第3話 上映会
「こんなの無理に決まってるって......」
「何でこんな命令が......俺たちが捨て石に......」
視線を1キロ先にのばすと、そこには視界一杯に広がる敵、敵、敵。対してこちらの兵数はわずか50分の1。100人ぽっちの人数で何をしろと言うのだ、即席部隊の副隊長は完全に匙を投げていた。
シンシア王国北部、ニール平原。隣国にまたがって広がっているこの平原は、シンシア王国側が周囲の標高500メートル程度の山に囲まれ、テラスフィア皇国側に向かって扇状に広がっている。
シンシア王国の事情で戦争が行われずにいたため、野草は伸び放題で人の腰の高さまで伸びそれが続き、綺麗な緑の絨毯がどこまでも続いていた。
この平原が、歴史上もしかすれば初めてかもしれない、戦場の場になろうとしていた。
一方のテラスフィア皇国では、おそらく侵攻ではなく防衛のために集まったであろうシンシア王国を見て、兵達があまりの数の少なさに拍子抜けしていた。
「あいつら、あの戦力で戦う気か?」
「全く意味がわからん。もしや本当に特攻覚悟で死にに来たのか?」
王国が用意した100人の部隊はもはや皇国の兵達にとっては 雑談をするネタ程度の存在でしかなかった。
「どうやら、本当に特攻覚悟らしいぞ」
身長2メートルはあろうかという斧を背中に担いで、顔が見えなくなるくらいの髭をたくわえた皇国の隊長が呆れながら言った。
「隊長、それはどういうことでしょう......」
「帝都からの指令が届いた。王国は皇国の属国となることを拒否、侵攻するなら全力で持って対処する、と突っぱねてきたらしい」
「その全兵力がもしあれだけだったとしたら、王国は何を......」
「もう抵抗する手段がなくなって、トチ狂ったんじゃないのか??こちらとしてはその方が助かるがな。よし、出陣するぞ」
そう体調が言い、皇国の部隊が侵攻を始める。国境を声え、魔法と弓が届く範囲まで接近する。
「よし、魔法部隊、弓部隊前へ」
まず魔法部隊が先頭に立ち、中腰になると魔法発動の準備を始める。その後ろについた弓部隊も弓を構える。
準備が整ったと同時に、声が掛かる。
「放て!!」
勝ち目のない、一方的な戦いが始まった。
「ユラ、少しでも擦ったら絶対にダメよ??1200万円もしたんだから」
「ならミユリ、少しの間話しかけないでくれるかな?」
「ちょっと!愛しの妻にそんな冷たいこと言うなんて、信じられない!!」
「愛してるからこそ、この状況を見て気持ちを汲み取っていただけると助かぉぉおおお危ない危ない!!」
「お父様、お手伝いしましょうか?」
「おとーさん、がんばれー!」
シンシア帝国王城内、鍛錬の間。普段は兵士の訓練に使われるこの部屋は、今回別の目的で使われることになった。楕円形の形をしており、端から端まで200メートル程度の大きさがあるため、たくさんの人数が一度に集まるには最適な場所だった。ここに先日の戦いに参加していない兵士全員が集合していた。残り100人の兵士は巡回など日頃の任務に就いていた。
兵士はすでに待機していたが、これから何が行われるのはまだ知らされていなかった。そこへバカでかい平面で長方形の形をした板を浮遊魔法で浮かせながら、4人の人間が入ってきた。
1人目は先日殿下から突然将軍職を拝命されたユラであり、兵士一同も戸惑いこそあったもののこいつは誰だといったような疑問は出なかった。だが2人目は初めて目にする人物であり、ましてや3人目と4人目は子供だ。
そんな兵士達の戸惑いのオーラを浴びてもユラは何処吹く風といった様子で受け流し、黙々と準備に取り掛かっていた。
「ミユリ、台座の準備ははもう出来てる?」
「ええ、あとはそれをセットするだけよ」
「お父様、後はそのままの位置で下ろしていけば大丈夫です」
「おーらい、おーらい!」
その様子を見て、兵士の中の1人が隣に向かって話しかけた。
「なあ、あの巨大な板みたいなやつ、浮いてるのは重量無視の効果だよな?」
「うん、そうだと思う」
「重量無視自体は第6級の魔法で、熟練の魔術師なら大型犬程度は浮かせられるだろう。だが今運ばれてるあの板は恐らく想像すらできないほどの重さだ。」
「じゃあ今それをやってる新しい将軍様は、どうやってあれを」
「それが分かれば苦労しないぜ......」
そんな話をしている間に、巨大な板が下の台座のようなものに挟まれ、固定された。準備が整ったようだ。
ユラが巨大な板の前に立ち、口を開く。
「諸君、我々にとっての使命とは??」
「我が国と民を守ること!!」
400人いる兵士全員が復唱した。
これはシンシア王国軍に伝わる伝統であり、軍内部で会合が開かれるときは人数の規模など関係なく必ず唱和される。ということをユラは事前にマリーからレクチャーされていた。
ユラとミユリは兵士達と同じく、は黒を青を貴重とした身動きの取りやすい王国の軍服を着ていた。
「皆の者、よく集まってくれた。私は新たにティレウス殿下から将軍職を拝命した、ユラ、ラフィエルだ。早速要件に入る。
諸君が国の平和を守りながら、ここ数日心の中に抱いていたもの。ユラ・ラフィエルとは何者だ?なぜ現在最大の脅威である皇国から亡命してきたのだ?なぜ亡命してきたばかりの素性も知れない男がいきなり将軍職を授かったのだ?諸君がそう感じるのは極めて自然なことだ。その疑問に答え、少しでも諸君の心から疑念が払拭されることを目的として今回の招集が下されたのだ」
それを聞く兵士の反応は様々だった。静かに淡々と頷く者、渋い表情をする者。その様子を一通り眺め、ユラは続ける。
「3日前のニールにおける皇国との戦闘の結果は諸君も承知だろう。我が軍は勝利した。1人の犠牲者も出さずに。なぜそんなことができたのか、それを諸君に説明するために、これを用意した」
ユラはそう言い左手を巨大な板に向けた。兵士達の目線もそれを追う。
「これは名をTVという、今は細かい説明は省くが、一種の魔道具だと思ってくれれば良い。一体どのような道具なのか。それは実際に目で見る方が早い。ミユリ、電源を。疑問点などあれば挙手の上質問せよ」
ミユリがTVの裏側から出てきて頷くと、手に持っているスティック状の形をした物をTVへ向け、左上にある突起を押し込んだ。そして子供達を押し込みながら裏側へ戻る。数秒後、板の内側が光を放ち出し、緑色の景色が映り出された。それを見た兵士達から大きなざわめきが起きる。
「これは映像という。そしてTVはこの映像を映す道具である。映像とは景色などを動的に記録した物である。ここに今写っている物が映像だ」
兵士達の中で動揺が収まらない中、1人が手を挙げた。
「将軍様、質問があります」
「よろしい、そこのツンツン頭、述べよ」
「ツンツ......」
ユラにツンツン頭と言われた先頭にいた兵士は一瞬否定したい気持ちに駆られたが、それよりも早く質問したいのでツンツンと言われたことは忘れることにした。
「この映像、というものは今現在の時刻の景色を記録しているのでしょうか?」
「いや、そうではない。例えば城内に一般人が入る時は入場記録を取るだろ?映像も似たようなものだ。その地点で起きたことを目で見える形で記録したものだ。他に質問したい者はいるか?」
今度は右端の方で手が上がった。
「将軍様、このTVというものは一体どこで入手されたのでしょうか?」
「それは軍事機密になるため、ここで言うことはできない」
それを聞いた兵士は少し悔しそうな顔をしたが、素直に引き下がった。
「諸君に見てもらうのは、先ほど言った皇国との戦いを記録した映像である。ミユリ、再生してくれ」
再びミユリが裏側から出てきてTVにスティックを向け、今度は中央付近にある突起を押し込んだ。すると草木が風によって揺らいでいる様子が映る。ざわめきがさらに大きくなる。
「なお映像を記録するにはTVとは別にCAMERAとう魔道具を用いる必要があるが、詳細は今は省く。今回は私の補佐役であるミユリ・サフィエルが記録を担当した」
ユラと同じ姓、ということは将軍とミユリという女性は夫婦なのか、という興味が兵士達の間にわずかに湧いた。だがユラはそれには構わず、先を続ける。
映像が切り替わる。ユラを先頭に戦闘配置についた100人の軍が映し出される。ユラは帝国軍から5メートルほど前の位置にいた。
「なお、ティレウス殿下はすでにこの映像をご覧になっておられる。見れば分かるだろうが、今写っているのは先日の我らの部隊。そして皇国軍は......」
先を説明しようとした時、左後方で挙手が上がった
「将軍様、質問がございます」
ミユリが映像を一時停止する。
「この映像では、なんと言いましょうか、宙に浮いている所から記録されているように見えるのですが」
「その通りだ。私とミユリは重量無視を応用し浮遊、飛行することができる」
兵士達の表情が驚愕の色に染まる。
「先程も言ったが質問があれば随時挙手せよ。どんなに些細な疑問でも構わない」
映像は先に進み、今度は皇国軍の全容が映し出された。画面一杯を埋め尽くす程の数の多さにゴクリと喉を鳴らす者、目が限界まで開ききっている者など、反応は様々だった。
次に恐らく弓隊と魔法隊であろう陣列が前進していく。そして一斉に矢と炎、氷の魔法が発射された。攻撃がユラにあと2秒ほどで届くかという距離まで迫った時、ユラが左手を真っ直ぐ前に掲げた。
その瞬間、敵が放った矢が全てユラから10メートル程の位置で燃え落ち、魔法も炎、氷など属性関係なく霧のように霧散した。
そこまで映像が進んだ時、至る所から挙手が上がった。
「まずはそこの者、述べよ」
当てられた兵士は食い気味に質問した。
「将軍様、恐らく魔法なのでしょうが、どうやってあれほどの数の攻撃を防がれたのですか?」
「他の皆も同じ質問か?」
それに挙手した兵士は深く頷いた。
「矢の方は第9級魔法炎の妖精の悪戯を広域展開、魔法攻撃はは第10級魔法「大地讃頌によって無力なマナに返還することで対処した」
「おいおい、ただでさえバカでかい消費量の魔法をあれだけの範囲に広域展開できるのかよ......」
「あれって第10級魔法なんだ、生まれて初めて見た......」
兵士達が呆気にとられている中、ユラは全く意に介さなかった。
「諸君、驚いている場合じゃないぞ、本番はこれからだ」
ユラがそう言い、映像は先に進む。
矢が燃え尽き、魔法が霧散する中、空が真っ白に光が輝き出し、皇国軍に向けて何かが空から高速で落下した。地面に衝突し、皇国軍の兵士が弾かれたように次々と吹き飛ぶ。何かが衝突した地面には、直径6メートルほどのクレーターができていた。
「質問されるだろうから先に解説しておく。魔法そのものは諸君も知っているだろう、第4級魔法魔力弾だ。ただ、少し細工を施している。普通の魔力弾は無属性の魔力を少し集めて的に向かって放つだけだが、今回は魔力を極限まで圧縮し、それを上空から超高速で落下させることによりあの威力を出している。諸君も訓練すればこのくらいは出来るようになるぞ」
嫌味で言っている訳ではないことはわかるが、しがない一般兵士に言われてもそれは嫌味にしか聞こえない。兵士達は半分呆れつつも、やはりその技量については感嘆の思いで一杯だった。
映像では依然として魔力弾が流星雨のように敵陣営に注がれ、一発で着弾した付近の敵を数10人は吹き飛ばしていた。完全に指揮系統が乱れ、敵の兵士はちりじりになって逃げ出している。
「正確ではないが、80発目くらいの魔力弾を落とした頃から、敵陣が後退していった。恐らく撤退命令が出たのだろう。映像は以上で終了となる。質問はあるか?」
兵士達はせっかくの機会を逃してなるものかといった様子で、次々と挙手をする。
「申し訳ないが全ての質問に答えていると時間がいくらあっても足りないので、この場ではあと数人で一度打ち切る。また質問は私がいる時にいつでも声をかけてくれ。そこの君、述べよ」
髪をショートカットに切り揃えた女性魔術師が興奮した様子で話し出す。
「将軍様が発動された魔力弾は桁外れの威力、発動範囲を誇っています。どうすればこのようなことができるのでしょうか?」
「まだ諸君の訓練内容を見ていないので今はまだ詳細は言えないが、基本の鍛錬を怠らずにやることが大事だ。例を挙げると体内魔力の循環、放出、貯蔵といったものだ。そういった初歩の技術を高めて行けば、自然と応用が効くようになり、いつか高い所にもたどり着ける」
それを聞いた女性魔術師はアイドルと話をしたかのように興奮し、ペコペコと頭を下げ礼の言葉を言う。次に指名された頭を丸刈りにした屈強そうな兵士が質問した。
「将軍様は今回の戦いで魔法のみで敵を殲滅しておられましたが、剣術なども嗜んでおられるのでしょうか?」
「一番得意なのが魔術というだけであって、剣と槍も扱える。臨機応変に戦いたい性分だからな」
それを聞いておおーという声が主に筋肉畑出身の兵士から上がった。
「これにて今回の会合は終了となるが、その前に私から諸君に言いたいことがある」
そういうとユラはミユリと2人の子供を呼び出し、自分の左横の並ばせた。
「今回の映像を見て、諸君はどう感じただろうか。少しは不安を取り除くことができたのなら嬉しく思う。諸君も承知だと思う。私は元々この映像の向こう側にいるはずの人間だった。それがなぜこの国へ助けを求めたのか。それは平和を大切にし、隣人を大切に思う、この国の人々の心に私達は感銘を受けたからだ。私はこれまで、皇国の下僕となって様々な非道なことをしてきた。その罪は永遠に消えることはない。だからこそ純粋な心を持つこの国の人々と同じ空気を吸い、同じものを食べ、共に暮らし、共に生き、共に朽ちて行く。私達はそれを望んでいる。どうか受け入れてもらえないだろうか」
ユラがそう言い終わると、ユラの左隣にいたミユリが前へ出て話し出す。ユラもかなりの長身だったが、ミユリも屈強な男性兵士と同じくらい背が高かった。8頭身はあろうかという恵まれたプロポーション、金髪の髪をショートボブにし、大きなワインレッドの瞳を持つ目は妖精を思わせた。
「ミユリ、ラファエルです。お伝えしたいことは概ね主人が申しましたので、私から少しだけ。平和とは、あちらからやってくる訳はないのです。戦って初めてもたらされるものです。もちろん、争いなどない方が良いです。ですがどうしても譲れない時がきてしまいます。それが今です。私たちが一緒に戦います。そして少しでも流れる血が少なくなるように、方法を模索します。どうか、私達を皆さんの歩みに私達も加わらせてください」
話し終わるとミユリが下がり、左にいる少女が前へ出た。お団子にした金髪を整えながら、着ていたクリーム色のワンピースの裾を掴みながら、緊張した面持ちで話し始める。
「ユラ、ミユリの娘のサユリです......。皆さんの仲間にしてください、お願いします。次、ノラだよ」
サユリは深く頭を下げ、下がった。そして最後に、一番左にいた少年が前へ出た。ユラと同じ黒髪で、癖毛がアンテナのようにピンと立っていた。
「ノラ、ラフィエルです。よろしくおねがいします」
ノラが下がると、少しの間沈黙が鍛錬の間を包む。
そして一人の男性兵士が立ち上がった。
「私は王国軍1番隊隊長、ギュンターと申します。我々の剣は将軍様と共にあります!!」
そう言いギュンターは剣を抜き、天へと掲げた。それに倣い、他の兵士達も次々と剣を抜き、全員が天へと剣を掲げる。それを見たユラが穏やかな笑みを浮かべ、兵士達に向かって跪く。
「我々にとっての使命は」
「我が国と民を守ること!!!!」
こうして、新生シンシア王国軍が始動した。




