第6話 侵入者
ユラ達家族が王国へやってきて、一つ変わったことがある。王都クリスタに大規模な結界が張られたのだ。と言っても張られたのは敵の侵入を防ぐ防御結界ではなく、侵入したことを知らせるだけの探知結界だった。もちろん街全土を覆う規模の結界を張れるのは、この国ではユラ、ミユリの2人だけであった。
さらに念のためにと、王国内全ての街、村に魔力測定機、番犬の嗅覚を設置していた。これは自動的にその村に住む人々の魔力を指紋のように登録し、違う魔力が探知されるとユラ、ミユリに知らされる仕組みとなっている。ちなみにこれを作ったのはユラの息子、ノラである。
皇国軍をたった1人で叩きのめしたのだから、その情報が流れないはずがない。そして真相を確かめようと斥候なりスパイなりスパイがやってくることも当然予想できた。防御というのはいくら完璧にしようとしても必ず綻びが出る。それならば、いっそのこと敢えてお迎えして差し上げればいい。そして片っ端から捕獲していこう。これがユラの考えたあまり頭の良くない作戦だった。
「魔法というのは難しそうで、原理を知ってしまえば意外と簡単なのです。ギュンター、魔法はどうやって発動されますか?」
「どんな現象を起こしたいかをイメージして、それを体内にある魔力を放出し形作る、でしょうか?」
「その通りです。つまり魔法が使えない人は想像力がない、夢のない悲しい人たちなのです」
「師匠、容赦ないっすね......」
精鋭部隊結成から1週間、4人は魔法練習グループ、身体能力向上グループの2つに分かれていた。
ルルとメリアは王城の外周を全力でひたすら走り続けるという鬼畜なトレーニングをしていた。一見すると無茶苦茶だが、ミユリが遠隔で治癒と細胞活性化の魔法を使っているので思いの外疲れずにいることができた。
一方、ギュンターとルイは王都クリスタから歩いて10分ほどのところにある平野で魔法の発動訓練をミユリと行っている。
「魔力量、放出する能力は先天的な才能に左右されます。ですが2人は兵士で元々そういう訓練を行ってこなかっただけで、素質は十分備えています。つまり何が言いたいかと言いますと」
そう言うとミユリは左手を腰に当てた。
「想像するのが難しいのであれば、手本を見て真似ればいいのです。今から炎、水、雷、氷、風、土の初歩魔法を順番に放ちます。体内の魔力の流れをよく見ていてくださいね。光と闇の魔法は想像するのが難しいので、訓練は基本属性魔法がある程度発動できるようになってからにします」
そして順番に初歩の属性魔法を放っていくミユリを2人はじっくりと観察していた。その時、一切魔力の兆候を見せることのないまま、ユラが転移魔法で3人の前に姿を表した。
「お客さんが来てるね」
「そう見たいね。私も行った方がいいかしら?」
「いや、僕だけで十分。それに訓練中でしょ?時間がもったいない」
そう言うや否や、すでにユラの姿は消えていた。
シンシア王国、北部。皇国との戦闘が行われたニール平原を南へ向かい山を越えるとサンデラという小さな村がある。中心に小さな広場があり、その周りを囲むように平屋の住居が点々と建っている。柵がないので、家畜の牛やヤギがのっしのっしと村中を闊歩し、村の様子は極めて穏やかなものだった。
そんなのどかなこのサンデラにある番犬の嗅覚が、異端者の魔力を捉えた。
「侵入成功」
「といっても、まだ国境を超えただけですが」
「そうね。でも、あの情報が確かなら、少しの油断が致命的なミスにつながるわ」
4人の異端者は、村の最北端にある牧草地帯で身を隠していた。そろそろ秋の季節ということもあって、人間の背丈ほどの高さまで伸びた牧草が黄金色に輝いている。
「クリスタまであとどのくらいかしら?」
「私たちの足であれば、1日ほどか」
「ようこそ、シンシア王国へ。できれば正式な入国手続きを経てお越しいただきたかったのですが」
その声は4人の背後から聞こえてきた。瞬時に振り返る。
「どうして!?結界も無かったし兵達にも見られてなかったはず......」
「僕らを甘く見るなよ、シホン」
「......お久しぶりです、隊長」
「今の隊長は君だろ」
シホンと呼ばれた女性は黒髪をポニーテールにし、前髪を眉の上で切り揃えている。体格こそミユリから比べれば小柄だが、女性とは思えない服の上からでも分かるほどの鍛え上げられた体は、世界最強と謳われる皇国の兵士にふさわしい出で立ちをしていた。
「隊長、どうしてですか?どうしてこの国に」
「その理由は君が一番よく分かってるはずだろ」
「軍人たるもの、どのような任務であろうとも遂行するまでです」
「本気で言ってるの?おたくらがやってるのは戦争じゃない。一方的な虐殺だ」
「それでもです」
言葉の応酬が続く。シホン以外の3人はその様子を固唾を飲んで見ていた。
「初めて見るがこの男、隊長と話をしながら、一方で俺たちへの警戒も全く怠らない。だがそれほどまでに恐れる男なのか?」
男が心の中で疑問を口にする。
「そりゃ自分は強い男ですってオーラに出すような馬鹿はいないでしょ」
突然ユラが話の腰を折って男に向かって話しかけた。
「こいつ、他人の思考が読めるのか?だとしたら厄介だ......」
「エルソン、気をつけて。この人は、転移魔法、神の歩みが使える」
「そうだよ。気をつけてね。これを使わなかったらこの村で君たちを捕捉できなかった。それくらい便利だよこれ」
今や敵となった皇国の斥候たちに、ユラは情けで忠告をする。
「先ほど、甘く見るなと仰いましたね」
「うん、確かに言った」
「それはこちらも同じです。鎌鼬!!」
4人が一斉に風の刃を放った。
音速を超える速度で4つの刃がユラを襲う。だが。
「神隠し」
「まずい!みんな避けて!!」
放ったはずの刃が丸い光が歪んだ空間へと吸い込まれ、そのコンマ2秒後程度に背後から放ったはずの刃が4人を襲った。シホンの警告も遅く、4人のうち1人は肩を切り裂かれていた。
跳ね返された刃を回避したため、皇国側の兵は2時方向に2人、6時方向にシホンとエルソンに分断された。
「初見で避けるとは、さすが皇国兵。やるじゃない」
「隊長、今のは」
「彼だけが使える第11級魔法よ。」
「第11級?聞いたことありませんが......」
「そりゃそうよ。世界で彼しか使えないんだから。神話にしか出てこない魔法を何故か彼は使えるの。そして神話に出て来る魔法は第11級魔法として分類されてる。Sランク以上の冒険者ライセンスを持つものにしか知らされない情報なの」
「では、第11級以降の魔法もあるのですか?」
「それは彼しか知らないわ......」
「おしゃべりは終わったかい?なら、もう1発。発破」
ユラは4人の中で肩を切り裂いた敵を最初のターゲットにし、発破によって強化された拳で腹をフックで殴る。
「ごほっ!!」
殴られた敵は目で追うのも難しいくらいの勢いで吹き飛ばされ、飛ばされた先にある住居にぶつかろうかというところでユラが神の歩みで住居の前に転移し、今度は反対方向に回し蹴りを放つ。ピンボールのように今度は逆方向に飛ばされ、20メートルほどバウンドし、動かなくなった。
「家にぶつかられたら住んでる人大変だからね、蹴り返したけど、ちょっとやり過ぎたかな。殺すつもりはなかったのに」
口調こそ穏やかだったが、ユラの表情は間違ってアリを踏んでしまった時のように影が差していた。
「なあ君ら、こっちに来ない?」
「な!?何を言うのですか!!」
「さっきどのような任務でもって言ったよね?つまりやりたくないんでしょ?」
「私は国を売ったりはしません!」
「君の祖国は皇国じゃなかったでしょ?君の国は皇国に蹂躙され、属国となった。それでもかい?」
「あなたに何が分かるのよ!?」
「分からないよ。ただ、君が喜んで今その場所にいるとも思えないけどね」
そういいユラは左手を上げる。それに皇国側の3人が身構えた。
「魂の棺桶」
ユラの目の前に童話の絵本でみたような、鎌を持った死神が現れる。死神は3人目の男の前に超高速で移動し、鎌を横薙ぎに振るう。
「避けて!少しでも当たったら」
シホンの警告のおかげで男は攻撃に反応できたはずだった。死神が振りかぶった鎌を勢いそのままに投げ捨て、右手で男の首根っこを掴み、持ち上げる。
「あ......が......」
持ち上げられた男は身体中の血管が浮き出ながら徐々に痩せ衰えていき、最後には骨と皮だけのミイラへと成り果てた。
「なっ!......」
男が完全にミイラ化したと同時に死神は消滅した。
「氷の槍」
今度はユラがシホンとエルソンへ連続で氷の矢を秒速2キロまで加速させ放つ。
「隊長、今のは一体......」
間一髪で右へ左へと氷の矢を避けながらシホンへ尋ねる。
「死神に触れたら生命力を吸い取られるのよ。しかもさっきみたいに完全に拘束されたら死ぬまで吸い取られる。恐らくこれも彼だけが使える魔法よ」
「神隠し」
「また来るわよ!!」
氷の槍がねじれた空間に吸収され、2人の上空から4カ所空間に穴が空き、再度2人に発射される。
「どうしたの?甘く見ないでって言ったからそれなりに本気でやってるんだけど、手を抜いてあげようか?」
その言葉がシオンの逆鱗に触れた。
「ふざけないで!!拡がる刃!」
剣を抜き、雨あられと降り注ぐ氷の槍を一閃する。氷の槍が一掃された僅かな間を作り出し、瞬時にユラの元まで辿り着く。
その洗練された動きを見てユラが僅かに笑みを浮かべる。
「お?」
シホンがユラへと高速で剣を振るう。だがユラは冷静に体さばきだけで避けていく。そこへエルソンが魔法で加勢する。
「火炎弾!!」
直径50センチほどの炎の玉が生まれ、ユラへと発射される。
「こんな草だらけの場所で炎なんか使うなっよ!!」
ユラが神の歩みでエルソンの目の前に転移し、即座に顔面へと膝蹴りを放つ。
「がっ!!」
10メートルほど、血を撒き散らしながら吹き飛んだ。それでもエルソンは何とか顔を抑えながらも立ち上がることができた。
「ねえ、君ら何しにきたの?特にシホン、全然成長できてないじゃん。僕のことを調べに来るってことはそれなりに戦えるようになったのかと思って来てみたら、拍子抜けもいいとこだよ。こんな茶番に付き合ってる暇はないから、もう終わりにするよ」
そう言い終わった時にはすでにユラは神の歩みでシホンの背後へ転移し、首筋に手刀を打ち、意識を刈り取る。
「隊長!!」
「あんたもとんだ期待はずれだ」
エルソンの正面に転移したユラが柔道の要領で地面へと叩きつけた。
「がっ!......」
「そりゃ弱い者いじめばかりしてて強くなる訳ないか......」
エルソンの意識を刈り取ると、ユラは両肩に2人を担ぎ、王都シンシアへと帰還した。
「どうだ、ユラの方は?」
ティレウスがモリスへ尋ねる。
「はい、あのちゃらんぽらんな性格からは想像できないくらい、真面目に職務に励んでおります」
「もしかしたら皇国の頃の任務があまりにも辛かったので、その反動がきてるのかもしれませんね」
マリーはユラが自分の容姿を褒めたばかりにミユリから精神魔法で説教された時のことを思い出し、くすくすと思い出し笑いをした。
「まあ、殿下に対して無礼は働いていないですし、彼のお陰で新兵も少しずつ集ま」
最後までモリスが発言しようとした時、突然ユラが執務室中央に出現した。両肩には気絶した男女が抱えられていた。
「殿下、失礼いたします」
「お主はいつも突然現れるな。ん?その両肩に抱えているのは何者だ?」
「皇国兵の斥候でございます。サンデラにいた所を捕らえました」
ユラの言葉を聞いた途端、場の空気がグンっと重くなった。近衛兵がすぐにユラの元へ駆けつける。
「サンデラにいる所を捕らえたのか?よく気づいたな」
「はい殿下、敵を探知する魔道具が反応したので向かってみればこの2人の他にもう2人いたのですが、そちらは殺めてしまいました。近衛兵、こいつらをこの前作った魔力が霧散する独房に放り込んどいて」
近衛兵が引越し業者のような手際の良さで2人を運んでいった。
「ユラ、最初こそ疑心暗鬼であったが、お主は見事な働きをしているな」
「とんでもないことでございます、殿下。私達を受け入れていただいたのですから、これくらいは当然のことでございます」
そう言うと、ティレウスは微笑を浮かべながら満足そうに頷いた。
「お主、それにミユリも我が国へ来てから満足に休暇も取っておらんのだろう?」
「はい。ですが殿下、それは私自身が望んで職務に励んでおりますので、問題はございません」
「まあそう言うな一度王都をゆっくりと見て回るのも良いのではないか?二人とも今日と明日はもう休め」
「はっ、ありがとうございます」
突然休暇を与えられたユラは、殿下の言う通りミユリや子供と王都を観光することにした。
次回の投稿予定は2018年1月6日予定です。※変更の可能性あり