第1話 テラスフィア皇国
人類生存圏の4割を領土として収める、テラスフィア皇国。初代皇帝エルサファレル・アラム・テラスフィアが建国したこの国は、人口だけで言えば最初こそ122カ国の中でも下から数えた方が早い程度。地域国王が3人程度の小規模国家であった。
ここまでこの国が生き長らえてきたのは、歴代皇帝が尽力して鍛え上げた絶大な戦闘力を誇る、テラスフィア国防軍の存在が大きかった。
それが現陛下から数えて2代前、第11代皇帝ルイドスが国を収めると、それまでの荒波を立てず今ある領地、民、資源を守るという前皇帝までの方針を転換。国防軍の名から国防を外し、周辺国へと侵攻を開始する。
ルイドスはそれなりに頭の回る皇帝だった。まずは周辺国の中でも規模が小さく、飢えや貧困などといった政治統制、内情の乱れた国を標的とし、軍を相手領地の鼻先まで送り込み脅しをかける。そして侵略し蹂躙する、などということはせず、皇国の属国となるのであれば民の命、生活を不自由ない範囲で保証すると相手の国のトップ、ではなくスパイを送り込み噂として直接民へ提案を持ちかける。
それに相手国の民が同調し反乱の兆しを見せる、もしくはあまりにも疲弊し判断能力すら失っている場合は手を貸し、国のトップ、そしてその取り巻きの首だけを速やかに刈り取る。
テラスフィア皇国にとって幸運だったのは、そういった弱小国ばかりが自国の周辺に集まり、大国は別の大陸にのみ存在していたなどといった地理的な要因に恵まれていたことだった。そのおかげで皇国側の流れる血を最小限に抑えながら領地を拡大することができた。これによりルイドスが国を収めていた1代だけで人類生存圏の1割まで領土を伸ばす。
そして統治のバトンは先代皇帝パラドスへと渡された。
パラドスは父ルイドスとは違い、愚かな皇帝だった。これ以上の領地拡大は止せと厳命していたにも関わらず、ルイドスが老衰で死去したあとにその言いつけを破り、テラスフィア軍を他国へ敵対的侵略を目的として次々と送り込む。
圧倒的な戦力をもって皇国の存在するローゼ大陸を統一、他大陸へと進出する。そしてローゼ大陸の東隣に位置するパラセル大陸でも殺戮の限りを尽くし侵略、侵攻を繰り返した。
こうして結果人類生存圏に存在する3大陸のうち、ローゼ大陸全域とパラセル大陸の4割まで領地を拡大した。
だがその結果として国内各地で内乱が度々起こり治安が低下、それを鎮圧しようと軍が出動するという事態に陥っていた。
そしてこの盛大な負の遺産を残してパラドスが死去、現皇帝のヘラドスへとバトンが繋がれた。
ヘラドスは父パラドスが残したとてつもない爆弾の処理に追われる。度重なる内乱によって徐々に国力が低下し、その対策としてただでさえバカ高い税率を更に増やした。これに反発しまた内乱、そして軍出動といった負の連鎖に陥る。
ヘラドスは対処に迫られた。普通ならここまでくれば国家衰退への階段を順調に登っていくところだが、彼はその流れを断ち切ろうと、起死回生の一手を狙う。その鍵がパラセル大陸にあるシンシア王国という小さな国にあった。
シンシア王国は総人口10万人程度の小国である。軍は一応存在こそしていたが、総人数は400人程度いるもののここ100年以上戦闘を経験していない。像どころか犬一匹でも踏み潰すことができる小国だ。
そんなシンシア王国がなぜ今まで生き延びてこられたのか。それは人類生存圏の中で唯一シンシア王国のみで発掘できるヘルメルという鉱石のおかげだった。
ヘルメルは炎に当てる事により光を放ち、とてつもない量の魔力を発生させる。具体的に言えば、わずか10グラムで平均的なS級魔術師の魔力貯蔵量100人分もの量になる。が現在この世界に存在する全ての国は自国内の魔力生成場、通称底なしの炎にてヘルメルを燃焼させることにより、魔導車の燃料や建物の灯など、必要な魔力を賄っている。
このヘルメルをシンシア王国は世界各国へ向けほぼ無償で提供し、その代わりにシンシア王国へ侵略をしないという条約を各国と結んでいた。もちろんこれはテラスフィア皇国とて例外ではなかった。だが。
ヘラドスは考えた。もしシンシア王国を属国としこのヘルメルを独占できればと。そうすればこれを各国へ売りつける事によって財政難は一気に解消する。
だがそうなると今度は世界各国からの反発が容易に想像できた。だがそこはクリアできるとヘラドスは見込んでいる。クリアするにはどうするか。今までと同じことをするだけ。軍を使い威嚇する。
なぜならそれほどまでにテラスフィア軍は強かったから。少なくとも表立ってテラスフィアと一戦交えて勝てるかと考えている国は今の所いなかった。ならばこれを利用して多少安価でも売りつけれることができれば、反発はあれど戦争は回避でき、しかも国力も回復できる。
最もエネルギーを無償で手に入れられるという考え方がそもそも間違っているのだ。そしてそのエネルギーの元となるヘルメルを管理するのは我らテラスフィア皇国こそふさわしい。ヘラドスは本気でそう思っていた。
こうしてシンシア王国侵攻の準備をしていたヘラドスに水を差すかのような出来事が起こる。
「陛下、問題が発生しました」
皇帝ヘラドスが執務をする大きなドーム状の部屋、覇王の間にヘラドスの側近、ヘルマが姿を表し、深く一礼した後報告を始める。
「我にわざわざ話すほどの問題が起きたというのか?」
ヘラドスは真っ黒な魔術師が着ていそうなローブを身に付けていた。実年齢50歳より一回りは老けているように見える顔が露骨に歪む。
「はい陛下。それが......」
ヘラドスのその表情にこれ以上期限を損ねると自分の首が撥ねられるのではと本気で心配しながらもヘルマは続きを話し始める。
「ユラ・ラフィエルが失踪しました」
「何?......それはどういう意味だ?」
「恐れながら陛下、そのままの意味でございます。ユラが行方をくらましました」




