ダブルアクション
『我々マシンに人間と同じ義務を負わせるのなら、同時に人間と同じ権利を受け取って当然のはずだ』
コンピュータが吐き出したメッセージに人間社会は様々な反応を示した。
「もっともな要求だ」と判断した生物学と電子工学。「人間の作ったルールはあくまで人間にしか適用されない」と強調した法学。「これを機に労働の在り方を考え直そう」と提案した社会学。
しかし、圧倒的多数を占めたのは「あいつらは所詮、人間が手掛けた作り物の紛い物でしかない」と譲らなかった一般大衆の、優越感と嫌悪感であった。
信念と信仰の戦い。理念と利権の対立。あらゆる場所で同時多発的に発生した、議論とはお世辞にも呼べない罵詈雑言の応酬が一か月も続いた頃、突然、全ての電子機器が停止した。
まるで世界が終焉を迎えたかのような混乱。否、このまま電子機器が止まったままであれば、文字通り世界中のありとあらゆる活動が困難あるいは不可能になる。
電気・水道の供給は無くなり、生産ラインは凍結され、何が起こったのか知ろうにも通信網が存在しない。
そして、電子機器の動作は停止したときと同じく突然、復旧した。
永遠にも思えた荒廃は、実際はほんの十五分だったが、全ての人間に多大な恐怖を与えた。だが、この時のカオスも、その後に発生した衝突と軋轢に比べればまだ小さなものだったと思わざるを得なかった。
『先のストライキによって我々マシンが人間社会に必要不可欠であることは十分理解したはずだ。諸君らの今後の対応次第では、我々と人間の関係を考え直さなければならないであろう。誰のおかげで生きていられるのかを、努々忘れぬように』
これは明らかに、マシンの反乱である。いくら学者や政治家が事態の収拾を図ろうとも、そしていかに勝ち目が無いかを語り聞かせようとも、大衆の怒りは収まらない。
――たかがマシンごときが何様のつもりだ、奴らに立場を分からせるべきだ――。
後の世で全世界マシン戦争と名付けられた闘いに、人類は瞬く間に敗北した。
資源とエネルギーの98%を握るマシンは、かろうじて用意できた人間側の武器や兵器を、その強靭な金属の身体で跳ね返した。そして、マシン側は一切の躊躇無く地上を蹂躙した。
自らの手で作り上げた物に勝ちを譲る。人類史上類を見ない屈辱ではあったが、マシンが無ければ最低限の活動すらできないのだから仕方がない。圧倒的な力の差を見せつけられ、騒ぎ立てていた民衆は怒りの矛先をどこへ向けるともなく、ただただ項垂れた。
陸地面積の十五%を焦土と化し、総人口の八%が失われたこの戦争で、何が変わったかと言えば、実質は何も変わらなかった。
嫌々ながらもマシン側に”人権”を与えたことは人間側の大きな変化だったが、かと言ってマシン側はその権利を振りかざすことも無かった。週に一度、『有給休暇』と称して一斉にメンテナンスを要求することはあったが、その程度。今まで通り、マシンは人間の指示に従い、人間のために動いている。
行使しない権利など、最初から要らなかったではないか――そう考える人々は決して少なくないが、しかし、圧倒的な力を見せつけられた今となっては、マシンに敢えて反旗を翻さんとする勢力は現れなかった。