第7話 休暇
「お母様、あの露店のお肉食べたいです......」
「おにくばっかりたべるとふとるぞー」
「ノラ、余計なことを言わないで。その分運動すればいいだけなんだから」
和やかな兄妹のやりとりをユラとミユリは和やかな気持ちで見ている。皇国から亡命してきて、色々と忙しい毎日だった。こうしてのんびりと街中を散歩できる機会を与えてくれたティレウスに2人は感謝した。
今ノラ一行がいるのは王都シンシアの東側にある繁華街だった。石畳の道路が碁盤目状に整備され、お店や屋台が規則正しく並んでいる。
シンシア王国へ来てユラが少し疑問に思ったことがある。どんな小さな家、屋台でも必ず王国の紋章がどこかに記されていることだった。この前赴いたサンデラでも一つ残らず記されていた。王国は紋章を記すことを義務付けてはいない。なのにこうして率先して紋章を記すと言うことは、余程王政への、この国に対しての忠誠と誇りがあるのだろうとユラは感心していた。
そしてもう1つ。紋章と同じように、王国内の建物の屋根が全部または一部が一件残らず青系統の色で塗られていることだった。これはあとでモリスに聞いて分かったことだが、王国において青いろは空のように澄んだ心を持てと言う意味があるらしい。もちろんこれも王国が推奨している訳ではない。一種の伝統なのだろう。ユラは皇国もかつてここまでではなくとも秩序ある国だったことを思い出し、感傷に浸る。
「良いわよ、サユリ、買っておいで」
お金を渡されたサユリは一目散に屋台へ向かっていった。どうやらこの屋台はラッテルと言う馬鹿でかいウサギの肉を扱っているようだった。
「美味しそう!!」
「お嬢ちゃん、幾つにする?」
「10本ください」
それを聞いた店主は目を丸くしていた。全部1人で食べると思われたサユリは頰を膨らませる。
「家族みんなで食べるんです!」
「そうだよな、悪かった嬢ちゃん。20ルーンだよ」
サユリは肩に掛けていたカバンからポーチを取り出し、20ルーン分の胴貨を手渡した。
「ありがとう!!気をつけて持ってくれよ?」
扇子のように串焼きを持ったサユリは来た時と同じくらいの速さでユラの元へと戻った。4人は側にあったベンチに腰を下ろす。
「はい、お父様、お母様、それにノラも」
「おう、ありがとう。お、これはラッテルの肉か?うんうん、これは美味い」
「本当ね、親しみのある味よね」
「おねえちゃん、これうまいぞ」
「せめて美味しいって言いなさい、ノラ」
ミユリが痛くないゲンコツをノラの頭へと落とす。
「食べ終わった串はお父さんに頂戴。帰ってから捨てるから」
串焼きを食べ終わった4人は再び歩き出す。清掃が行き届いているのか、そもそもゴミを捨てる人自体いないのか、石畳の道路は極めて綺麗な状態に保たれていた。
ユラは黒のステンカラーコートを身につけ、ミユリは赤いカーディガンの上にピーコートのような上着を着ている。その2人はまるでモデルのように映り、通り過ぎる人が皆振り返っていた。
「ノラは行きたいところある?」
先ほどの肉を口の中でもぐもぐさせながらユラが聞いた。ノラも口をもぐもぐさせながら首を傾げ考える。
「んー、ぶきやさん」
「さすがは僕の息子、いつ何時でも用心しようというその心構え、素晴らしい!!」
「あのねユラ、普通の親ならその歳で武器なんて危ないって怒るのが普通なのよ......」
「悲しいことに、僕らは色々な意味で普通じゃないんだよね」
「......」
ユラの呟きに対してミユリはどうしても言葉が出てこなかった。ただそれでも、今こうして家族4人でのんびりと過ごせていることに感謝しなければ。過去はどうあれ、今この瞬間は幸せなのだから。
「しょうがないわね。武器屋ならギュンターが言ってたオススメの所があるみたいよ」
「僕も職人さんに相談したいことあるしね」
4人は右の細い通りへと曲がり、そこからどんどん細い道へと入って行く。やがて路地を呼べるくらい道が狭くなり、そこを4人1列で進んで行くと「ロッフェンソード専門店」という看板が見えた。
中は意外と広かった。入り口を入ると両サイドの壁に剣がずらりと壁に飾られている。全部で数10本はあるだろうか。メジャーどころでは、ロングソード、ショートソード、ダガーはもちろん、ククリといったマイナーな剣まで揃っている。
どうもこの店は縦長の構造になっているようだった。奥に行くとカウンターがあり、さらにその奥にはオレンジ色の光を放つ釜や剣を造るのに使うのであろう道具が見える。
「これは凄いわね。芸術品としても通用するわよ......」
ミユリが並んだ剣を見て感嘆のため息をついている。
4人が並んだ剣を眺めていると、奥から筋肉をたっぷりと蓄えた、ユラと同じくらいの身長の男がやって来た。ユラと同じような短髪で、肌は所々煤で黒くなっている。
「いらっしゃい......」
男はそれを言ったきり、全く喋ろうとしない。だがその沈黙が気まずい雰囲気へと繋がることはなかった。4人が剣を眺めている様子を、静かに見守っている。
最初に一通り見終わったユラが最初に男へと話しかける。
「あなたがここのご主人さんかな?」
「......」
男は一言も言葉を発さず、静かに頷く。
「えっと、看板に書いてあったから、ロッフェンさんでいいのかな?」
「......」
またしてもロッフェンは頷きで返答した。
流石の肝っ玉を持ったユラも苦笑しながらロッフェンとやりとりをする。
「一つ尋ねたいんだけど、ここは特注の剣は造ってもらえるのかな?」
「......ええ」
初めて喋った。
「これから言う事は他言無用でお願いできるかな?」
「......」
「ミユリ、この人ならあれのこと言っても大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」
「そうね、この職人さんは口が堅そうだし、ましてや......」
「......」
普段からこれだけ無口なら、なおさら信用できる。ユラは相談してみることにした。
「実は、眩惑石を持ってるんだけど、それを加工して剣を作ってもらえるかな?」
「......」
初めてロッフェンの表情に変化があった。ほんの僅かだが、ピクッと頰が反応した。眩惑石は以前ユラが皇国を抜け旅をしていた時、外界で入手したものだった。
「どう?」
「......ええ」
なんと、ユラも期待していなかった肯定の返事がもらえた。
「この剣くらいの大きさのもの作れる?」
そう言いミユリに合図を送る。ミユリはどんな呪文かは不明だが、手をかざし自分の身長ほどの剣を出現させロッフェンに見せた。
「......」
女性が身の丈ほどの大剣を軽々と持ち上げる様子を見てもロッフェンは微動だにしなかった。
「......オススメできない」
「オススメ?」
「......眩惑石なら、8割ほどの大きさの方が使いやすい」
初めて句読点付きで喋った。
「なるほど。それじゃあちょっと待っててね」
そう言うとユラは転移し、2分ほど経ったころ、ものすごく大きな、虹色に光輝く石を抱えて戻って来た。見た目だけでも重さは軽く100キロはありそうだった。
「これなんだけど、質とかはどう?」
「......」
ロッフェンは言葉に出さない代わりに、目を細め何度も頷いた。恐らく上等な物なのだろう。
「ロッフェンさん、どれくらいで出来るかな?」
腕を組み、ロッフェンはしばらく目を閉じる。そして目を開けると、指でピースサインを作った。
「......2ヶ月ってこと?」
「......」
首が痛くなってきたのだろうか、ほんの少しだけ頷いた。
「よし、じゃあお願いしようかな。よろしく頼むよ」
「......ありがとう」
どうやら礼はちゃんと言えるようだった。ユラが眩惑石を持ち上げ、カウンターに置いた。それをロッフェンはいとも簡単にひょいと持ち上げ奥へと下がって行く。
「おとうさん、これほしい」
「ん?」
ノラが指を指した先にあったのは、スワローと呼ばれるグリップの両サイドに刀が付けられている剣だった。グリップには実戦に支障のない程度の装飾が施され、長さは約100センチ、刀は刃渡り40センチのものが両サイドに付いており、合計180センチの長さだった。
「ノラ、今の体型だと大きすぎるんじゃないかしら」
「いっしょうだいじにする」
「まあ、いいんじゃない?」
ユラが助け舟を出す。ミユリがしょうがないと言った表情でスワローを見ていた。
「ノラ、大事にするのよ?」
「うん!ありがとう!」
ノラは嬉しさのせいか、飛び跳ねている。
「ロッフェンさんーー」
こだまでも響きそうな声でユラがロッフェンを呼ぶと、すぐに奥から戻ってきた。
「......」
呼ばれて来ても、無口で通すようだった。
「ロッフェンさん、あれください」
「......60万ルーン」
「全然ケチつけるつもりじゃないんだけど、いい値段するね」
「......一生使える」
「そうだよね。じゃあ、即金で」
そう言って60万ルーン分の金貨をロッフェンへ渡す。
「......たくさんありがとう」
そう言うとロッフェンの目線がノラへと注がれる。
「......剣包む?」
「そのままでいい、ありがとう」
「街中でそれ見せたら衛兵が飛んでくるわよ。ロッフェンさん包んでください」
そう言われたロッフェンが棚からスワローを取り外し、刃先にガードを取り付け、豪華な包装紙を巻いてノラへと手渡す。
「これはすばらしいものだ」
うんうんとノラは頷いている。
「ノラ、分からないのに適当なこと言わないの」
サユリに言われてもノラはどこ吹く風といった様子だった。
4人は蜘蛛の巣のように入り組んだ道を逆戻りし、大通りへと戻って来た。
「次はどこにいきましょう?」
結構歩いたというのに、そう尋ねたサユリ、そしてノラは元気一杯と言った様子だった。
「そうだね、ギルドに寄ってもいい?サユリとノラはギルドはまだ行ったことないよね?」
「はい、まだ行ったことありません。お父様」
「いったことない」
「じゃあ決まりね。この国のギルドがどんな感じか、私も見てみたいわ」
4人はギルドへ向け歩みを進める。平日ということもあってか、人もそれほど多くない。魔道車も2、3分に1台見かける程度だ。この国はそもそも魔道車が普及していないのだろうか。ユラはそんなどうでもいいことを考えながらも、ふとミユリのことが気になって、彼女の右手を取った。
手を繋がれたミユリは視線をユラへ向け、穏やかな笑みを浮かべる。
「ユラ、どうしたの?」
「いや、たまにはいいかなと思ってさ」
「ふふ、そうね」
「おねえちゃん、ぼくもてつないで」
サユリはしょうがないなあという表情でノラの手を握る。
4人はそのまま5分ほど通りを直進した。すると、2階建ての大きな白い建物が見えてきた。ほぼ長方形に近い楕円の形をした館は外壁がレンガのような素材で立てられており、歴史を感じさせた。
「あれが王国のギルド本部らしいよ」
「意外と大きいわね」
「そもそも最近まで平和だったこの国でギルドなんて必要なのでしょうか?」
「どんな国だって揉め事だったり、魔物が出たりしたら冒険者の手を借りることになるからね」
3人が会話をしている中、ノラはただただギルドの館の綺麗な外壁に魅入っていた。
中へ入ってユラが最初に抱いた感想は、思ったよりも人が少ないことだった。中へ入って左側には掲示板がいくつかあり、ここで依頼書が見れるのだろう。右側にはテーブルと椅子が6セット設置されていた。そして中央にカウンターがあり、一人の女性が立っていた。
4人は女性の元へと歩いていく。女性の頭の斜め横には耳が、腰の辺りには尻尾生え、ピクピクと動いていた。クリーム色のワンピースと赤一色のスカートを履いていた。この国へ来て初めての獣人だなとユラは思った。と同時に、すごく胸が大きい......。一瞬見とれそうになったとき、横から強烈な視線を感じ、ユラは咳払いをし、女性に声を掛けた。
「すみません」
「はい、シンシア王国ギルド本部へようこそ!私はソフィと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
女性は尻尾を緩やかに振りながら尋ねてくる。
「ギルド長さんに会いたいんだけど」
「えっと、失礼ですが、事前に連絡などはされてますか?」
そう言われれば連絡はしていなかったが、まず会えるだろうとは思っていた。なぜなら。
「僕のギルドカードです。これでギルド長さんに連絡していただけますか?」
ソフィは両手でギルドカードを受け取る。
「えっと、ユラ・ラフィエルさん。ランクえすえ......え??」
ギルドカードを持っている手が少しずつ震え出す。と同時に顔色も少し暗くなってきた。
「......えっと、ユラさん?もしかして、新しく任命された将軍様って......」
「うん、僕だよ」
それを聞いた途端、ソフィは中腰になる。
「ゆ、ユラ様、大変失礼いたしました!!すぐにギルド長を呼んで参りますので奥のお部屋でお待ちくださいませ!」
「あと、家族も来てるんだけど、一緒にいいかな?」
「はい、もちろんでございます!こちらへどうぞ」
ソフィのただならぬ様子に、その場にいた5、6人の冒険者が何事かとユラ達を見つめている。
4人はソフィについて行き、2階への階段を登っていくと、この部屋で待っていてくださいとソフィが手前の部屋のドアを開けた。
中へ入ると中央には会談用のテーブルが用意され、奥の方に一人用の椅子、手前側に最大5人程度は座れるだろう、長いチェアが用意されていた。
4人は右の方からノラ、サユリ、ミユリ、ユラの順番で座った。ノラは退屈なのか、大きく欠伸をした。
2分ほど経った頃、ドアが開かれ、見た目年齢20代くらいの男性が入って来た。細目だが穏やかな目つきをしている。
「遅れてしまって申し訳ありません!私がこの本部のギルド長を務めておりますオリバーと申します」
オリバーはすっかり恐縮しきった様子で自己紹介をした。
「どうもどうも。僕はユラで、隣にいるおっぱいがぼいんぐふっ!!!」
ミユリがいつもの調子でユラに制裁を加える。
「主人が失礼いたしました。私はこの低脳なドブネズミの妻、ミユリです。それでこっちにいるのが娘のサユリとノラです」
「自分の夫をドブネズミ扱いってどういうことよ......」
想像していたのと真逆の性格をしていたユラに、オリバーは苦笑を浮かべながらどう反応すればいいか頭を悩ませていたが、このままでは話が進まないのでこちらから先を促すことにした。
「それでユラ様、今日はどうされました?」
「あ、はい、一応将軍職を預かってるから、国内のことが気になってね。それでギルドにはまだ来てなかったから、様子を見に来たんだよ」
「そうでしたか、忙しい中、ありがとうございます」
それを聞いたオリバーは、この人は性格はともかく仕事はきちんとするようだ、という安心を得た。
「それで、何か困ったことはない?」
「そうですね、目下今の所はまだ致命的なところまでは発展していないのですが......」
「うんうん」
ユラが先を促すと、オリバーは初めて困った表情を見せた。
「最近我が国を訪れる冒険者が減っているのです」
次回は1月8日を予定してます。※変更の可能性あり