第5話 使いっ走りのユラ
シンシア王国首都、クリスタ。王国の人口のうち8割がここに集中している。街は上から見て6角形の形をしており、歴史漂う建物と緑溢れる豊かな自然が融合し、魅力的な景観をかもし出している。
街の北部に位置する王城とは反対の南部には、王国が管理する公園がある。ここが塔の建設地として決まった。と言うよりも、ユラの独断で決められた。
現在この公園には、ユラが招集したそこそこ腕のある錬金術師が20人ほど集まっていた。だが当人達には何をするのかは知らされておらず、待ちぼうけをくらっていた。
そこへ突然2人の人間が出現した。1人目は良く知る将軍ユラであり、もう1人は見覚えのない人物だった。何か白くて薄い服をまとい、グレーのズボンをはいていた。変わった服装だ、というのが錬金術師一同の抱いた感想だった。
「やあやあ諸君、お待たせしてしまったかな?」
ユラが権限を振りかざし偉そうに挨拶をするが、錬金術師一同は気にすることなく、中腰になった。一同の代表の術師が発言する。
「いえいえ、ユラ様、私たちも先ほど到着したところです」
「そうかそうか、それなら良かった。今回集まってもらったのは諸君も知っているだろう、建設が決まった塔についての打ち合わせをここでしようと思う。あ、姿勢を崩して。僕の前ではあんまり礼儀は気にしなくて良いから」
その言葉に錬金術師一同は苦笑いを浮かべた。
「そして諸君に紹介したい人物がいる。こいつだ」
そしてユラはその男にビシッ!!と効果音でも聞こえそうなくらい鋭く指をさした。
「彼は外国から来たススム・ムトウだ。この国でいう錬金術師になる。さあススム、挨拶を、翻訳魔法は掛けてあるから」
そういい無理やりススムを手で前に押し出す。
「なんで俺が......理不尽だ......初めまして、ムトウ・ススムです。超高層ビ、じゃなかった、塔の建築を手伝うことになりました」
翻訳魔法のせいなのか、喋っている口の動きと声が全然合っていない。
ススムは目の下にクマができ、いかにも不健康そうな表情をしていた。だがその一方で、元の顔の作りは悪くなく、一同の中の女性錬金術師はワンチャンスあるんじゃないかな?という期待を抱かせた。
「ススムはこれから王国の一員となる。みんな歓迎してやってくれ」
「ちょっと!?俺はもう少ししたら帰らないといけないんだよ!?」
「え?ユーキューといかいうのがあるんだろ?大丈夫なんじゃないのか?」
「10日だけだよ!そしたら帰らないとクビになっちゃうよ......」
「じゃあそれまでにここにいる術者にその建築とやらの技術を叩き込んでもらおう」
「そんな無茶な......」
そんな2人の掛け合いを錬金術師一同はキョトンとしながら見ていた。
「まあそういうことで、立地条件はどうだ?」
「うん、これだけの平地で、しかも地盤も安定してる。条件は満たしてる」
「あと材料はどうだ?こっちの世界でっ、と、この国にあるもので足りるか?」
「うーん、こっちのと全く同じものを作れっていうことではないから、大丈夫だと思う。問題は資材の量と時間だね。ユラ、王様に半年でできるって言っちゃったんでしょ?」
ススムは目を細くして舐めるような目線をユラへ送った。
「え?ススムほどになると4ヶ月くらいでもできるんじゃなかったの?」
「出来ないよ!本当に出会ったときから無茶苦茶だね......」
「大丈夫だって。なんせここにはススムの所にはない魔法があるんだから」
「それで何でも上手くいくとは思えないんだけど」
「ほらほら、早くみんなと話しして。狐につままれた表情してるよ」
「そうだね、行ってく、ってちょっと待って。どんな塔にするの?」
「うーん、建築図鑑で見せてくれたワールドトレードなんとかっていうやつみたいな感じで。高さは流石にあそこまではいらないから」
「じゃあ、400メートルか......先が思いやられる」
ススムはそう言いながらも、錬金術師一同と話し始めた。
「じゃあ、僕は別の仕事があるから、後は頼んだよ。また戻ってくるから」
「え?ちょっと待ってよ!!」
ススムが止めようとした時にはすでにユラは転移していた。
王国王城内、鍛錬の間。そこに兵士が100人程集められていた。その兵士達と向かい合うようにしてミユリが立っていた。ミユリは身動きは兵士達が見たことのない迷彩柄の服をまとっていた。
「それじゃ、始めましょう。この中で一番強い人は誰ですか?」
その問いに皆がざわざわと話だす。
「やっぱり隊長じゃないかな」
「そうだな。だからこそ隊長やってたわけだし」
やがて皆の意見がまとまり、1人の男が出て来た。
「あなたは、あの時の」
「はい、ギュンターでございます」
ギュンターはそういうと一度跪き、再び立ち上がった。
「それではギュンターさん、勝負しましょう」
「ミユリ様、真剣を使うのですか?」
「もちろんです。そうでなくては戦場の独特な緊張感が出せません」
他の兵士たちが後ろへ下がり、ドーナツ状に人が開けた中心に二人が向かい合う。
「いつでも来て良いですよ」
ミユリはそう言い、手を前に掲げる。するとミユリが普段使っている剣が出現した。それを持ち、構える。
「それでは....ミユリ様...... もしやその剣を使われるのですか?」
「ええ、そうです。私の戦いの友です」
その剣は柄の部分まで含めるとミユリの身長より少し長いくらいの大剣だった。しかも普通の鉄ではない金属を使っているようで、刀身は淡い紫色に光っている。
「もう戦いは始まっていますよ」
「では、参ります」
ギュンターはそう言いながらミユリへと突進する。非常に滑らかな動きだった。ギュンターは下から
剣を振り抜く。だがそこにミユリはいなかった。
「なに!?」
ミユリは正面から瞬時に8時方向へ移動していた。ギュンターはその動きを捉えられない。
「見事な太刀さばきです。ではこちらも行きます」
そういうや否やミユリが踏み込み、大剣を振り抜く。
「うぉ!?」
剣が振り抜かれた途端に風が生まれ、それは観戦していた兵士にまで届く。あまりの風圧に腕で顔を覆う。
「なぜそのような大剣をいとも簡単に振り回せるのです、か!!」
ギュンターがミユリの脇に潜り込み、突きを放つ。それをミユリは大きな回避行動をとらず、体を僅かに逸らすだけで回避した。
ギュンターはすぐに剣を戻し、全力で剣を振り抜く。目で追うのがやっとというくらいの速さだった。それがミユリの大剣に触れた途端、勢いを殺された。
「ぐ......純粋な力で負けるとは」
「あなたも中々のものですよ。はっ!!」
ミユリは咄嗟に剣を下ろし、ギュンターのバランスが僅かに崩れる。その隙を突き大剣を振り、剣身をギュンターの喉元までピタリと止めた。
「参りました......」
ギュンターはまさかここまで圧倒されるとは思わず、ショックを隠せずにいた。
「そう落ち込まないでください」
ミユリはそう言い、ギュンターへと手を差し出す。ギュンターは手を取り立ち上がると、手でホコリを払った。
「メリハリのある動きに鋭い剣さばき。ですが、我が国を守るにはまだ足りません」
ギュンターは王国へ来て間もないはずのミユリが「我が国」と言ったことを、とても嬉しく感じた。
「そうですね。皆さんには最低でもランクA程度の冒険者と互角に渡り合える程度にはなっていただきます」
兵士達一同から少しずつ、ざわめきの声が出て来た。
「安心してください。いきなり将軍のようになりなさいと言っている訳ではありません。皆さん1人1人の実力を見たいので、順番に2人1組で模擬戦をしていただきます。もちろん今度は模造刀で」
模擬戦が始まって10分程経った頃、ユラが転移魔法を使い、ぬっと幽霊のようにミユリの背後に現れた。ミユリが即座に肘で鳩尾を突く。その場に崩れ落ちながらユラは尋ねた。
「どう......いい人いた?......それにしたっていきなりこれは」
「脅かそうとする方が悪いんでしょ。まだ始まったよ」
数時間後、全ての兵士が模擬戦を終えた。全員が鍛錬の間に集まり、待機している。兵士一同と向かい合いながら、二人はヒソヒソと話をしていた。
「どう、筋の良さそうな人はいた?」
ミユリがユラに尋ねる。
「うーん、筋が良さそうなのは結構いるけど、剣術や槍術と魔法両方の適性を備えてる人ってなると、中々難しい。殿下には数10人って言ったけど、最初は数人からになりそうだね」
ミユリはうんうんと頷いた後、視線を兵士一同に戻した。
「皆さんお疲れ様でした。今日の私との訓練はこれで終了です。これにて解散しますが、、将軍に呼ばれた人はここへ残ってください」
「えーっと、まずは、ギュンター」
「はっ」
「次にそこの、赤い髪のとんがり帽子くん」
指名された女性は女の子という言葉がしっくりくるくらいの童顔だった。
「はっはい!」
「次に、そこのイケメン」
「ん?俺っすか?はい」
その男が自分がなかなか顔が整っていることには気づいていないようだった。
「最後に、そこの失礼ながら背の高いレディ」
「はっ、お気遣いありがとうございます」
「以上です。他のものは通常任務に戻ってください。では解散!」
ミユリの号令を合図に、兵士一同は徐々に散らばり、鍛錬の間を後にする。残った4人を1列に並ばせ、ユラが口を開く。
「さて、君たちに集まってもらったのには理由がある。私の進言にティレウス殿が賛同下さったことにより、我が軍は精鋭部隊を組織することになった。その候補が君たちだ」
「有難き幸せでございます」
「え!?わたしがですか!?」
「俺すか。まさか自分がねー」
「はっ、ありがとうございます」
ギュンターは一度跪き、とんがり帽子はおろおろしながら慌てている。イケメンはどこか他人事のように捉え、長身の女性は淡々としていた。
「......もうやめ。堅苦しいのはやだ。せめてこのメンツだけでも普通でいたい。そんじゃ、各自自己紹介を。ギュンターから」
いきなりの口調の変化に、4人は狐につままれた表情でユラを見ていた。
「ギュンター・アルフレイと申します。主に剣術を嗜んでおります」
ギュンターは根っからの軍人といった感じで、先程からずっと直立不動を保っている。
「ギュンターはお堅いねぇ。じゃあ次。とんがり帽子くん」
「はっはい!ルル・ラフマニノフです!得意なのは氷魔法です!!」
ルルは緊張でガチガチに固まり、油の刺していないロボットのような動きをしていた。
「はいありがとう。次、イケメンくん」
イケメンは指名されると気だるそうな態度から一転、キリッと姿勢を正した。
「ルイ・ヴィンセントっす。得意なのは剣術で、槍もできますよ。あの、ほんとに俺でいいんすか?」
「むしろ素質だけなら君が数歩も抜けてるだろうね。最後、ミス?ミセス?とにかくレディ、どうぞ」
レディは優雅なオーラをまとったまま、話し始める。
「メリア・ハル・オックスでございます。剣術、魔法共に鍛錬に励んでおります」
「オックスってことは、公爵オックス殿の娘さんかな?我が軍では貴族も一般兵も所属は一緒なの?」
「はい、私が長女でございます。我が国では近衛兵を含め、全て平民、貴族関係なく扱われます。唯一の指標は己の実力でございます」
「ほう、それは実に良いことだね。さてみんな、精鋭部隊とは具体的にはどんな部隊なのか。それは分かりやすく目標を言おう。ズバリ、自分の得意な戦闘術技量をクラスA以上の実力に、同時に魔法技量もクラスA以上、そして第7級程度の魔術を使いこなせるようにする。そして、重力無視による飛行ができること。この3つだ」
少しの間沈黙が場を包む。最初に口を開いたのはギュンターだった。
「将軍様、失礼ながらそれは本気ですか?」
「もちろん。そしてここにいる君たちはそれを目指せるだけの素質がある」
それを聞いたルイが少し悪いことを考えていそうな笑みを浮かべた。
「つまり将軍様、俺たちには両刀の兵士が出来るように、そして今のところお二人しかできない飛行すらもできる可能性があるってことっすよね?」
「その通り!上昇志向があるのは素晴らしい」
ユラがルイに応えるように邪悪な笑みを浮かべる。
「あのっ、将軍様!私は今まで魔法の訓練しかしてこなかったのですが、わ、わたしにも剣術や槍術が務まるでしょうか?」
「我が王国の兵士がそんな臆病ではダメだぞ?大丈夫。こっちにいるデカブツのミユリが手取り足取りとゴホっ!!」
ミユリの本日2度目の鳩尾攻撃がクリーンヒットした。
「誰がデカブツよ!!大丈夫よルル、ユラはこんなどうしようもないヘドロみたいな性格だけど、見る目だけは確かだから」
「ヘドロって、ひどくない?っていうかこっちでその言葉は使っちゃいかん......」
よろりと立ち上がったユラが何かを吐き出しそうな、青い顔で話し出す。
「つまり現在の所ギュンターとルイが武闘派でメリアが両刀、ルルが魔法派ということだね。そういうことだ、ミユリ」
そう言うとユラは仁王立ちして腕を組んだ。
「分かりきってることをただ説明しただけでなんで偉そうにしてんのよ......。ギュンターとルイ、灯火は使える?」
「はい、使えます」
「大丈夫っすよ」
「それならすぐに黒炎まですぐよ。どんな高等魔法だって、基本の発動原理は一緒だから」
「それは誠でございますか!?」
「そりゃ俄然やる気出てくるぜ!」
ギュンターは目を丸くし、ルルに至っては小躍りしていた。
「メリアとルルは身体能力の向上が直近の目標になるわね」
ミユリはすっかり教師役に馴染んでいた。
「じゃあミユリ、後頼んだよ。今頃ススム怒ってるだろうから」
ユラはそういい転移しようとした。それにルイが待ったをかけた。
「ちょっと待ってほしいっす。ユラ様、ミユリ様、お二人のことを師匠と呼んでもいいっすか?」
2人はルイがそんな師匠という言葉を使うようなガラには見えないと内心思ったが、口に出すのは防ぐことができた。
「そりゃ嬉しいねえ。良いよ良いよ」
「師匠......くすぐったいけど構わないわよ」
これが軍人のする会話なのかと疑うほど、穏やかに話は進んだ。そして4人はミユリによる特訓に入り、ユラはススムの求め向かった。
「遅い!!」
ススムは文字通り顔を真っ赤にして怒っていた。
「ユラが来ないから全然話が進まないんだよ!!」
それにユラは涼しい顔で答えた。
「ごめんって、全速力で来たんだから」
「ワープできたんでしょ!?見え見えな嘘は止めてくれるかな!」
ススムは子供のようにぷりぷり怒っていたが、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
「それで、首尾はどう?」
ユラは急に真面目な態度になりススムへ尋ねた。
「今この場所にはないが資材はある。量も足りてる。だけど今のままじゃとてもじゃないけど間に合わない」
「それはなぜ?」
「人手が足りない。20人だと今のままじゃ1年はかかる」
「......つまり、効率が悪いってこと?」
「そう言うことだね。じゃあちょっと待ってて。今度こそすぐ戻るから」
ユラはそう言うと、その場から姿を消した。
10分ほどが経った。
「まさかあいつ......」
ススムの頭が噴火しそうになった時、ユラが少年と少女を連れて戻ってきた。
「ごめんごめん、お待たせ」
「これで来なかったら縁を切ろうと思ってたよ......」
怒りを通り越して諦めの表情になっていたススムだったが、ユラの両サイドにいた少年と少女を見て硬かった顔つきがやらかくなった。
「ススム、娘のサユリとノラだ」
「おぉ、こんにちは。で、なんで子供さんをここへ?」
「ススムには言ってなかったが、息子のノラは練金魔法の達人なんだよ。一緒に塔の建築を手伝ってもらう」
ノラがえっへんと体で自慢していた。
「はぁ、それで、娘さん?はどうしてここに?」
「ノラはたまに訳の分からないことを言ったり暴走するから、サユリは通訳兼保護者として連れてきた」
「ススムさん、初めまして、サユリとノラです」
喋り方こそ普通の敬語だったが、サユリの立ち振る舞いは貴族のそれを連想させた。
「失礼ですが、将軍様」
「うん?なんだい?」
1人の錬金術師が話の間に割って入った。
「錬金魔法はかなり大量の魔力を使います。ご子息様はいかほどの魔力をお持ちでいらっしゃるのですか?」
その言葉にユラはニヤッと笑みを浮かべる。
「じゃあノラの魔力量を見せてあげよう。ノラ、あれやって」
こっくりと頷いたノラが、両手を空に向け、手をパーの形にした。
「うおーー!!」
雄叫びを上げると同時に、少しずつ変化が起きる。大地が少しずつ揺れ始めた。
「え!?地震?」
ススムが顔を引きつらせている間にも揺れは少しずつ激しさを増す。そして徐々に晴れていた空が曇り始め、雨が降り出した。
「ちょっとノラ、やり過ぎよ!!」
挙句の果てには至るところで雷が落ちる。これはまずいとサユリがノラの頭にチョップを入れる。
「いたっ」
チョップで気がそれ、ノラがかざしていた手を下げると、徐々に雲が晴れ、大地の揺れも収まった。
「ね、十分でしょ?」
確認を取るまでもなかったが、一応ユラは錬金術師に問う。
「はい、とてつもない魔力でした......これなら半年という期間にも手が届きそうです」
「よし、ススム。あっちに戻るまでの間に、この精鋭達に欲しい材料の作り方、配合の仕方を叩き込んでくれるかな。実際の配合と組み立てはこっちで引き受けるからさ」
「たった10日でそれを......」
「じゃないと帰れないよ?」
「強制ですか!?拒否権はないの!?」
「後あっちで休みの日は、こっちへ様子見にきてね」
「僕の休みはどうなるの!?」
こうして後に国のシンボルとなる塔の建築が始まった。
次回の投稿予定は2018年1月4日予定です。※変更の可能性あり