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第9話  居場所

 「重量無視グラビティは通常、対象物を魔力で覆い浮遊させる魔法です。この場合だと単純に魔力を使って持ち上げているだけなので、せいぜい大きなわんちゃんを持ち上げる程度で限界が来ます。そこで、一工夫施します。私たち人間は体内に魔力を持っています。そして魔力は循環することによりエネルギー効率が格段に上昇します。みなさんは知ってましたか?これを利用します。」


 4人はミユリの説明を一字一句逃さないよう真剣に耳を傾けていた。ミユリは地上から数センチほど浮いた状態で説明を続ける。


 「つまり、血液が体内を循環しているように、魔力も同じように循環させればいいのです。これを応用して、重量無視(グラビティ)で自分の体の周りに魔力の流れを生み出します。あとは動きたい方向に応じて流れの場所を変えていきます。もし前に飛びたければ、背中に魔力の流れを作り循環させます。そうすれば反動で前へ飛ぶことができます。浮き上がりたいのなら、真下に、後ろに飛びたいなら体の前に、といった具合です。分かりますか?」


 ミユリが理解できるか確認をすると、ルルが挙手をした。ミユリが先を促す。


 「あ、あの、まだよく分かっていなくて、もし浮き上がりながら前に行きたいときはどうすればいいんですか?」


 「つまり前方に上昇したいということね?それなら、重量無視(グラビティ)を使って、足元から背中にかけて魔力の流れを作ります。魔力の流れの範囲を変えることによって、好きな方向に飛ぶことができるようになります。説明するよりも、実際にやった方が早いです。まずは体内の魔力を足下に集めて循環させる所から始めてください」


 ミユリの合図で4人が訓練を始めた。体内に拡散されている魔力が徐々に足下に集まって行く。4人の中で一番始めに成果が出たのがメリアだった。


 「すごい......私浮いてる......」


 1センチほどだが浮いているメリアを見て、他の3人もやる気が出て来ていた。


 「師匠、なんで俺はまだできないんすかね?」


 「魔力は集まってるけど、流れが遅いのよ。滝が流れ落ちるくらいの速度でイメージしてみて」


 ルイが滝の流れをイメージする。すると足下にあるエネルギー量が上昇し、ルイの体が浮いた。


 「こいつはすげえ!!」


 ルイに追随するように、ギュンター、ルルも浮遊に成功する。


 「何と......このようなことが私にも」


 「ミユリ様、私浮いてます!!」


 少しずつコツを掴んできたようだった。


「みなさん、その調子です。魔力の循環の練度が上がれば上がるほど、行きたい方向に、素早く確実に飛行できるようになります」


 この調子なら1週間程度で緩やかな飛行程度までは辿り着けるだろうとミユリは予測した。精鋭部隊の育成が想定よりも順調に進んでいることにミユリが自身の腕が鈍っていなかったという安堵の気持ちが生まれていた。




 


 ミユリが精鋭部隊の飛行訓練を指導している頃、王城の外周をゆっくりと周りながら、ユラともう一人の男が真剣な面もちで話していた。


 「こっちの世界も意外と舗装はされてるんだな」


 「どうかな、何とかなりそう?王都内は石畳で舗装は統一されてるよ」


 「それなら最低でも王都中での運転に支障はなさそうだ」


 ユラと話をしているのはイズモ・ムラクニという地球人だ。ススムと同じく、ユラが地球へ旅をしていた時に知り合ったのだ。


 「それで、どんな用途で何台必要なんだ?」


 「まず、殿下がお乗りになられる車が1台、それと2ヶ月半くらいしたら闘技大会が始まるから悪路でも走れる車を1台、最低で2台必要になる。期限はできるだけ早く。気になるのは動力源を魔力に動く車を作れるかどうかなんだけど、そこのところはどう?」


 「問題ない。事前に資料を貰っているから、大変な仕事に代わりはないが、王様の乗られる車は1ヶ月で何とかなるだろう。もう1台も2ヶ月後には仕上げるようにする。しかしそれにしても、こっちの世界の車はひどいな。揺れがひどすぎて吐きそうになる」


 「こっちの世界にサスペンションなんて考えないからね。ほんとそっちの文明は進んでるよ」


 「ユラ、そうは言うがな、ここは魔力っていう反則みたいなエネルギーが存在する。文明が地球ほど進んでいなくても、この恩恵は大きいぞ」


 「確かに」


 王城から緑豊かなクリスタの町並みを見ながら、イズモはふと考える。もし地球に魔法があったなら、世界はどうなるのかと。恐らくロクなことにはならない。有意義な使い方などされず、戦争の道具にされるのがオチだろう。そう思っているとふと不安になりイズモはユラに尋ねる。


 「おいユラ、この調子でどんどん地球の文明を持ち込むつもりなのか?」


 「いや、地球文明の道具はすべて王国で管理する。限度を超えて違う文化が混ざり合うと、拒絶反応が起きる。車に関しても、一般に流通させる気はないよ」


 「そうか。ちゃんと考えてるんだな」


 イズモは安堵の気持ちでユラの考えを聞いていたが、一方で予期せぬことでこの技術が露呈しないかが心配になった。世の中に絶対は存在しないのだから。




 イズモと打ち合わせをした翌日。王城内の食堂で今度はマリーと話をしていた。ティレウスの側近と将軍がなぜこんな所にいるのか兵士たちは困惑し、2人の周囲にだけ避けるように人が近ずかなかった。


 「ユラ、こんな所に呼び出して、何の用なの?」


 「はい。マリー殿に相談したいことがありまして。殿下はお忙しいので、マリー殿にお話ししておけば大丈夫かなと思いまして」


 マリーは髪の毛を手ぐしで整えていたが、食堂にいることを思い出しすぐに止め、ユラに先を促す。


 「太陽杯の件なのですが、個人出場枠を決めるために予選大会を開こうと考えています」


 「予選?」


 「はい。個人出場とは言っても国籍の情報は重視されます。我が王国の人間が勝ち進めば、それだけ評価も上がります。そこで優秀な人材を確保するために、諸外国からの亡命、移住希望者も混ぜて予選大会を行いたいのです」


 また厄介ごとを持ち込んできたな、というのが話を聞いたマリーの最初の思いだった。だが一方でユラが提案してきた計画はすべて順調に進んでいる。ユラはここというときはしっかりやる男だとマリーは評価していた。何を言ってくるのか内心は怖かったが、ユラに続きを促す。


 「大会を開くのは良いとして、外国からどうやって人を呼ぶのよ?」


 「そこでマリー殿に相談です。大会出場に選ばれたメンバーには賞金などの景品を贈呈しようかと考えています」


 「......その賞金ていくらよ?」


 「20万ルーンくらいを考えています。出場させるのは2人なので、合計40万ルーンです。どうでしょう?」


 20万ルーンという金額を聞いてマリーは眉をひそめた。浪費しなければ1、2年程度は何もせずとも暮らせる程の額だ。


 「どうしてその金額なの?」


 「やはりある程度高額でないと優秀な人材は集まりません。それと我が国の兵士、冒険者は平和ボケしている節があります。少々汚いやり方ですが、お金でやる気を駆り立てます。それともう一つ。大会出場希望者の中から優秀な人を見つけて精鋭部隊に追加したいという思惑もあります」


 「ユラ、分かっているとは思うけど、払うことになる40万ルーンは国民の税金なのよ?」


 「はい。ですので太陽杯の国別対抗戦では私が必ず優勝してみせます。そうすれば莫大な賞金が国に入ります。予選の賞金はそれで相殺できます」



 「優勝できる自信があるの?」


 「油断するつもりも、技の出し惜しみをするつもりもありません。必ず優勝します」


 そう言うユラの目からは確かな自信が伺えた。己の実力を過剰にも過少でもなく、適切に判断している様子を見て、マリーは結論を出した。


 「分かったわ、殿下に話を通しておくわ。元々ユラの考えた計画には援助をしろと仰せつかっているからね。それでいつから募集を始めるの?」


 「今すぐに準備を始めます。2週間後には予選を行います」


 「分かったわ」


 ユラは今まで必ず成果を出している。今度も成果を出してくれるだろうと今の話を聞いてマリーは期待し、笑顔になった。





 時間は正午。王城地下にある独房。シホンとエルソンは依然としてとらわれの身であった。2人は昼食をとっていた。囚人に出される食事など簡素なもので、バターで味付けされたパンがひとつと、飲み水だけ。それが1日に2食。普通なら悲観な気持ちになるものだが、どうもシホンは様子が違った。


 「このパン結構美味しいわね......」


 「隊長......そんな呑気なことを言っている場合ではありません」


 「もう考えるのも疲れたし、もう殺されるまでこのパンを食べることを楽しみに」


 「隊長!!」


 「さすがに冗談よ。でもね、私はもう皇国へ戻る気はないわ」


 「それは何故ですか?」


 「よくよく考えるととても答えは簡単だったわ。あそこは私の祖国じゃないからよ。ユラ様やミユリ様が言っていた通りね」


 「......」


 エルソンは何も返す言葉がなかった。シホンがその結論に達するのも無理はない。彼女は自分の国を滅ぼされ、皇国に併合された。それだけなら軍人としてまだ心の整理がつけられたのかもしれない。だがエルソンやシホンが行なっていたことはもはや軍人としての所業ではなかった。ただ見境なく敵の兵士だけでなく無実の民をも虐殺をさせられていたのだから。


 もはや彼女は皇国に戻ることはないだろう。そして自分も。エルソンにとってシホンは大切な存在だった。恋人ではなかったが、一軍人、一冒険者としての実力は彼女がつけてくれた。大事な恩人を放っておくことはできない。


 「ようやく心変わりしてくれたのかな?」


 気がつくと目の前に一人の男がいた。


 「ユラ様......どうしてここへ?」


 「いや、そろそろ答えを見つけた頃かなと思って、覗きに来た。それともう一つ。君たちに提案がある」


 「提案、ですか?」


 「そう。我が国は今度の太陽杯に参加する。国別対抗戦には僕が出るけど、個人枠はまだ決まってないから、国内で予選をすることにしたんだ。それで、君達も参加しない?」


 「どうして私たちが?」


 「いやね、そうやって頭で考えててもモヤモヤするだけだろうと思ってさ。本当はあれを見せたかったけど、それよりも先に、体を動かした方が自ずと答えも見つかると思ってね。それでどう?参加する?」


 シホンとエルソンはお互いを見つめた。現にこのまま牢屋の中で過ごしていても何も変わらないのは確かだった。


 「予選に通過したら、本選に出ないといけないのですか?」


 「それは君たちに任せる。気が乗るならそのまま出場すればいいし、嫌なら棄権すればいい。最もそう簡単に突破できるほどもうこの国は甘くないけどね」


 ユラの言ったもうこの国は甘くない、と言う言葉に、2人、特にエルソンが強い興味を示した。今までシンシア王国というのはお飾りの軍隊しかない平和ボケした国という印象しかなかったからだ。


 「参加しなければどうなるのですか?」


 「うーん、ミユリは死刑とか言ってたみたいだけど、流石にそれは僕がさせない。君たちは優秀だからね。そのかわりに、奴隷となって働いてもらうことになるだろうね。まあ命は取らないよ。それは約束する」


 食べかけのパンをシホンはぼんやりと見つめていた。このパンも王国の民が懸命に働いて育てた作物で作られたものだ。こんな囚人に美味しいパンを食べさせてくれた国に、民に、報いなければいけないだろう。もちろん食べ物がおいしかったからなどという安直な理由ではない。シホンの心はこの国に尽くすことが最善なのだろうと、自然にそういう感情が湧き上がった。


 「分かりました。予選に参加します」





次回は1月30日の予定ですが、変更の可能性あります。申し訳ありませんが、ご了承ください。

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