ダブルバインド
中央電波放送協会会長、坂東相五郎は頭を抱えていた。
毎秒のように押し寄せる苦情の嵐。的外れで馬鹿馬鹿しい、戯言の塊。
『我が国が戦争に負けたなどありえない。そんなこと信じたくはない。嘘の歴史をドキュメントと偽るな』
『今朝のニュースを読んでいたアナウンサーの顔が性犯罪者っぽくて不快なので、さっさと辞めさせて美女に交代させろ』
この程度ならまだ笑える。しかしあるときを境に妙な言いがかりが急に増えた。
『放送中に顔が画面に映っていた時間が、男性は計四十五分十二秒だったのに対し、女性は計四十二分三十三秒しかなかった。これは女性に対する差別ではないのか』
『五分間のニュースを全て女性に読ませたのは、男が役に立たないという考えあってのことだろう』
『食レポの最中、男性同性愛者がみたらし団子を食べるシーンがあったが、同性愛を侮辱する意図があっての演出に違いない』
くだらないとは思ったが、一人でも嫌な思いをするのなら控えるべき、が我が国の常識で我が協会の理念。板東は丁寧に対応し、改善もしてきた。だが、何をどう変えても批判は無くならない。
『放送中に顔が画面に映っていた時間が、男性は計四十分五十一秒だったのに対し、女性は計四十八分三秒だった。これは女性に負担を押し付ける行為、差別ではないのか』
『最初は男性がニュースを読んでいたのを途中で女性に交代したのは、男が前で女は後ろ、という考えあってのことだろう』
『番組に男性同性愛者を出演させないのは、同性愛を排除しようとの意図があっての演出に違いない』
『最初は女性がニュースを読み、途中で男性に交代したのは、女が先に苦役を負えとの考えがあるからだろう』
どうあがいても屁理屈は湧いて出てくる。しかも、平等を言い訳にするのだから、無視して遠ざけるわけにもいかない。
疲れ果てた板東は大勝負に出た。
「ソレデハホンジツノテンキヨホウデス」
アナウンサー、レポーター、その他テレビの出演者を全てマシンに変え、声は全て機械合成に任せた。マシンに性別などありはしない。どう扱おうと、そこに差別など存在しない。
ここまでやってやったんだ。粗探しが出来るならしてみろ。板東が笑っていたところに、電話がかかってきた。
『人間を出演させないのは、人間がマシンに劣っているとお考えだからか? これが人間への差別だという自覚は無いのか?』
板東は受話器を全力で叩き付けた。