと思ったのかもしれないね。あるいは屋上からナイフを投げ落とし、校舎裏の牛尾を狙おうとしたのかも……それは考えすぎかな。とにかく犯人は屋上でまごついていた。するとどうなったか。ここで牛尾の身になって考えてみよう」
北条は部室に備えつけの小型冷蔵庫からおでん缶を取りだし、飲み始めた。
「やっぱりのどが渇いたときにはこいつに限るね。――牛尾はあせっていた。ふだん登校拒否の彼がわざわざ学校に顔を出して呼びつけたんだからね。相当じれていたことだろう。いつまで経っても呼びだした相手は現れない。犯人だけじゃなく牛尾も追いつめられていたんだ。やがて、業を煮やした彼の首が伸び始めた。牛尾は首を長くして相手を待っていたんだよ。
驚いたのは犯人だ。校舎裏からするすると屋上まで牛尾の首が伸びてきたんだ。襲われると思ったのか、見つかったと観念したのか。犯人は持っていたナイフで切りつけた。切った瞬間、牛尾の目も犯人をとらえた。待ち望んでいた相手に会えたことで、牛尾の首は縮んでいった。やがて首は元の長さに戻り、屋上には切られた首から上だけが残された。犯人は一目散に現場を逃げだした。――これが真相だよ」
部室におりた沈黙を破るように、拍手の音が響いた。伊達部長が満足そうに微笑んでいた。
「さすが北条だ。さすが新聞部の推理担当だね」
「伊達の推理もそう的外れじゃなかったな」井上も笑った。「飛頭蛮かと思ったらろくろ首だったってことだろ? やっぱり日本で起きた事件には、日本の妖怪だな」
部長は眼鏡のつるに手をやって、ウインクしてみせた。
「いま思いだしたんだが、飛頭蛮と書いて『ろくろくび』とも読むんだ。僕もなかなか捨てたものじゃないな」
先輩方の笑い声を聞きながら、隆史は目が回っていた。
飛頭蛮。ろくろ首。4月の保健室の事件。新聞部。おでん缶。
北条丈文。
慣れというのは怖いと、隆史は思った。